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第44話「運命の螺旋が軋む時」

――昼過ぎ。

酒田港の空は、どこまでも澄み渡っていた。


三日間の地獄の訓練を終え、船で戻ってきたヤヤたちは、

港近くのさかた海鮮市場のとある店で昼食をとっていた。


卓の上には、色鮮やかな海鮮丼。

湯気を立てる味噌汁の香りが、疲れた身体に沁みる。


「やっと終わったな。」


カイトが箸を持ったまま、ぼそりと呟く。

その顔には、いつもの余裕も気取った笑みもなく、ただ純粋な疲労と満足があった。


「もう一日続いてたら、誰か倒れてたね~」


ユウヒが笑いながら、ほっけをほぐして口に運ぶ。


「そうね。私とカイトは明日はオフだけど、あんたらは学校あるのよねー……御愁傷様~」


レインのその一言でヤヤは「忘れてた……」と呟き、ユウヒは頭を抱える。


それから直ぐにユウヒは気をまぎらわせるかのように提案する。


「ねぇ、せっかくだし東京に帰る前に、この後少しだけ観光しようよ~。ここに来ることなんて滅多にないんだし」


「ふふっ……いいわね~!私は賛成よ?ヤヤ君とカイトもいいわよね?」


レインの言葉に一瞬、ヤヤとカイトは顔をあわせた後頷く。やれやれしょうがないといった様子で。


「まぁ……地獄の三日間を耐えたし、気分転換にいいかもな。ヤヤもまだ元気だろ?」


「ああ。俺もいいよ。ところでユウヒはどこか行きたいところはあるのか?」


「よくぞ聞いてくれました~!さっきたまたま見つけたんだけど――」


ユウヒがスマホを取り出し、画面をヤヤたちに見せる。


「この近くの“日和山公園”ってところで、今日お祭りがあるみたい……!」


「お祭り?」


ヤヤが小さく問い返す。


「うん。屋台とか出てるらしいし、けっこう賑わってるっぽいよ~。行ってみない?」


ユウヒは目を輝かせ、箸を置いて身を乗り出した。


「ふふっ、グッドタイミングね!今年の夏はそういえばまだ祭りにいってなかったわ」


レインが柔らかく笑いながら言う。

カイトは肩をすくめ、苦笑した。


「お祭りぐらいなら悪くない。酒も飲めそうだしな」


ヤヤは黙って頷いた。

港の外から吹き込む潮風が、暖簾をゆらゆらと揺らす。

その光景をぼんやりと見つめながら、彼もまた小さく呟いた。


「俺も賑やかなのは嫌いじゃない。」


ユウヒの顔にぱっと笑顔が咲く。


「わぉ、決まりですね~!じゃあ、お昼食べたら準備して行っちゃいますか~」


そうして四人は、日和山公園へ向かうことになった。

だがこのとき、誰一人知らなかった。

その“ささやかな寄り道”が――

大きく運命を変えることを……


--

――午後六時過ぎ。

日和山公園の夜空は、満月と星空が輝いていた。風が心地よく、どこか懐かしい太鼓と笛の音が宵の空気を満たしている。


提灯の明かりが並ぶ小道を、ヤヤたちは歩いていた。

イカ焼き、焼きそば、射的、金魚すくい――。

どの屋台も人で賑わい、笑い声と焼けたソースの香りが混じり合っている。


「みんなでお祭りってやっぱり楽しいね~」


ユウヒがリンゴ飴を片手に幸せそうな顔をする。


「よくそんなに食べれるな」


ヤヤが苦笑しながらも、自分もたこ焼きをひとつ口に放り込んだ。


 一方その少し後ろでは――


「カイトぉぉ、飲みすぎよん……」


「だってぇ……せっかくの祭りだろぉ……飲まずに帰れるかってんだ……!」


「いいわねいいわね~!よぉ~し、私も飲むわ~!」


レインとカイトは屋台のビールで完全に出来上がっていた。

ベロンベロンに酔った二人は、近くのベンチに腰を下ろし、ぐったりとする。


