1-6
翌日太輔は一睡もできないまま出勤する。
「ねえ昨日のメルシー見た!?」
「見た見た! すっごく可愛かったよね!」
電車を待っている間にも、聞きたくない会話が耳に入ってくる。
世界は相変わらずメルシーを褒めそやす人で溢れている。
太輔はイヤホンで耳を塞ぐ。
だが新聞の一面、スマホのニュースサイト、車内のモニターに流れる映像、どこを見てもメルシー一色で、問答無用で情報が飛び込んでくる。
昨日まで自分もその中にいたなんて信じられなかった。
そりゃあ多少は心を痛めていたが、ここまで違和感を感じることはない。一夜にして見える世界が180度変わる。
疑心暗鬼。
世界中が悪意に満ちているような錯覚をおぼえる。
カヨ子の犠牲の上にあぐらをかく巨大な悪の存在を疑う。
彼らはカヨ子の善意に漬け込んで利用している。
無自覚にというのがなおのこと悪い。
ともすればディスランダーよりもよっぽど悪質だ。
「……」
スーパーに着いた太輔は小学校に連絡してカヨ子の安否を確認する。
「そうですか。来てますか。いえちょっと家で色々ありまして。はい。よろしくお願いします……」
一応登校しているらしい。
だが本物のカヨ子がどこで何をやってるかなんて誰にもわからない。昨日思い知らされたばかりだ。
魔法の力で偽装し放題だ。
「……はあ、やっぱりメルシーは天使だなぁ」
太輔の心労などつゆ知らず、関内くんは相変わらずメルシーの動画を見ながらうっとりしている。
太輔の注意する声にもつい怒りがこもる。
「関内!」
「はい! 仕事します!」
目の下にクマ、鬼気迫る表情で太輔は品出しをする。
関内くんを含めたバイトたちは、遠巻きに眺めてヒソヒソと噂話をする。
「店長、機嫌が悪いを通り越して、殺し屋みたいだな」
「メルシーの動画を見せたらきっと元気になりますよ!」
「いや逆効果だろ……」
太輔は一人祈る。
この一年、怪人はほぼ毎日現れた。今日ぐらい侵略活動を休んだってバチはあたらないだろう。
というか頼むから休んでくれ。
しかし太輔の祈りは無常にも届かない。
……その日の夕方。
これから一番客が増えるというタミングでピコンと、関内くんのスマホに『怪人警報』の通知が届く。
ディスランダー襲来以降、唯一国が行った怪人対策で、怪人の出現場所をメッセージアプリで教えてくれる。
だが現状警報というよりメルシーを一目見ようとするオタクや各種メディアを集める号令のようになってしまっている。
完全に逆効果だ。
「……あ、怪人」
と呟いた関内くんの声を太輔の地獄耳は聞き逃さなかった。
店の端からツカツカと歩いて来ると、恫喝する勢いで詰め寄る。
「……どこだ」
「え?」
「どこに怪人が出たんだ!?」
「こ、これ。ここです」
「……」
太輔はスマホに表示された地図を確認すると、そのまま店から飛び出す。
つづけて配達用の三輪バイクに乗り込み、フルスロットルで飛び出して行く。
「店長!?」
と静止する関内くんを振り切って太輔は言う。
「人類の希望は俺の絶望だ!!」
ブロロロロ…と走り去るバイクを見つめながら関内くんは呟く。
「……ぼくのスマホ」
呆然と立ち尽くす。