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二 : 外の鵺、内の不和-(4)潔白の証

 大膳は夜に日を継ぎ、馬を走らせた。ひたすら(むち)を打ち、脚色(あしいろ)が衰えれば次の宿場で一番の駿馬(しゅんめ)に乗り換える。御家の未来が懸かっているので金に糸目は付けず、自らは飲食する時間も勿体無いと(ろく)に休憩を取らず先を急いだ。幾頭の馬を乗り潰し、寿命を削った大膳は神業(かみわざ)的な速さで大坂に到着した。

 大坂城西ノ丸で家康と面会し、役目を果たした大膳は蜻蛉(とんぼ)返りで来た時と同じように昼夜兼行で金沢を目指した。

 金沢城へ帰ってきた大膳は目が落ち(くぼ)み、頬は()け、着衣は風雨や汗で()り切れ、(まげ)も大いに乱れていた。全身汚れや砂埃に(まみ)れ、異臭を放ち、到底人前に出られない姿で現れた大膳を、出発前は懐疑的な視線を送ったり否定的な見方をしていた面々も批難する者は居なかった。

「ご苦労だった」

 利長から労いの言葉を掛けられた大膳は返事をしようとするも、()き込んで声が出なかった。急いで水を持って来るよう利長が命じ、反射的に小姓が走る。

 溢れんばかりに水の入った大き目の茶碗が差し出された大膳は、一気に飲み干す。一心地ついた大膳はプハァと息を吐くと、「あ、あ」と自らの喉から声が出るのを確認する。

 話せると判断した大膳は、大坂での遣り取りについて語り始めた。


 如何(いか)に急いで来たか印象付ける為に旅塵(りょじん)を落とさず大坂城西ノ丸へ入った大膳だが、対面の場に足を踏み入れた瞬間に“しくじった”と思った。聴取の席ながら高座に座る家康を始め、右腕の井伊直政や謀臣・本多正信が一段下がった所に控え、徳川家の家臣が大膳を威圧するようにズラリと両側に並んでいた。これでは弁明ではなく尋問だ。家康から遥か下手(しもて)に座らされた大膳は薄汚れた恰好をしているのも罪人らしさを強調させられ、嵌められたと悔やんだ。

 しかし、今更身形を整える事は出来ない。大膳は開き直り、前田家を代表する者として胸を()らして臨む肚を固めた。

「先日、我が殿が重陽の節句に際し大坂へ赴いたのを狙い、亡き者にせんとする計画があった。吟味した末、加賀中納言殿が黒幕として浮上した。この嫌疑、どう申し開き致す?」

 淡々とした口調ながら言い逃れは許さないと迫る直政。それに対し、大膳は一言。

「事実無根であります」

 真っ向から否定する大膳はさらに続ける。

「そもそも、襲撃の話は流言飛語(りゅうげんひご)の域を出ず、これを(もと)に詮議が行われるのは(はなは)遺憾(いかん)。我等が主は豊臣家へ忠義を尽くす事を第一にしており、その大黒柱であらせられる内府様を(しい)するなど有り得ませぬ。()って、無実であります」

「しかし、浅野“弾正(だんじょうの)少弼(しょうひつ)”(長吉の通称)殿は責任を取られましたぞ」

 直政の追及にも大膳は動じない。

「私共が聞くところでは、弾正少弼様は自らの非を認めたのではなく、内府様から疑念を抱かれた事へ潔白を表す為の行動とか。また、他の二名も一方的な沙汰を受け容れましたが、襲撃の計画があったと自白した者はりません。先にも述べました通り、流言飛語の類に過ぎず、それを根拠に咎められるのは甚だ遺憾にございます」

 堂々と反論する大膳へ、正信が口を挟む。

「加賀中納言様にその気が無くとも、主の考えを(おもんぱか)り家臣達が内密に動かれた可能性もあるのでは?」

 別の切り口から攻め崩そうとする正信に、大膳は狼狽(ろうばい)せず言い返す。

「これはしたり。本多“佐渡守(正信の通称)”殿は家臣を疑われますが、徳川家中には内府様の気持ちを先読みされて主君に内緒で動く者が()りましょうか。()る筈がございますまい。大殿以来、殿に忠義を尽くす者が暴走するなど有り得ません。尤も、我が主は内府様を弑する気など全く抱いておりませんが」

