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第42話「ゲロブスからの復讐」

海風が、二人の声をかすかに運んでくる。

月明かりの下で、ヤヤとレインが並んで座っていた。

その距離は近く、まるで世界に二人しかいないかのようだった。


少し離れた岩陰。

そこから、二人の様子を見つめる影があった。


「……おいおい、まじかよ」


カイトがニヤニヤしながら呟く。

ユウヒは息をのんだまま、目を見開いていた。


月光に照らされたレインの頬は、ほんのり赤く染まり、恥ずかしそうに目を伏せながら笑っていた。

その表情は、これまで誰にも見せたことのない、女の顔だった。


「……あれは落ちたな」


カイトが小声で笑う。


「まさかあのレインがガチ恋とはねぇ……。いやー、ヤヤも罪な男だわ」


ユウヒは答えない。

ただ、遠くの二人を見つめたまま、表情が動かない。

カイトが軽口を続ける。


「案外、あのレインの女らしい一面を見て、ヤヤもコロッと惚れちまうかもなぁ。ははっ」


次の瞬間。


ぐしゃ。


足元から、いやな音がした。


カイトが目を落とすと、ユウヒの足元には、小さなカニの残骸があった。

とっくに死んでいたはずのそれを、ユウヒは無言で靴底で地面にすり潰した。

無表情のまま、目だけが遠くのレインを射抜いている。

その瞳には――氷のような冷たさと、底知れない感情が宿っていた。


「お、おーい……ユ、ユウヒ……?」


カイトの声が震える。

背筋に冷たい汗が伝った。

波音が、まるで遠くの誰かの悲鳴のように聞こえた。


そして、ユウヒは――何事もなかったかのように、ふっと笑った。

さっきまでの冷たい表情は、まるで幻だったかのように消えている。


「あっ! ヤヤ君たち、お話終わったみたいだね~!」


明るい声。

いつもの無邪気な笑顔。


「カイト君、行くよ~♪」


カイトはその背中を見送りながら、かすかに震える声で呟く。


「……おいおい。ユウヒって……」


目線の先、波打ち際でレインと並んで立つヤヤ。

その後ろを歩くユウヒの影が、月光に長く伸びていた。


「……意外と、茜坂シルファに似てるとこ……あるんじゃねぇのか……?」


潮風が吹き抜け、誰も答えない夜だった。


--

訓練二日目

ここは“飛島訓練施設”――地上の古民家の下に広がる、広大な地下アリーナ。


隊員たちの掛け声、銃声、爆発音。

今日も朝からチーム同士の模擬戦で熱気が渦巻いていた。


「次の試合、開始!」


オペレーションルームの上階から、キョウの声が響く。観覧エリアの大型モニターには、いくつものバトルフィールドが映し出されていた。

その一つ――コードXIIIの姿。


レインが華麗に回避しながら、異能の傘であるラルムを振るう。

傘の表面が鏡のように光り、空間を切り裂く。


「霜裂――!」


刃のような氷の斬撃が対戦相手を襲う。いつも以上の威力のように思えたその一撃は相手を床に叩きつけた。


「……勝負あり。勝者、コードXIII、桃瀬レイン!」


キョウの低い宣言。

歓声とどよめきが起きる。


モニター越しでも分かるほど、レインの表情は生き生きとしていた。

昨日までの翳りはどこにもない。

唇には、久しぶりに本物の笑み。


「どう?私、今日ちょっとイケてない?ふふっ……!!」


息を弾ませながらレインが少し離れた距離にいるチームメイトに言う。

ヤヤとカイトはそんな彼女が映ったモニターを見上げる、


「絶好調だな。レインのやつ」


「そうだな。……それにしてもヤヤ。お前やるな~。あのレインをねー……」


「……な、なんだよ?カイト。ニヤニヤして。俺は何もしてないぞ?」


「さぁな。なっ!ユウヒ」


「ど、どうだろね~……っ!」


ユウヒは思いっきり目をそらす。

カイトはユウヒに対してヤヤに聞こえない声で囁く。


「ボヤっとしてっと、ヤヤのやつ本当にレインにとられるぞ?」


「……へっ?!……な、なんのこと~?!カイト君!!」


ユウヒの頬が赤い。かなり動揺した様子だ。その理由がヤヤには分からなかった。


一方、試合が終わったレインが歩いて三人の所へ戻ってくる。レインは満面の笑みを浮かべながらヤヤに言う。


「ヤヤ君、観た観た?今日の私は誰にも負ける気がしないわ!やっぱりこのチームのエースは私よ!」


