1-4
「おかえりなさい」
帰宅した太輔をカヨ子は出迎える。
何百回、何千回と繰り返してきた日常だが、太輔は強烈な違和感を覚える。
「いただきます」
「……」
ダイニングテーブルで向かい合って二人は夕食を食べる。
仕事柄一緒に食卓を囲む機会は貴重だ。思春期に差し掛かった娘と父の大切なコミュニケーションの場でもある。学校のことを尋ねても「別に」とあしらわれることも少なくないが、太輔にとっては週に一度の楽しみだった。
だが今日は気が重い。
「……」
このまま見て見ぬフリをすることもできると太輔は思う。
変わらない日常を望むのであればそれが最良のような気がした。
事実メルシーが現れてからおよそ一年、何の問題もなかったのだから、きっとこれからだって……。
だが茶番に終わらせようとした太輔の視界の端に、妻の遺影がうつる。
きっと彼女は見て見ぬふりなんて許さない。
「……?」
太輔の異変に気づいたカヨ子は眉をひそめる。
父は箸を持ったまま俯いて動かない。
「お父さん? 食べたくないの?」
「……カレイド・メルシー」
「メルシー?」
カヨ子は首を傾げる。
「ああ、なんか今日も活躍してたみたいだね。わたしはよく知らないけど」
「……」
「それがどうしたの?」
太輔の呟きにカヨ子はこれといった反応を示さない。平然と夕飯を食べ続けている……ように見える。
しかし箸を逆さに持ち、味噌汁にドレッシングを入れて、刺身にソースをかけている辺り、動揺していることは明らかだった。
隠し事はできても嘘が下手なのはカヨ子らしい。
「メルシーの正体はカヨ子だったのか?」
「はあ? 何言ってんの?」
「お父さんに隠し事をするなとは言わない。カヨ子にだって言いたくないことぐらいあるだろう」
「早くご飯食べちゃってよ。片付かないから」
「でもこれだけは正直に話して欲しい」
「わたしにだって宿題とかやることがいっぱいあるんだから……」
「……頼む」
「だから! 何のことか分からないって言ってるでしょ!?」
バンとカヨ子は勢いよく立ち上がる。こんな風に焦って声を荒げる娘を見るのは初めてだった。
「……」
ふと太輔はテーブルの上のぬいぐるみに気づく。
ティッシュボックスや小物入れの影に、まるで身を隠すかのように置いてある。
リスのようなフェレットのようなフォルムで、背中に小さな羽と額には宝石が埋め込まれている。
よくよく見れば気色悪い。
ランドセルにぶら下がっていたはずのキーホルダーが何故こんな所に?
違う。コイツは喋るし動くのだ。
太輔はガッとぬいぐるみを鷲掴みにして尋ねる。
「……お前か?」
「お父さん!?」
「お前がカヨ子を誑かしたんだな?」
「……」
この後に及んでまだ白を切るつもりなのか、ぬいぐるみは何も言わない。
「やめてお父さん! それはその、友達から貰ったやつだから!」
「答えない、か。だったらこっちにも考えがある……」
そのまま太輔はキッチンのコンロの前までぬいぐるみを持って行く。
そして「チチチチ……ボッ」と、つまみを回してメラメラと燃え盛る炎の上へぬいぐるみを吊るす。
「ほお。今時のオモチャは汗を流すんだな」
「やめてッ! マハロが丸焼きになっちゃう!」
「マハロっていうのか。おれはカヨ子の父親太輔だ」
ジュワッと、滴り落ちた汗が一瞬で蒸発する。
「丸焼きか干物か、さあどうする?」
「……」
「……言え。言え。言えッ!」
「やめてッ!!」
直後、太輔は宙を舞う。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
浮き上がった体の周りをキラキラした粒子が飛んでいる。
そのまま太輔は床に叩きつけられる……寸前で体が急停止。
ふわっと床に着地する。
「……」
自分の襟首と袖を掴むカヨ子を見て、ようやく太輔は背負い投げされたことを理解する。
ぬいぐるみもとい妖精・マハロはカヨ子に泣きつく。
「うわああああん! オイラの自慢のシルバーバックが! 焦げたあああ!」
カヨ子は言う。
「ごめんなさい。ちゃんと話すから……」
太輔は驚き固まることしかできない。