 はきはきと反論する大膳。

 大膳が今回の聴取で意識している事は三つ。一つ、相手を挑発したり怒りを招くような発言をしない。二つ、相手に“その気があった”と受け取られる表現や語句を慎む。三つ、どんな状況でも堂々とする。敵地同然ながら不用意に刺激しては心象を悪くする。家康達はこちらの自滅を手薬煉(てぐすね)引いて待ち構えており、誤解を招いたり前後で違う事を言ったりすれば揚げ足を取りに来るので充分に気を付けていた。前田家に後ろめたい事など存在せず、オドオドしたり慌てたりすれば“何か隠している”と解釈される恐れがある。以上の点を頭に入れながら大膳は潔白を主張した。

 あの手この手で大膳から“前田家に害意があった”と引き出すべく質問を重ねる直政と正信。それに対し多少の差異はあれどほぼ同じ内容の回答を続け、付け入る隙を与えない大膳。粘り強く二人は質問を重ねるも、大膳の四角四面(しかくしめん)の返答に攻め手を欠きつつあった。

 高座で成り行きを見つめていた家康は、困り顔の直政にうんざりしている正信の姿を見て、ようやく重い口を(ひら)いた。

貴家(きか)が襲撃に加担してないのは、分かった」

 家康が事実上の白旗を揚げた事で大膳は潔白を勝ち取ったと確信し、役目を果たしホッと胸を撫で下ろした。真正面から糺す切れ者の直政・変化をつけながら襤褸(ぼろ)を出すのを虎視眈々と待つ正信の両名をもってしても大膳を突き崩せなかった。家康の目から見て、これ以上詮議を続けても無駄だと根負けした形だ。

 しかし、その直後に家康の口から衝撃的な発言が飛び出す。

「本当に青天白日(せいてんはくじつ)ならば、(あかし)を立ててもらおうか。そうだな……芳春院殿を差し出して頂こう」

 安堵から一転、大膳は無理難題を突き付けられ絶句した。

 何とか追及を(かわ)したと思いきや、今度は証左を示せという。それもあろう事か、利家の妻で家中から“御母堂(ごぼどう)様”と(した)われている芳春院を家康は要求してきた。利家を影から支え時に叱咤し前田家を大大名に押し上げた功績から、今でも芳春院は象徴的位置付けとして君臨していた。戦を回避し乗り切った大膳だが、新たな難問に頭を抱えたくなった。

 もしや、家康は尋問が不調に終わった場合も織り込み、次の矢を用意していたのか。その狡猾(こうかつ)さや老獪(ろうかい)さに敵ながら舌を巻く思いだ。

「……家士(かし)の身です(ゆえ)、今この場でお答えするのは差し控えさせて頂きます。一度家中へ持ち帰り、後日改めてご回答致しまする」

 事の重大性を認識していた大膳が精一杯の応対をすると、家康も即答は難しいと承知しており「よかろう」と認めた。

 対面の場から辞していく大膳の足は鉛のように重かった。それでも役目がある以上、大急ぎで来た道を引き返した――。


 大膳の口から語られた経緯に、沈黙する一同。どんよりとした空気が支配する中、ドンと畳を拳で叩く音が響く。

「おのれ内府()!! 濡れ衣を着せたかと思えば『人質を出せ』とは一体何様の心算か!?」

 憤りを見せたのは、但馬守。腹に据えかねた者が大部分を占め、眉間に(しわ)を寄せたり仏頂面(ぶっちょうづら)を浮かべたりして不満を露わにしている。

 怒りの収まらない但馬守はさらに()える。

「それだけに飽き足らず、御母堂様を人質に出せとは厚かましいにも程がある!! こんな巫山戯(ふざけ)た条件、呑める筈がなかろう!!」

 口角(こうかく)泡を飛ばして猛然と批判する但馬守に連龍や利政も「そうだそうだ!」と賛同の声を上げる。片や、前回は慎重姿勢だった一孝や長徳も黙り込んだままである。

「大体、こんな屈辱的な条件を持ち帰る奴も奴だ! 御母堂様の存在を何と心得ているのか!」

 非難の矛先は、交渉役を務めた大膳にも向く。荒子以来の譜代を自認する但馬守は利長付の家臣だった大膳の登用を快く思っていない節がある。但馬守の行き過ぎた言動を諫めたり庇ったりしない点では、利家に仕えていた者達も不満を抱いている事が透けて見える。

