第33話「アンダーグラウンド」
潮風が強くなる。
定期船が港へ近づくと、波しぶきが白く跳ねた。
甲板に立つヤヤたちの視界に、桟橋の端で手を振る人影が見えた。
黒のスーツにサングラス――天草キョウだった。
「おいおい、まさか迎えにまで来てくれてんのかよ……」
カイトが小さく笑う。
船が接岸し、タラップを降りると、キョウが静かに言った。
「ようこそ、飛島へ。……長旅ご苦労さん」
「ボス、自らとは珍しいですね♡ふふっ……!」
レインが軽口を叩くと、キョウはわずかに口角を上げた。
「ここは特別な訓練拠点だ。外部に情報が漏れるわけにはいかないからね。それに私が直接案内しないと場所を見つけるだけで日が暮れる」
そう言ってキョウは踵を返し、細い港道を歩き始めた。
潮の匂いが遠ざかり、代わりに湿った土の香りが鼻をくすぐる。
道の両脇には古びた木造の家々。
猫が屋根の上を歩き、どこかの家から味噌汁の匂いが漂っていた。
――だが、キョウが立ち止まったのは、そんな島の風景に溶け込んだ一軒の民家だった。
瓦は欠け、軒先には風鈴。
まるでどこにでもある“田舎の家”。
「ここが、目的地だ」
「……え、民家?」
ユウヒが目を瞬かせる。
「訓練施設っていうか……おばあちゃん家だよね、これ」
キョウはノックもせず、戸を開けた。
木の軋む音。
中には、背を丸めた白髪の老婆が一人、囲炉裏の前に座っていた。
「おや、キョウ坊じゃないかい。久しぶりだねぇ」
「婆さん、例の連中を連れてきた」
老婆がゆっくりと振り返る。
鋭い目が、ヤヤたちを順番に見据えた。
「……ほんに、みんな若いねぇ」
そして、キョウが低い声で言った。
「――“影は海に沈み、光はまだ昇らず”」
一瞬、静寂。
老婆の口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
「……よかろう。忘れたかと思ったよ、その合言葉」
そう言うと、彼女は立ち上がり、畳の一枚をゆっくりとずらした。
ギィ……と、木が擦れる音。
そこには――黒い鉄製の取っ手付きの扉。
「なっ……」
ユウヒが目を丸くする。
「民家の下に……何これ、地下~?」
カイトがふと控えめな笑みを浮かべる。
「相変わらずですね、ボス」
キョウは無言で扉を開け、暗闇の奥へと続く階段を指差した。
ひんやりとした空気が吹き上がり、湿った土と鉄の匂いが混ざる。
「――行くぞ。訓練は、もう始まってる」
ヤヤたちは互いに顔を見合わせ、息を飲んだ。
そして一歩、また一歩と、階段を降りていく。
闇を抜けた先。
視界が開ける。
そこは――まるで東京ドームのような広大な空間だった。
金属製の照明が天井を照らし、いくつもの訓練区画や射撃レンジ、演習フィールドが並ぶ。
機械の音、掛け声、爆発音。
熱気と緊張が渦巻くその場所には、およそ40名のジャスティスの隊員たちが集まっていた。
「おい見ろ、あれが噂の新入りチームか」
そんな囁きが飛ぶ。
ユウヒが思わずヤヤの袖をつかむ。
「すご……何ここ。あとこんなに人いたんだ、ジャスティスって……」
「ユウヒ含めて45人だ。だがまだ来てないコードチームがあるのかもしれない。レイン……あの渋谷の焼き肉屋で会ったあのチームも来てないよな?」
「コードⅨ……そうね!まだ来てないみたい。どうしたのかしら?」
そんな風にヤヤとレインが不思議に思う中、キョウが一歩前に出て、声を張る。
「コードIとコードⅨがまだ来てないようだが定刻だ。これより――全チーム合同の強化訓練を開始する。全員準備を整えろ!」
轟く声とともに、広間が一斉に動き出す。
ヤヤはその光景を見上げながら、胸の奥がざわめくのを感じていた。
――ここが、ジャスティスの“心臓部”なのか。
そして、何かが始まろうとしていた。