「そ、そうか……頑張れよ。エース様。」


「今ならあの憎き茜坂シルファだってケチョンケチョンにっ……!!」


レインが完全に調子に乗っている中、次の模擬戦の準備が整ったのか、キョウの声が再び響く。


「第二試合、次の試合に出るものは前に!」


その声にカイトが「じゃ……俺が」と言いかけたときだった。


「……ねぇ。カイト君、ヤヤ君、私にやらせて」


その一言に、空気がわずかに変わった。

さっきまでの柔らかい笑顔のまま――でも、その声の奥に、氷みたいな芯があった。


「ユウヒ?珍しいな。どうしたんだよ、急に。あんなにサボりたがってたのに……」


ヤヤが眉をひそめる。

ユウヒは小さく首を傾げた。


「うん。“ちょっとだけ”気分転換したくてね~」


その微笑みは、まるでティーカップを選ぶような軽さだった。


「ふぅん……まぁせっかくやる気になったなら今回は譲ってやるよ。その代わり負けんなよー」


「はいは~い。」


カイトはやれやれといった顔で、腕を組む。


ユウヒはゆっくりと歩いていき、模擬戦フィールドの中央に立つ。二人の影がライトに照らされる。

ユウヒは腕を軽く回しながら、いつものマイペースな笑み。模擬戦の対戦相手はコードⅩのタンクトップにオイルでも塗ったようなテカり方をしていな筋肉が特徴の大男だった。年齢は20代後半といったところか。体格差は二倍近く感じられる。声が届く範囲の距離をとりながらその大男はユウヒに話しかける。


「……よぉ。新人か?ずいぶんわけーじゃねーか。天下無敵のジャスティスも落ちたもんだぜ……。あー、やる気でねぇ……」


その瞬間、観覧エリアのカイトが思わずぼそり。


「……出た。典型的な“開幕モブセリフ”。」


ヤヤが小さくため息をつく。


「……口数の多い奴ほど早死にする」


レインはドリンクを啜りながら肩をすくめた。


「ふふっ……筋肉の反射で喋ってるんじゃない?」


ユウヒは頬をぷくっと可愛らしく膨らませた後、その大男に尋ねる。


「……あのさ~。普通こ~んなに可愛い女子と戦えるのって嬉しいもんじゃないの?現役JKだよ?JK!」


その常識のように思われることに対して、彼は自信に満ちた顔ではっきり言う。


「はっ!わりーな……俺はなぁ!!40歳以上の女しか興味ねぇーんだよ!!」


その言葉にユウヒは少しひいたのか、眉をひそめる。


「……うっわ。きんも~。熟女好きって……どうみても現役JKの方が肌ピチピチじゃん!」


「わかってねぇーな!熟女のほうが色気があんだよ!おめーみたいなガキんちょなんか、一ミリも興味がわかんわ!!まだ男の方が興奮するくらいな!!」


「……かっち~ん!!」


ユウヒとその大男の会話を観覧エリアからモニター越しに聞き、三人は呆れる。


「なぁ、ヤヤ……あいつらクソほどどうでもいい話で盛り上がってないか?」


「そうだな。生産性皆無のな。……でもあの大男死んだな」


「……ユウヒの強さを知らないものね」


ユウヒは冷めた眼差しで対戦相手を睨み付けた後、宣言する。


「……さっきと終わらせよ」


「あ?それはこっちのセリフだ。ゲロブス女がぁぁ!!」


「…………ゲロブス?」


ヤヤ、カイト、レインが一斉に頭を抱えた。カイトが真顔で呟く。


「思春期女子にゲロブス……あれはもう遺言だ」


「うん、もうダメね。彼の人生、ここで終わりよ」


レインも女である以上、容姿を悪く言われることがどれほど傷つくか知っているのだろう。そんな風にカイトに続く。

ユウヒの顔を三人は恐る恐る見る。まさにそれは今から殺人を行うかのような顔だった。その後ユウヒは不自然な笑みを浮かべ、優しく自分の意志を伝える。


「トラウマになるくらいぐちゃぐちゃにしてあげるね~♡」


「こいやぁぁ!!ブス女ぁぁ!!」


キョウの合図で模擬戦が開始する。

ユウヒのアウトロートリガーを観た瞬間、大男から余裕の表情が消える。

その後は地獄絵図だった。大男は泣き叫ぶ。それでもユウヒは残虐非道というべき行為を続ける。

やめない。やめる気配は微塵もない。

男は結局、ユウヒの宣言通り今後一生忘れることのないトラウマを経験するのだった。

ヤヤ、カイト、レインは心の中で誓う。これからは

ユウヒを怒らせないようにしようと……

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