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およそ一年前。
世界を激変させるほどの大事件に人類は見舞われ、救われた。しかしディスランダーの猛攻は止まらない。毎日のように恐ろしい怪人が攻めて来て街を破壊する。
結果人類の日常は……それほど変わらなかった。
ディスランダーが攻めて来る度にどこからともなくメルシーが現れて怪人を倒す。
人類は質の高い特撮ヒーローでも眺めるかのように声援を送るだけで勝手に救われる。
太輔のように日常の一部と化したもの、関内くんのようにエンタメとして楽しんでいるもの、反応は様々だがもはや危機感を持って戦いを見守るものは誰もいなかった。
※ ※ ※
太輔と関内くんは並んで品出しをする。
目を離すとサボるなら一緒に作業するしかない。
関内くんは不満そうに口を尖らせながら言う。
「店長はメルシーにもっと感謝するべきです!」
「してるよ。俺たちの日常は彼女によって守られている」
「……本当ですか? どうも店長とは温度差を感じるんだよな」
「それは君がメルシーオタクだからだろ……」
太輔は品出し中の玉ねぎを見下ろして言う。
「……おれたちの力じゃこの玉ねぎ一つ守れないもんな」
「そうですよ! メルシーがいなかったら農家さんは安心して野菜を作れないんです! 輸送用トラックが襲撃された時も怪人を倒してくれたのはメルシーです!」
「……」
「この店が営業出来るのも、お客さんが商品を買えるのもメルシーのおかげです! 最早我々の日常は彼女無くして成立しない!店長の給料もメルシーが守ってくれてるようなもんですよ!」
「それはそうだけど……。何できみが偉そうなんだよ」
興奮する関内くんに対して太輔の表情はどこか浮かない。ふうとため息をもらす。
「だがなメルシーは年端もいかない女の子だぞ?」
「……」
「人の命を背負わせるにはあまりにも酷じゃないか?」
今や世界は少女の犠牲の上に成り立っている。
人々が過度にメルシーに感謝をするのは、後ろめたさの裏返しじゃないかと太輔は思う。
かといって手伝える事は何もない。
自分にできることは精々スーパーの店長を頑張るぐらいだ。
関内くんは言う。
「店長はカヨ子ちゃんと重ねてるんですよ」
「……」
「でもメルシーなら大丈夫! 全戦全勝! 死傷者ゼロなんですから! 怪人を倒すなんて赤子の手を捻るようなもんですよ!」
「そうかなぁ……」
店の入口、自動ドアが開く。
ランドセルを揺らしながら一人の少女が走って来る。
「お父さん!」
「……カヨ子?」
有賀カヨ子(11)太輔の娘だった。
カヨ子は太輔の元に来ると、おもむろにランドセルからプリントを取り出す。
「これ三者面談のプリント! 早い方が良いと思って!」
「あ、ああ……」
「絶対にシフトと被らせないでよ!? 先生に迷惑かけちゃうんだから」
「わ、分かった。気をつけるよ……」
「じゃあ私夕飯の食材買って帰るから! 何かリクエストはある!?」
「いや任せるよ……」
「もう、それが一番困るんだけど……。関内さん!」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて関内くんはビクッと背筋を伸ばす。
ペコっと頭を下げてカヨ子は言う。
「お仕事頑張ってください。あと父をよろしくお願いします」
「……」
歩いて行くカヨ子の背中を見つめながら、関内くんはため息をもらす。
「……店長って、もしかして子育て上手?」
「別に特別な教育はしていない」
「……」
「できすぎた娘だよ」
カヨ子は慣れた手つきで次々と食材をカゴに入れていく。
カヨ子のランドセルでは、犬なのか猫なのか奇妙なぬいぐるみが揺れていた。