第39話「トリガーモードの戦い」
医務室。
白い光に包まれた静寂の中で、レインはゆっくりと上体を起こした。
隣で心配そうに見守っていたユウヒが声をかける。
「レインちゃん、まだ動かないで!」
「……私はもう大丈夫よ」
レインはかすかに笑った。
唇に赤みが戻り、瞳がまっすぐ前を見据えている。
「それより……応援に行ってあげて。ヤヤ君のところに」
その一言で、カイトとユウヒの表情が変わる。
「いいのか?本当に身体は……」
「心配ありがと。カイト。本当に大丈夫よ。ちょっと頭が痛いだけだから。さぁ行って」
ふたりは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「了解。行こう、ユウヒ」
「うん!」
医務室の扉が開かれ、二人は駆け出す。
廊下を抜け、模擬戦闘フロアへ。
――そして、目に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。
青いラインが床を走り、戦闘モードを示す光が揺らめいている。
その中心で、ヤヤとケイが向かい合っていた。
二人とも、手にした銃を――自らのこめかみに当てていた。
「まさか……!」
カイトが低く呻く。
「トリガーモード……!」
ユウヒの声が震える。
次の瞬間、二人の声が重なった。
「――トリガーモード、オン!!」
カチリ――。
乾いた引き金の音が、世界を分けた。
その瞬間、空気が爆ぜた。
目に見えぬ衝撃波がフロアを駆け抜け、周囲のモニターが一斉にノイズを走らせる。
ヤヤの体から噴き出す黒い靄。
それは生き物のようにうねり、光を喰らいながら形を変えていく。
銀色に染まった髪が月光のように輝き、背中から裂けるように――漆黒の翼が広がった。
対して、ケイの身体を炎が包み込む。
髪は燃え盛る紅蓮となり、背中から広がる光の翼は、まるで太陽そのもの。
その顔には、炎のように揺らめく神秘的な紋様が浮かび上がる。
「このプレッシャー……!」
ユウヒが目を見開く。
「ヤヤも……ケイもここからが本気ってわけか……!」
カイトが呟く。
少し離れた観戦台で、シルファはケイを見つめうっとりと頬を赤らめながら静かに微笑んでいた。
その笑みには、ほんのわずかな興奮と――冷たい狂気が混ざっている。
「美しいです……私のケイ……世界一カッコいいですよ……うふふ……♡」
二人はゆっくりと距離をとり、互いを見据えた。
闇と炎。月と太陽。
相反する二つの存在が、今、同じフロアで呼吸をしていた。
ケイが口を開く。
「それが……君のトリガーモード、か。美しいね。コウモリの翼に銀色の髪、赤い瞳……モデルは――ヴァンパイア、ってところかな」
ヤヤは唇の端をわずかに歪めて返す。
「そっちも、ずいぶん派手じゃねぇか。炎の翼……圧がすげぇ。まるで太陽みたいだ」
ケイは微笑んだ。
その声には炎のような熱と、どこか神の威厳を感じさせる静けさが混じる。
「太陽の神――アマテラスがモデルさ。久しぶりだ、この力を使うのは」
彼は銃を見下ろしながら、ふと目線を上げた。
「ところで君は、“神器”を使えるのか?」
「神器……?」
ヤヤが眉をひそめる。
ケイは炎を纏った指で銃を撫でながら、ゆっくりと答えた。
「知らないようだな……なら、見せてあげよう」
その声が低く響く。
瞬間、紅蓮の銃がうなりを上げた。
――ゴウッ!!
炎が爆ぜ、銃が形を変えていく。
金属が悲鳴をあげるような音。
次の瞬間、ケイの手には――炎そのものを具現化した、巨大なフォークが握られていた。
三叉の刃が空気を焦がし、周囲を朱に染める。
「なぁっ?!何それ~?!」
ユウヒが思わず後ずさる。
カイトも息を飲んだ。
「銃が……変形した……!?あれが……神器……!」
ケイはフォークを軽く構え、炎を散らすように振る。
「これが“神器”だ。トリガーモードのときだけ、俺達に許される力……魂そのものの形だ」
ヤヤは息を呑みながら、自分の蜻蛉の銃を見下ろす。
「……なるほど。魂の形、か。なら――俺のは、どう出る?」
ヤヤは銃に意識を集中させた。
闇がうねる。
銃身が黒い雷に包まれ、重低音を伴って変化していく。
カチン――ッ!
それは禍々しい光とともに姿を現した。
黒い刃。長大な柄。
闇のオーラと黒雷を纏った――巨大な“死神の鎌”。
その刃が振るわれるたびに、空気が裂け、闇が吸い込まれる。
「……これが……俺の神器……」
ヤヤの声は低く、どこか獣の唸りのようだった。
「……空気が……息できねぇほど重い」
ユウヒも唇を噛む。
「これが……トリガーモード同士の戦い……」
そして、シルファはゆっくりと笑った。
「ようやく……面白くなってきましたね」
――闇と炎。
月と太陽。
ヴァンパイアとアマテラス。
全てを焼き尽くす戦いが、今、始まろうとしていた。




