第二十四話 敵の誤算と快感の洗礼
貴族院での勝利から三日後、ウォル=水原たちは本格的な建設計画の策定に取り掛かっていた。しかし、予想通り組合からの嫌がらせは続いていた。
「また資材の搬入が遅れています」アクアが報告した。
「組合が運送業者に圧力をかけているようです」
「人手不足も深刻です」。ヘルスィが付け加えた。
「組合が『水道工事に協力する者は水の供給を停止する』と脅しているせいで、作業員が集まりません」
エクセレント様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「政治的には勝ったが、実務面での妨害は続いているな」
そんな中、技術評価委員会の建物に意外な来訪者があった。
「バロン・コマーシャルが面会を求めています」
「コマーシャル?貴族院で反対していた議員か」
警戒しながらも、エクセレント様は面会を許可した。
現れたコマーシャルは、なぜか青ざめた顔をしていた。
「実は…その…相談があって参りました」
「何でしょうか?」
「あの…温水洗浄装置とやらを…その…私にも売っていただけないでしょうか?」
一同は耳を疑った。あれほど反対していたコマーシャルが、装置を欲しがっている?
「なぜ急に?」ウォル=水原が尋ねた。
コマーシャルの顔が更に青くなる。
「実は…昨日、とある事情で…その装置を使ってしまいまして…」
「事情?」
「組合の指示で、装置の欠陥を探るために自宅に忍び込んで…いえ、正当な調査として潜入したのですが」
どう見ても不法侵入である。
「それで?」
「装置があまりにも精巧で、つい…その…機能を確認してみたくなりまして」
コマーシャルの声がどんどん小さくなっていく。
「確認?」
「トイレで…その…実際に使用してみたのです」
一同が固唾を呑む。
「そうしたら…」
コマーシャルの目が急に潤んだ。
「あまりにも…あまりにも素晴らしくて…」
「素晴らしくて?」
「人生が変わりました!」
突然、コマーシャルは手を組んで懇願するポーズになった。
「あの清潔感!あの爽快感!まるで天国のようでした!もう普通のトイレには戻れません!お願いです!私にも売ってください!」
アクアが呆然としている。
「敵の大物が…温水洗浄便座の虜になった…?」
「ちょっと待ってください」
ウォル=水原が割り込んだ。「あなたは組合の議員でしょう?我々に反対する立場では?」
「それは…それはですね…」
コマーシャルは必死に言い訳を考えている様子だった。
「組合の利益も大切ですが、個人の健康と快適さも重要です!そうです!私は市民の幸福を考えて行動しているのです!」
完全に後付けの理屈だった。
「つまり、温水洗浄便座が欲しいから、今度は我々の味方になると?」
「はい!喜んで協力させていただきます!」
エクセレント様が困惑している。
「これは…予想外の展開だな」
その時、別の来訪者があった。
「失礼します。水商人組合幹部のウォーター・ディーラーです」
現れたのは、組合のナンバー2だった。
「コマーシャル議員がこちらに来ていると聞いて…何をしているのですか?」
コマーシャルが慌てた。
「あ、いや、これは調査で…」
「調査?」
「そうです!敵の弱点を探るための!」
ディーラーは疑わしそうな目でコマーシャルを見る。
「それにしては、随分と真剣に話し込んでいたようですが」
「それは…その…」
ウォル=水原が悪戯心を起こした。
「ディーラーさんも、よろしければ温水洗浄装置を試してみませんか?」
「そんなものに興味はありません」
「まあ、そう言わずに。百聞は一見にしかず、です」
「結構です」
しかし、コマーシャルが突然立ち上がった。
「ディーラー、騙されたと思って一度試してみろ!」
「は?」
「いいから!人生観が変わるぞ!」
コマーシャルの迫力に押され、ディーラーは渋々トイレに向かった。
十分後。
「…………」
トイレから出てきたディーラーは、放心状態だった。
「どうでした?」ウォル=水原が尋ねる。
「これは…これは…」
ディーラーの目にも涙が浮かんでいる。
「革命です…これは革命です…」
「でしょう?」
コマーシャルが得意顔になる。「私が言った通りだ」
かくして、水商人組合の幹部二人が、温水洗浄便座によって改心させられるという前代未聞の事態が発生した。
「組合内部での協力者ができましたね」
エクセレント様が苦笑いしている。
「温水洗浄便座、恐るべし」
アクアが呟いた。
ウォル=水原は前世を思い出していた。確かに、温水洗浄便座を使った時の感動は忘れられない。それが異世界でも同じだとは。
「技術には人の心を動かす力があるんですね」
「ああ、文字通りの意味でな」
王都水道革命は、思わぬ形で新たな協力者を得たのだった。




