第二十三話 貴族院の攻防
貴族院の大広間は、緊迫した空気に包まれていた。
議長席に座るのは、王国最古の名門貴族、デューク・オールドマネー公爵だった。
「本日の議題は、技術評価委員会による水道開発事業の是非についてである」
「反対!」
水商人組合から送り込まれた議員、バロン・コマーシャルが立ち上がった。
「素人同然の技術者が、王都の水供給を混乱させようとしております。既存の安定した供給体制を破壊する行為です!」
「そのとおりだ」別の議員も同調した。「水商人組合は百年の歴史がある。急激な変化は市民を混乱させるだけだ」
しかし、エクセレント様も黙ってはいなかった。
「議員各位、現実をご覧ください」
委員会が用意した資料が配られた。市民の病気発生率、家計に占める水代の割合、水質検査の結果。すべて衝撃的な数字だった。
「これが『安定した供給』の結果です。市民の七割が水代で苦しみ、子供たちが汚れた水で病気になっている。これが百年の伝統だと言うのですか?」
議場がざわめいた。多くの議員が初めて知る事実だった。
しかし、コマーシャルが反論する「急激な変化はリスクが高い。新技術が失敗すれば、王都全体が水不足に陥る可能性もある」
「なら、段階的に導入すればよろしい」
意外な声が響いた。若い議員が立ち上がったのだ。
「カウント・プログレッシブ伯爵です」
進歩派の貴族として知られる人物だった。
「まず小規模な実験から始めて、成果を検証してから拡大する。それなら安全でしょう」
「実験なら既に始まっている」エクセレント様が続けた。「下層街区の十世帯で家庭用浄水器を試用中です。結果は良好です」
「勝手な実験など認めていない!」コマーシャルが怒鳴った。
その時、議場の扉が開いた。
「失礼いたします」
現れたのはクリーン・ヘルスィと、浄水器を使用している市民代表たちだった。
「市民の声を聞いてください」
議長が困惑した。
「これは貴族院の会議だ。一般市民の傍聴は…」
「王国憲法第十五条により、市民は自らに関わる法案について意見を述べる権利があります」
プログレッシブ伯爵が援護した。
「では、簡潔に」
代表の一人、先ほどの若い母親が前に出た。
「私の子供は、新しい浄水器の水を飲んでから熱が下がりました。水代も半分になって、家計が楽になりました」
「私の店でも、清潔な水が使えるようになって、お客さんに喜ばれています」
次々と証言が続いた。すべて実体験に基づく、生々しい声だった。
コマーシャルは焦っていた。
「一時的な効果に過ぎない。長期的な安全性は保証されていない」
しかし、議員たちの表情は変わっていた。市民の切実な声を直接聞いて、問題の深刻さを理解したのだ。
「採決に移る」議長が宣言した。
「技術評価委員会の水道開発事業に賛成の方は挙手を」
次々と手が上がった。最終的に、賛成三十五、反対十八で可決された。
「やりました!」
控室でエクセレント様とウォル=水原は握手を交わした。
しかし、ウォル=水原の表情は複雑だった。
「これで終わりではありませんね」
「そのとおりだ。政治的な許可は得たが、実際の建設はこれからだ」
アクアも同意した。
「技術的な課題も山積みです。王都全体をカバーする上下水道システムの設計、建設、維持管理。膨大な作業量になります」
「それに」。ヘルスィが付け加えた。
「組合も諦めないでしょう。きっと別の妨害を仕掛けてきます」
「でも、やるしかありません」
ウォル=水原が言った。「異世界を楽園に変えるために」
王都水道革命の第一段階は成功した。だが、本当の戦いはこれからだった。
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