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一 : 命を削りて尽くす忠-(7)緊張高まる大阪・伏見

 家康の『御掟』違反に端を発し、大坂(前田)と伏見(徳川)の間で緊張が高まった。武家同士の不穏な空気を敏感に感じ取った民衆の中には戦に巻き込まれるのを恐れて避難する動きが出始めていた。

 それは諸大名も同じで、武力衝突を想定し大坂の前田屋敷と伏見の徳川屋敷に馳せ参じる者が現れてきた。前田屋敷に駆け付けた人数は多く、大広間の(ふすま)を外して隣の部屋と繋げる程である。上座の中央前には三大老が座り、長束正家・増田長盛・前田玄以(美濃前田家、利家の荒子前田家と無関係)の三奉行は部屋の真ん中に固まり、廊下に近い所には三成や小西行長・佐竹義宣(よしのぶ)といった“文治派”やそれに近い者達、その集団から一番離れた位置に三成を唾棄している“武断派”の加藤清正や長岡忠興(ただおき)・浅野長吉と幸長(ゆきなが)父子・加藤嘉明(よしあき)(父・教明(のりあき)は旧松平家臣、清正と無関係)、さらに西国の有力大名である長曾我部盛親(もりちか)や立花親成(ちかなり)(後の宗茂(むねしげ))・鍋島直茂の姿もある。特筆すべきは三成を心底憎んでいる清正達が呉越同舟の道を選んでいる点だ。

「皆の様子は如何(いかが)か」

 脇息へ体を預けるよう座る父が、来客者を応対する利長へ訊ねる。同席者は右近のみだ。

「大きく分けて三つの思惑で(つど)っている模様です。一つ、内府様をこの機に討たんと気炎を揚げる者。これは極少数です」

 三成は馳せ参じた者が多い事に自信を深めたらしく、一度は(しりぞ)けられた家康討伐論を声高に叫ぶ。それに賛同しているのは宇喜多秀家など数名だ。

「二つ、万一伏見から攻められた際に盾とならんとする者。これは主計頭(かずえのかみ)や柳川左近侍従(さこんじじゅう)など一定の割合があるかと」

 加藤“主計頭”清正は利家を敬慕(けいぼ)しており、利家の為ならば(豊臣家に刃を向けるのを除き)火の中でも水の中でも飛び込む覚悟を持っている。

 立花親成、通称“柳川左近侍従”。秀吉が生前『東の(徳川家重臣)本多“平八郎”忠勝、西の立花“左近将監(しょうげん)統虎(むねとら)(当時)、東西無双』と大絶賛した武将で、二度の朝鮮出兵でも武功を挙げている。忠義心に篤い人物で、豊家の危機として馳せ参じている。

「そして、三つ……これが大勢(たいせい)を占めますが、“取り敢えず様子を見よう”とする者。この中には浅野“左京太夫(さきょうだゆう)”や長岡“越中守”も含まれます」

 利長の言葉に、父は思わず天を仰いだ。日和見で来た者は多いと覚悟していたが、“まさかその者まで”という心境か。

 浅野幸長は利家の五女・与免の婚約者(与免夭逝により解消)、同じく六女・千世は長岡忠興の嫡男・忠隆の婚約者で、両名は宇喜多秀家と同じく前田家の縁戚に当たる。身内すら積極的な関与を避けるならば、他の者達はして知るべしである。

「左様か……」

 利長の報告に、父はガックリと項垂(うなだ)れる。(やや)あって顔を上げた父は「右近」と呼ぶ。

「伏見には、どんな顔触れが揃っている?」

 訊ねられた右近は事前に放っていた細作の報告を元に、名を挙げていく。

 秀吉の生前から家康に接近していた最上義光(よしあき)・藤堂高虎・黒田長政、“武断派”の福島正則・池田輝政、それに一癖も二癖もある伊達政宗や黒田如水・長岡幽斎、さらに淀の方の縁者である織田有楽斎・京極高次、そして先日の評議にも参加していた大谷吉継……。

 右近から明かされた名に、父も唸る。思いの(ほか)、数が少ない。加えて、正則は利家を慕っているので有事の際は土壇場で中立に転じる可能性がある。過激論を唱える三成の言うように、家康を討つなら今が絶好の機会だ。

「父上」

 沈黙を破り、利長が声を掛ける。

「まずは、駆け付けてくれた者達へ顔を出されては如何(いかが)でしょうか?」

 利長の提案に父もハッとさせられたらしく「……うむ」と応じる。この不安定な情勢で旗幟(きし)を鮮明にしてくれた者達へ利家も応える義務があった。

 皆の意見を聞いてから判断しても遅くはない。その意図を汲み取った父は、「孫四郎」と呼ぶ。

「先に行って儂が向かう旨を伝え、体裁を整えよ。支度が済み次第、参る」

「畏まりました」

 方向性が固まったところで、父は脇息を頼りにヨロヨロと立ち上がる。あの威厳に満ちた大老筆頭の姿になるまで、父には用意が要る。使命感と気力のみで何とか保てている事を、利長は痛感させられた。


