プロローグ
気温21度。湿度51%。天気は晴れ。
麗らかな小春日和に行き交う人々もどこか気怠げだった。
そんな平和な日に、突然フッと超大型宇宙船が飛来する。
雲一つない快晴に不気味なくらい無音で浮かぶ。
あまりの静けさに人々は気付かないで、いつも通りの日常を過ごしているぐらいだった。
「人類諸君。初めま死ネ」
宇宙船から聞こえる声にようやく人々は空を見上げる。地面に落ちる巨大な影が雲ではないことに気づく。
声の主は女性。
朗々と響く威厳に満ちた声で三流SFみたいな宣言をする。
「我らは侵略国家『ディスランダー』! 低脳な貴様らでもわかるように言うと、宇宙で一番エラいのだッ! 今日から地球はディスランダーが支配する!」
響き渡る高笑いは緊張感に欠ける。
見上げる人々も同じで、あまりにも現実離れした光景に呑気な様子だった。
「……すごーい。プロジェクションマッピング?」
「初めま、シネ?」
「……噛んだ?」
とあっちこっちでクスクスと笑い声が上がる。
「……」
そのリアクションは彼女が欲しいものと違ったのだろう。
ダン! と台パンがマイク越しに聞こえる。
「噛んでない! 翻訳機の調子がおかしいだけ!」
直後宇宙船下方の砲台からレーザーが発射されてサクッと山を削る。
人々の間に緊張が走る。
あまりにも気が短くて暴力的。
癇癪を起こして山を吹き飛ばす。
流石にそんな独裁者は人類史にはいない。
「良いか人間ども! 今日からこの星は余のものだ! 名誉ある死か奴隷として生き延びるか選ぶが良い!」
砲台が音と光を放ちながらエネルギーの充填を始める。
次は威嚇では済まない。
恐怖に人々は逃げ惑うが、当然逃げられる場所はどこにもない。
「ハッハーッ遅いわ! 死ネエエエエええええッ!!!」
ようやく人類は理解する。
彼女は最初から殺すつもりだ。
轟音と共に極太のレーザーが放たれる。
光の速度で地表に到達し人類を焼き払う……はずだった。
だがいつまで経ってもその時は訪れない。
「諦めないで!」
一人の少女が人々の前に立ちはだかる。
袖の膨らんだフリフリのドレスを着た少女が、ピンクの長髪をなびかせながら手に持ったステッキでレーザーを受け止めている。
宇宙人の次は魔法少女……?
人類は呆然とすることしかできない。
一瞬華奢な少女の腕が、何倍にも膨れあがったように見える。
彼女は手に持ったステッキを思いっきり振り抜く。
カキーン! と胸のすくような快音と共にレーザーが翻る。
「一本足打法……」
と目撃者は呟くが、彼女が何をやったか定かではない。
とにかく打ち返したレーザーは宇宙船を直撃する。
「何だッ!? 何が!? ぎゃああああああ!」
ボカーン! と大爆発とともに音声は途切れる。侵略者を乗せた宇宙船は右に左に蛇行しながら逃げていく。
……なにがなんだか、わからない。
ものの数十分の間に色々なことが起こって、終わった。
当事者なのに人々は何も理解できない。
一方少女はクルクルとステッキを振り回す。
するとキラキラ光る粒子が辺りを包み込み、山が元に戻り転んだ人々の傷が癒える。
魔法としか思えない光景に人々は尋ねる。
「あなたは一体……」
少女は決めポーズとともに答える。
「遍く命に感謝を込めて……。カレイド・メルシーッ!」
ワッと上がる歓声。
メルシーはビクッと一瞬驚いた後、少し困ったように笑って手を振る。
「こんなポーズ初めてしちゃった……」
ようやく命を救われたことを理解した人々は「メルシー!」「メルシー!」と暴力的なまでの感謝を彼女にぶつける。
人々の感謝を一身に浴びながらメルシーは逃げるように空の彼方へ飛んでいく。
それでもメルシーコールはいつまでも鳴り止まない。
「……メルシー?」
だが一人このお祭り騒ぎに飲み込まれない男がいた。
有賀太輔(41)だけは得体の知れない不安に素直に喜ぶことができなかった。