 大膳も自らが置かれた状況を痛感しており、悔しそうに唇を噛む。反論すれば家中の不和に繋がると考え、隠忍(いんにん)自重していた。

「止めんか、但馬。弁明役に任じたのは私だ。お主は私の判断が間違っていたと言うのか?」

 腹臣が火達磨(ひだるま)になる事を危惧した利長が割って入り、但馬守も渋々引き下がる。

 前田家討伐の噂が金沢に届いた時点で、こういう展開になるとは誰も予想がつかなかった。その為、大膳の失態や責めを負うのは筋が違う。潔白を主張し戦を避ける非常に難しく責任重大な役目を遂行した事に利長は“よくやった!”と褒めてやりたかった。生き馬の目を抜く謀略戦は騙された方が悪いのだ。

 ぎくしゃくとした雰囲気が漂う中、それを振り払うように利長が告げる。

「ただ、皆の思いは尤もだ」

 思いがけない主君の言詞(げんし)に、家臣達も身を乗り出す。明らかに空気が変わるのを肌でヒシヒシと感じながら、利長は続ける。

「舐められたものだな。内府様もちょっと脅せば大人しく膝を屈すると思っただろうが、流石に我等も限度がある。ある程度の条件は甘受すれど、内府様は超えてはならぬ一線を越えてしまった。……右近よ」

「はい」

 傍らに控える右近へ呼び掛ける利長。

「私は戦も()む無しだと考える。どう思う?」

 意見を求められた右近は一呼吸挟んでから答える。

「……皆々様にとって耳の痛い話になりますが、宇喜多家や長岡家から色()い返事は頂いておりません。公儀も静観の構えで、助力は絶望的かと」

 有事に備え頼みとなるのは縁戚を結ぶ他の大名家だが、秀家は年初に起きた騒動から再建の真っ只中、忠興は利家の死後から家康に接近し始め、両家共に絶対的権力者である家康を敵に回してまで前田家へ味方する気は無いようだ。また、大名家同士の争いを止める立場にある豊臣家も大老筆頭ながら家臣である家康を制するだけの力を持っておらず、仲裁や討伐中止を命じる見込みは薄い。結果、前田家単独で対処する必要に迫られた。

 早々に悪い情報が伝えられ(へこ)む面々に「然れど」と前置きしてから右近は言葉を紡ぐ。

武士(もののふ)には譲れない誇りや魂がございます。それを易々と渡しては武士として死んだも同然。どうせ死ぬなら武士らしく戦の中で散るべきでしょう」

 冷静な語り口で右近は決戦を支持する。これを受け、家臣達は静寂を吹き飛ばすように雄叫びを挙げながら総立ちになる。

 右近から見ても芳春院を差し出す要求は許容し(がた)く、家康は利長や前田家家臣達の限界点を見誤ったと捉えていた。“御母堂様”と呼ばれ御家の精神的支柱である芳春院を家康に言われるがまま渡しては前田家の沽券(こけん)に関わる。客将扱いで一歩引いた立ち位置から物事を判断している右近が戦に肯定的な発言をした事で、一気に方向性が定まった。

 先程の不和は何処へやら、皆が一致結束し戦へ向けて気を(たかぶ)らせている。熱に浮かされたように利長は立ち上がる。

「皆の者!! 戦ぞ!!」

 利長の最終決定に「オォッ!」と野太い声が一斉に上がる。このまま軍議へ移ろうとした、その時――閉じられていた襖が突如(ひら)く。

 誰だ水を差すのは、と不満気に襖の方へ顔を向ける一同。しかし、そこに立つ人物を目にした途端に座り、平伏する。高座の上の利長もこの人物の登場は頭に入っていなかったのか、目を丸くしていた。

「母上……」

 現れたのは、母の芳春院。少し前までその処遇について議論を交わしていた当事者の登場に、誰もが驚いた事だろう。

「まったく……男共は何かある(たび)に『戦だ!』と(わめ)き立てる。安易に武力で解決するのは荒くれ者と同じですよ?」

 呆れたといった風に皮肉る芳春院の台詞(せりふ)に、弁解の余地も無いとばかりに家臣達は深く頭を垂れる。利家亡き今、下手をすれば利長より母の方が言葉に重みがありそうだ。

