エピローグ 楽園への道
それから十年の月日が流れた。
ワールド・テクニカル・アカデミーは世界最高峰の技術教育機関として名声を確立し、これまでに三千人を超える技術者を世界に送り出していた。
ウォル=水原は今、学院長室で世界地図を眺めていた。
地図には無数の印が付けられている。赤い印は上下水道が完備された都市、青い印は海水淡水化プラントが稼働している地域、そして緑の印は温水洗浄便座の普及率が九割を超えた地区を表していた。
「ほぼ全大陸に広がりましたね」
傍らには、副学院長となったアクアがいた。
「はい。特に温水洗浄便座の普及率は想像以上です」
「各国の報告書を見ると、感染症の発生率が大幅に減少しています」
「経済効果も絶大ですね。清潔な環境により生産性が向上し、医療費も削減されています」
二人は満足げに微笑んだ。
「でも、まだやることはありますね」
ウォル=水原は地図の白い部分を指した。まだ技術が届いていない辺境地域がいくつか残っている。
「来年度の遠征計画はどうなっていますか?」
「学生たちによる技術支援プログラムが三件、教授陣による新技術開発プロジェクトが五件予定されています」
「頼もしいですね」
その時、ノックの音がした。
「失礼します」
現れたのは、学院の一期生だった。今では各国で活躍する立派な技術者になっている。
「先生、お久しぶりです」
「元気そうですね。故郷での仕事はいかがですか?」
「おかげさまで順調です。村に初めて上水道を引いたときの住民の喜びようときたら…」
「それは良かった」
「それで、お願いがあって参りました」
「何でしょう?」
「新大陸で大規模な開発事業が計画されているのですが、技術顧問として協力していただけないでしょうか?」
「新大陸?」
「はい。まだ手つかずの広大な土地があります。一から理想的な都市を建設する計画です」
ウォル=水原の目が輝いた。
「それは興味深いですね」
「もちろん、上下水道の完全装備と、全建物への温水洗浄便座設置が前提です」
「素晴らしいプランですね」
アクアも興奮していた。
「最初から計画的に建設すれば、これまで以上に効率的なシステムが構築できます」
「学生たちにとっても良い実習の機会になりますね」
「ぜひお願いします!」
「分かりました。協力させていただきましょう」
一期生は感激して頭を下げた。
「ありがとうございます!きっと世界一美しい都市を作ってみせます!」
彼が帰った後、ウォル=水原は再び地図を眺めた。
「新大陸の開発…新たな挑戦ですね」
「楽しみです」
アクアも同意した。「今度はどんな困難が待っているでしょうか」
「分かりませんが」
ウォル=水原は微笑んだ「きっと温水洗浄便座が解決してくれるでしょう」
二人は笑った。
窓の外では、学院の学生たちが実習に励んでいる。世界各国から集まった若者たちが、技術への情熱を燃やして学んでいる姿があった。
「異世界を楽園に変える…まだ道のりは長いですが、着実に前進していますね」
「はい。そして、その道のりを歩む仲間もどんどん増えています」
夕日が学院の建物を美しく照らしていた。
遠くから、工事現場の音が聞こえてくる。また新しい水道工事が始まったのだろう。世界のどこかで、また一つ、人々の生活が豊かになる。
ウォル=水原は前世を思い出した。水道工事職人として働いていた日々。まさかこんな壮大な冒険が待っているとは思わなかった。
でも、根本的な想いは変わらない。
清潔で快適な生活を、一人でも多くの人に届けたい。
その想いが、彼をここまで導いてきたのだ。
「明日も頑張りましょう」
「はい」
二人は明日への準備を始めた。
世界を楽園に変える戦いは、まだ続いている。
そして今日も、どこかで初めて温水洗浄便座を体験した人が、感動の涙を流している。
【完】