 一足先に大広間へ向かった利長は、来訪者へ利家が参る旨を伝えた。それまで雑然と思い思いに座っていた面々が役職・順列・集団等で整然と並び直し、奏者役を務める利長が利家の到着を知らせる。最前列中央に座る三大老から順々に頭を下げ、利家を迎え入れる。

 高座にゆったりと腰を下ろした利家は、厳かに言う。

「皆の衆、面を上げられよ」

 先程より張りのある声で促され、一斉に頭を上げる一同。全体を見渡し、利家は告げる。

此度(こたび)は我が元に駆け付けて下さり、(かたじけな)い。感謝致す」

 そう述べた利家が軽く頭を下げる。秀家や清正達は恐縮したように慌てて頭を下げようとする。片や、輝元や景勝は表情を変えない。

 利長から見て、輝元や景勝の肚は読めない。先日の評議でも利家に判断を(ゆだ)ねると表明したが、本当のところはどうなのか。秀家や清正のように利家の下知があれば何の疑いもなく従うとは考えにくい。

 ジッと観察する利長とは別に、顔を上げた利家は(おもむろ)に切り出す。

「さて。先ずは儂の考えから述べようか」

 先日の評議とは反対に、利家が先に自らの意向を明かす。一息の間を空け、利家は語る。

「此度の内府殿による『御掟』違反は赦し(がた)い暴挙だ。()れど、作為的と断定する確たる証拠は無い以上、罰するのは早計だろう。加えて、上様の御座(おわ)す畿内で互いに徒党を組み争うのは我が本意に(あら)ず。()って、伏見(徳川方)から事を起こせば別だが、当方から戦う心算(つもり)は一切無い」

「お言葉ながら!!」

 利家が言い終えるのを待ち、声を挙げる人物が居た。――石田三成である。

 その三成も相当な覚悟を持ち発言しているのは、鬼気迫る表情や強い口調から(うかが)える。

「加賀大納言様の仰られること、御尤も。然りながら、『御掟』を破ったのは疑い(よう)のない事実! 法を(ないがし)ろにし、豊家の統治を揺るがしかねない本件は、過失であれど由々しき事態。内府に天下を狙う魂胆は明白、豊家の未来の為に(わざわい)の芽はこの機に潰すべきです!!」

 口角(こうかく)泡を飛ばしながら力説する三成。普段は冷静沈着な物言いの三成には珍しく熱弁を振るうのは、それだけ危機感を抱いている裏返しだろう。

 ただ、家康と婚姻を結んでいる清正を中心とした“武断派”の面々を中心に、三成の発言に苦々しい顔を浮かべる者がちらほら見受けられる。

「……治部。それは内府殿を排除するなら騒擾も辞さずと言いたいのか?」

 そう質した利家に、三成は食い気味に「はい!」と力強く答える。

「舐めた口を叩くな!!」

 直後、その痩せ細った体から発せられたとは思えないくらいの大声量が大広間に響いた。怒りを露わにした利家は続ける。

「もし今大坂と伏見で戦となれば、局地戦で済む筈がない。両軍は地方から兵を呼び寄せ、大軍勢同士の衝突となるのは火を見るより明らか。そうなれば太閤殿下によって(もたら)された天下泰平は崩壊する。治部、貴様は上様の御身(おんみ)を危うくする事を承知で申しておるのか!?」

 気迫(みなぎ)る利家の発言に、気圧(けお)された三成は(ひる)んだ様子で「いえ……」と弱々しく答える。主君に危険が及ぶとまで予想してなかったのは三成の反応から明らかだ。

 片や、三成を嫌っている面々も利家の激しい語気にたじろいでいる。そこまで深く考えてなかったのは一目瞭然(りょうぜん)だ。内心“ざまぁみろ”とでも思っていたのだろうが、利家の追及でそんな次元の低い話でないと目が覚める思いだった。

 凍り付いた座をグルリと見回した利家は、改めて訊ねる。

「……他に、異論はあるか」

 利家が問うも、先程の凄まじい剣幕を目の当たりにした者達は口を噤んでいる。方向性が決したと解釈した利家が「では、各々方頼む」と言い残し奥へと下がって行った。

 上座に座っていた利家が退室した後も、部屋は静まり返ったままだ。利家に対する畏敬(いけい)憧憬(しょうけい)が心を占め、動いたり喋ったりする気さえ起こらない様子だった。

 ()く言う利長も心が(しび)れた内の一人だ。他の三大老とは格が違う。その事実を改めて思い知らされた気分だった。


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