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一 : 命を削りて尽くす忠-(4)父の前半生を受け継いだ男

 自分の部屋に戻った利長は、驚いた。今から呼ぼうとしていた人物が既に待っていた。

「父上の差配か?」

「いえ。父上と兄上が帰って早々に密談していると聞き及び、次はオレの番かな、と」

 そう語る当人は嬉々として楽しそうである。

 前田“能登守”利政(としまさ)。天正六年〈一五七八年〉生まれで二十二歳。利長とは十六歳も離れており父子に近いが、生母は一緒だ。利家の次男に生まれた利政は文禄二年〈一五九三年〉に小丸山城主になると、能登方面を担当。今年に入り大坂城の詰番衆に任じられ、現在に至る。余談ながら、利長・利政の別名が共に“孫四郎”な所為(せい)で非常にややこしい。

 この兄弟について、()る老賢者はこう評した。『肥前守(利長)様は父君が後半生で得た分別(ふんべつ)を、能登守様は前半生の気性を、それぞれ引き継いだ』と。落ち着いて物事に対処する兄・利長と感情の赴くままに生きる弟・利政。対照的な兄弟が均衡を保ち前田家を運営していく方向性がこの時点で固まっていた。

「昨今の情勢について存じておるな?」

「はい! 楽しくなってきました!」

 弟の返答に、頭を抱えたくなる利長。まるで戦が起きるのを望んでいるとも捉えられる。

 嫡男に生まれ(かつ)ての信長からも“利家の後継者”として内外から見られてきた利長と、家督の重責とは無縁でノビノビと育てられた利政。持って生まれた性分(しょうぶん)はあれど、楽観的で好戦的な性格の弟を危なっかしく思った事は一度や二度で済まない。

 溜め息を()きたくなる兄の様子を見て、利政は補足する。

「オレも戦になる事を欲している訳ではありませんよ? ただ、外から眺めていて父上と内府様の(せめ)ぎ合いは面白そうだな、と」

 そりゃ当事者じゃないから面白く見えるだろうな!? と言ってやりたい衝動をグッと(こら)える利長。その反応を受け利政も失言だったと気付き首を(すく)める。

 老いの進行が著しい父は、豊臣家の為に文字通り“命を削って”家康と対峙している。幼君秀頼の後見人として威厳(あふ)れる公の姿と、枯れ木のように痩せ細った体で辛うじて魂を繋ぎ止めている(わたくし)の姿の双方を間近で見てきた利長は、言葉で言い表す事が難しいくらい複雑な心境だった。利長の見るところ、父の寿命はそう永くない。保って一年、過酷な状況が続けばもっと早まる。それを知りながらも父に(すが)る自分が居る。父が死ねばその後釜に座るのは自分だが、あの家康と真っ向から()り合うなんて正直無理だ。今の家康は例えるなら“(ぬえ)”、戦国乱世の荒波に揉まれ生き抜いてきた者達の中でも別格だろう。

「……兄上? 如何(いかが)されましたか?」

 急に黙り込んだ兄を心配し、声を掛けてくる利政。血気(けっき)(はや)る事の多い利政だが、相手の気持ちを(おもんぱか)る優しい一面も(あわ)せ持つ。

 余計な気を遣わせてしまった事を反省した利長は、表情を引き締め直してから応える。

「大丈夫だ。……大丈夫だ」

 父の背負っているものと比べれば、自分など些末なものだ。利長は自分にそう言い聞かせる。同じ言葉を繰り返したのもそうした意味合いが含まれていた。

「気を遣わせて済まなかったな、孫四郎」

 感謝の気持ちを口にした利長に、利政は微笑みを返した。雰囲気が和んだところで、利政が問い掛ける。

「兄上」

「何だ?」

「本当に、戦となるのでしょうか?」

 先程と一転し、真剣な表情で利政は訊ねる。利政が元服する頃には天下統一を果たしており、初陣はまだである。楽しみにしている反面、不安もあるのだろう。

 その相反する気持ちを察した上で、利長は答える。

「……分からん。五分五分としか」

 言葉重たげに利長が答えると、利政は「そうですか……」と項垂うなだれる。利政の心境は理解出来るが、全く見通しが立たない以上は利長もはっきりと言えない。

 家康による『御掟』違反はまだ詮議途中で、どうするか現時点でまだ話題にすら挙がっていない。それでも大老や大名の間で兵を呼び寄せる動きが続出すれば、不測の事態が起きる可能性はある。父に同席し状況を把握している利長でさえどう転ぶか分からなかった。

「父上は、何と?」

「国許から三千の兵を急ぎ上坂させろ、と」

 利長の発言の意味を察した利政は息を呑む。まるで大坂と伏見で武力衝突を想定していると受け止められても仕方ない。他人事気分だった利政もようやく当事者である自覚が芽生え、利長も安堵する。(いな)、安堵していられない状況だが。

「孫四郎」

 改まった口調で呼び掛けた利長は、(おごそ)かに告げる。

「お主には上坂してくる兵の受け入れ準備を頼みたい。それと、在駐する兵を含め、あらゆる事態を想定した上でいつでも対応出来るよう待機させておいてくれ」

「分かりました」

 冒頭とは打って変わり、神妙な面持ちで応じる利政。本来なら利長の仕事だが父に同行する機会はこれから先ますます多くなるだろうから、家中の事は利政の手を借りる場面も必然的に増える。それに、父が亡くなれば利政は一門筆頭として当主の利長を支える立場になる。将来を考え利政に仕事を経験させ、覚えてもらう必要があった。

 話し合いを終えた利長は、利政に下がるよう促し、退室させた。自分も父を支える為に休まねばならないが、その前に小姓を呼んで或る人物に明日来てもらいたい旨を伝え、ようやく寝室へ向かった。


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