第34話「午前プログラム:嫉妬のシステムエラー」
「午前は測定だ。強化も競争もまだだ。
自分の“現在地”を知れ。そこから全てが始まる。」
キョウの声と同時に、スクリーンに文字が浮かぶ。
――PROGRAM 01 : SYSTEM CHECK
白衣を着た技術班が数名入ってきて、隊員たちにセンサーを装着していく。
腕、首、背中――金属リングが淡い光を放ち、皮膚の下に心拍と神経パルスが映し出される。
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【第1課目:運動反応テスト《Reflex Run》】
床が低く唸りを上げて動き出す。
次の瞬間、金属パネルがせり上がり、光のラインが走る。
壁面から風が吹き、足場が回転。目の前は一瞬でアスレチックのような迷路と化した。
「ルールは単純だ。30秒ごとに光が変わる。赤なら回避、青なら防御、緑なら攻撃――。反応を誤れば、床が震えるぞ。」
キョウの声が響いた。
光が点滅。
ヤヤが即座に前転、床下を抜ける。反応速度は正確だ。
だが次の瞬間、後方でユウヒの足がもつれる。
「っ――!」
反射的にヤヤが手を伸ばし、ユウヒを庇って着地した。
床が強く震え、減点の赤ランプが点灯する。
「ご、ごめ~ん、ヤヤ君……!」
「大丈夫だ」
短い言葉の後、ヤヤはすぐ立ち上がる。
だがその間にもカイトは足場を飛び越え、壁を蹴って逆方向から突破――。
「おい、ルート違反だ!」
技術班が慌てて叫ぶが、カイトは笑う。
「結果オーライだろ?なぁ!」
レインは黙々と進む。
彼女は光の色を“読む”ように、一瞬先の変化を予測して動いていた。
無駄がなく、ほとんど機械のように正確だ。
15分後、テスト終了。
スクリーンにデータが映る。
名前 成功率 特記事項
ヤヤ 93% 高反応速度・判断安定
ユウヒ 88% 正確だが反応に遅れ
カイト 79% 動作異常・センサー誤作動
レイン 98% 予測行動により高精度
キョウがタブレットから顔を上げる。
「速さは悪くない。だが――仲間を庇って倒れるなら、任務は失敗だ。」
その言葉に、ユウヒが小さく目を伏せた。
ヤヤは黙って唇を引き結ぶ。
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【第2課目:射撃・精度テスト《Target Sense》】
床が沈み、射撃レンジが出現した。
だがそこに立つのは金属の標的ではなく、光で構成された人影たち。
青が味方、赤が敵――しかし数秒ごとに入れ替わる。
「見極めろ。“敵か味方か”を即座に判断できなければ死ぬ。」
照明が落ち、訓練開始。
銃声が交錯する。
赤い影が右に跳ぶ――ヤヤが瞬時に撃ち抜く。
反応時間0.46秒。
ユウヒは照準を合わせるが、ためらった。
その一瞬の迷いの間に、赤と青が入れ替わる。
「っ!」
誤射の警告音。青いシルエットの胸が赤く点灯した。
ユウヒが息を呑む。
ヤヤが横に回り、代わりに残りの標的を仕留めた。
データがスクリーンに映る。
名前 命中率誤射数平均反応
ヤヤ 100% 0 0.46s
ユウヒ 95% 1 0.53s
カイト 89% 0 0.38s
レイン 77% 0 0.49s
「ヤヤ君、命中率100%?!」
「ヤヤ、やるじゃねーか!!」
レインとカイトがそんな反応をする中、キョウはデータを分析する。
「ヤヤ以外は判断は冷静だが、感情が邪魔をする者が多いな。迷いは、敵よりも速く命を奪う。」
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【第3課目:異能適性検査《Code Resonance》】
照明が完全に落ち、中央に巨大な黒い円盤がせり上がる。
周囲が静まり返る中、キョウの声が低く響く。
「次は――異能の制御だ。心と力の距離を、正確に測る。」
隊員たちは自分の「コード武装」を起動させ、
円盤に手をかざした。空気が震える。
そして、波形が浮かぶ。
ヤヤの波は乱れていた。明滅する黒いノイズ。
技術班がざわつく。
「出力変動が……これ、何だ?」
レインの波は出力は控えめだが安定している。
ユウヒが横目で見て、冗談めかして言う。
「へぇ~、レインちゃんやるね~」
「ふふっ……当たり前よ♡」
カイトの波形は荒く、燃えるように高出力。
技術班が距離を取る。
「くっ……俺もまだまだかっ……」
そして最後に、ユウヒ。
波形は美しいほどに整っていた。
共鳴率98%。
技術班がざわめく。
「理想的制御……!」
キョウは静かに円盤を見つめ、言った。
「お前たちの異能は、諸刃の剣だ。力が心を喰うのか、心が力を制すのか――それを見極めるのが訓練だ」
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1日目の午前の測定が終了する。
「ふぅ……ようやく終わった……」
汗を拭いながらユウヒが息をつく。
スクリーンにはそれぞれのデータが並んでいた。
誤射のログを見つめて、ユウヒが小さく肩を落とす。
そんな彼女に、ヤヤが少し迷いながら声をかけた。
「……大丈夫だ。次は間違えなければいい。俺も異能の制御、全然安定してなかったし。ユウヒはすごいよ」
ユウヒが顔を上げ、ぱっと笑う。
頬にかかった髪を指で払って、少し照れたように。
「ヤヤ君……優しいね、やっぱり。ありがと」
その笑顔が眩しくて、ヤヤは思わず目をそらした。
「お、おう……」
耳の先まで赤い。
その瞬間、背後からツカツカと足音が近づく。
冷気を含んだ気配。
「――へぇぇ、ずいぶん楽しそうじゃない?」
レインが腕を組み、にっこり笑っていた。
だがその笑顔の奥には、わずかにピキッと音が聞こえそうな圧。
「……別に楽しんでるわけじゃ――」
「そう? ユウヒに“優しいね”なんて言われて、ニヤけてたけど?」
「ニヤけてねぇ!!」
レインがさらに一歩、詰め寄る。
ヤヤが思わず一歩下がる。
周囲ではカイトがニヤニヤと見物中。
「ヤヤ君!これは訓練なのよ!こんな時に、その……い、イチャイチャとかダメなんだから!」
「い、イチャイチャしてないって!」
「してた!」
「してない!」
二人の声が、訓練場に反響する。
キョウが溜息をついてタブレットを閉じた。
「……騒ぐ元気はあるようだな」
「ボス~~っ、聞いてくださいよ、レインちゃんが――!」
「そんなことより午後は模擬戦だぞ」
「ひゃーっ!まだやるの~!?」
ユウヒが悲鳴を上げ、カイトが笑いながら声をかける。
「ははっ……こんなの序の口だぞ!これからが本番だ」
「えぇぇ~?もう訓練とかやめて酒田を観光しようよ~」
そして――
ヤヤの隣でレインが小さく呟く。
「……ヤヤ君。次は私のこと、ちゃんと見てて」
「え?」
「だって……あんた、ユウヒばっかり気にしてるから」
ヤヤが一瞬固まり、レインがそっぽを向く。
頬がほんのり赤い。
「……べ、別に嫉妬とかじゃないけどね!?」
「は、はぁ……」
「なによ!その困った反応は!!」
彼女の声に、カイトがまた笑う。
測定の午前はこうして、騒がしくも温かい空気で幕を閉じた。
午後の“本格訓練”を前に、チームの絆は少しだけ――近づいたようだった。