「おい、あの二人……大丈夫か?」


「うーん……まぁ、放っとけば復活するでしょ~」


ヤヤとユウヒは顔を見合わせ、苦笑した。


「ヤヤく~ん!私レインレインしてるよ~!おんぶして~♡」


遠くからそんな声がした気がするが、気がつかなかったことにする。そのままヤヤとユウヒは、公園の片隅にある自販機へと向かう。


提灯の灯が並ぶ小道を抜けると、少し人の少ない場所に出た。

夜風が髪を揺らし、虫の声がかすかに響いている。


ヤヤがポケットから小銭を出し、硬貨を投入口に入れた。

ガコン、と軽い音を立ててペットボトルが落ちる。


「ほんと、あの二人飲むと止まらないよね~」


「任務中じゃなくてよかったな」


二人の笑い声が夜の中に溶けていく。

だが――そのときだった。


ふと、ヤヤの表情が硬直する。


視線の先。

屋台の明かりの向こう、人混みの中に――見覚えのある後ろ姿があった。


あの歩き方、忘れようとしても忘れられない“癖”。


「……まさか」


「ヤヤ君?」


提灯の明かりが夜風に揺れる中、ユウヒが首を傾げる。

だがヤヤの視線は、その向こう、群衆の中に釘付けになっていた。


短く切り揃えられた茶髪。

無造作にポケットへ突っ込まれた手。

どこか、かつての面影をそのまま留めた横顔。


息が止まる。

頭の奥が真っ白になる。


……ありえない。


その名を、ヤヤは心の中で呼んだ。


 ――遊佐アキト。


死んだはずの親友。ヤヤがジャスティスに入るきっかけとなった男。

あの血の夜に、自分の腕の中で息を引き取ったはずの男が、何事もなかったかのように、群衆の中で妹らしき少女と歩いていた。


隣にいたのは、確かに見覚えのある顔。

長い髪をゆるく束ね、少し伏し目がちな眼差し。

遊佐カオリ――病気で亡くなったはずのアキトの妹だ。


ヤヤの喉が、乾いた音を立てた。

信じられない。ありえない。

なのに、目の前の光景は幻ではなかった。

直ぐに彼らのいる所へヤヤは歩いていく。

そしていつもと明らかに様子の違うヤヤをユウヒが追いかけていく。


「ヤヤ君……?本当にどうしたの?」


ユウヒが小さく囁く。

だがヤヤは答えられなかった。


気配を感じたのかアキトが、ゆっくりと振り向く。

屋台の灯りがその頬を照らし、淡く影を落とした。


 ――目が、合った。


一瞬、時が止まった。

群衆の喧騒も、笛の音も、遠のく。


その瞳は確かに“生きていた”。

あの夜、確かに消えたはずの光が、そこに宿っていた。


「……アキト……?」


ヤヤの口から、掠れた声が漏れた。

それは自分でも信じられないほど震えていた。


アキトは、わずかに目を細めた。

その表情は、何か言葉にできない色を帯びている。


そして、ほんのわずかに唇が動いた。


 「――誰だい?君は。どうして僕を知ってるんだい?」


「……俺を覚えていないのか?」


「見覚えがないな。」


冷たい眼差しでアキトはそう答える。そんな中、隣にいた妹の遊佐カオリはポツリと呟く。


「お兄ちゃん……行こ?ターゲットはここにはいないみたい……」


そう言った後、遊佐兄妹はどこかへ向かい再び歩き出すのだった。


ヤヤトの頭の中で、あの夜の記憶が閃光のように蘇る。

血。絶叫。約束。

そして――最期に見た、アキトの微笑。


現実感が、崩れた。


 ――どうして。


 ――なぜ、生きている。


夜風が吹き抜け、提灯の火が揺らめく。

お祭りの喧騒の中で、ヤヤとユウヒを包む空気だけが、まるで別の世界のように静まり返っていた。

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