 それから利長の前まで進んだ母は目で座るよう促し、自らも腰を下ろす。

「いつから、どうやってお知りになられたのですか?」

「京の寧々様より文が届きました。それに、これだけ(やかま)しく騒いでおれば、奥にも筒抜けです」

 母の答えを聞き利長は納得する反面、内部機密が外へ丸聞こえだった事に猛省する。

 大坂城から退去した北政所だが、豊臣家内部に情報網や発言力を堅持していた。どこから入手したか分からないが家康と大膳の遣り取りを入手し、友である芳春院へ急ぎ伝えたのだ。大膳は陸路を突き進んだのに対し、北政所は琵琶湖を船で横断し敦賀から海路を使っていた。

「貴方なら分別がついているので自制が働くと思っていただけに、ガッカリしました」

 面と向かって母から失望したと告げられ、利長は肩を落とす。

 沈鬱な雰囲気が場を支配する中、芳春院は明瞭な声色で宣言した。

「お受けなさい」

 俯いていた利長も、平伏していた家臣達も、芳春院の発言に驚愕の表情で顔を上げる。仰天する一同に、芳春院は軽やかに言葉を継ぐ。

(わらわ)の身一つで御家が助かるなら、喜んで何処なりとも参ります。……それから」

 一旦言葉を区切った芳春院は利長の目を見つめながら平坦な声で告げる。

「もし御家が助かる為に徳川と対峙する事になったら、妾の命は捨てなさい。妾が出来る最後の奉公、覚悟は出来ております」

 真剣な眼差しで語る母に、利長は翻意させる事を諦めた。前田家を影から支えてきた母の決意を、誰も止められなかった。

 すると、横から割って入る声があった。

「御母堂様が参られるなら、(それがし)も同行致しましょう」

 人質になると申し出たのは、筆頭家老の長頼。予想外の提案に、利長も家臣達も驚く。

(まこと)か、又兵衛」

「はっ。大殿だけでなく御母堂様にも一方(ひとかた)ならぬ恩がございます。地獄の底であろうと、お供致す所存」

 質す芳春院に、長頼は殊勝な態度で応じた。

 利家が出仕停止処分を受け収入が途絶えた事から暇乞(いとまご)いを申し出る家臣も出る中、長頼は禄も貰わず仕え続けた。そして、家計が苦しくともまつは長頼に飯を食べさせた。苦しく辛かった時代を共に過ごしたからこそ、二人の絆はとても強かった。

 筆頭家老が抜けるのは正直痛手だが、相手の求める以上に人質を出す効果や世代交代を促す観点から将来的に得となると利長は結論づけた。精神的支柱に家中の睨み役を同時に失うのは前田家全体の力を削がれたが、宇喜多家のように御家が傾く程ではなかった。利長の手腕次第で立て直しが出来る分だけありがたいと割り切るしかなかった。

 一時は決戦へ傾きかけた流れは、母の一言で全てが引っ繰り返った。世間では“軟弱”だの“腰抜け”だの批難されようとも、利長は甘んじて受ける覚悟を決めた。全ては御家の為、そして御家の為に身を(ささ)げてくれた母と長頼の為、胸を張ろうと固く誓った。

 その後、大膳は大坂へ赴き、家康へ要求を受け容れる旨を回答。本来なら直ちに人質を送るべきだが、芳春院の身分や冬が近付いている事が考慮され実行は持ち越しとされた。翌年五月、芳春院と長頼・重臣の子息二人は一旦大坂へ送られた後、十七日(二十日の説あり)に家康の居城がある江戸へ移され、六月六日に江戸へ到着した。従来は“家康が豊臣家に差し出された人質を勝手に移送した”と解釈されてきたが、奉行による芳春院達の移送に関する手続きを示す史料が発見されたことから、公儀公認の動きとの見方が一般的になっている。

 ただ、形はどうであれ利長が家康に屈したのは(まぎ)れもない事実だ。大老の一人である利長を臣従させた家康は、その影響力をますます高めることとなる。


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