天王寺春と仲間たち
はあーー。
最悪だ。
今から、夜勤なのに……。
「水かかったなーー。みんな大丈夫?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
「俺も平気」
「私も大丈夫だよ」
「なら、よかった」
「戻ってタオルで体ふこう」
「だなーー。あれ?水止まった?」
「変な音もしないよ」
「えっ?本当?」
近づくと確かに音も水も止まっている。
あれ?何か変だな。
駐車場の隅に来ているのに……。
何故かお客さんの車が一台も見当たらない。
「あれ。今日って、華金だよな」
「そうだけど」
「さっきまで20室、満室だったはずだよな?」
「そうだよ」
「おかしいなぁーー。何で、車が一台もないんだろう?」
「えっ、あるだろ」
駐車場を見たみんなは固まっている。
だって、どこからどうみてもお客さんの車がひとつもないからだ。
「みんな帰った?」
「そうだよな」
「中に入ってみよ」
「うん」
ホテルの中に入る。
フロントの後ろにスタッフの休憩スペース、その奥に洗濯場とスタッフの更衣室が併設されている。
別に変わったところはない。
「いや、満室のままだぞ」
秋人の言葉に俺達は、「じゃあ、何で?」と疑問を持った。
けれど、朝までお客さんは帰ることがないので車をどうしたかなど確かめようがない。
変に電話をかけて、もしも最中だったらと考えるとゾッとする。
「モーニング渡す時にわかるんじゃないか?」
「そうだな」
「はい、タオル」
「ありがとう」
「じゃあ、私たちは拭いたら帰るね」
「うん、気をつけて」
馬込さんと奈良崎さんは、いつも0時15分の電車に乗って帰る。
2人はタオルで濡れた髪や服を拭いてから出て行く。
さあ、夜食だ。
2人が帰ってすぐに俺と御影は夜食を食べるのがお決まりだ。
「お疲れさま」
「お疲れ」
防犯カメラに馬込さんと奈良崎さんが帰って行くのが映っている。
ーーピロロロン
という音と共に二人は消えた。
消えたというより、防犯カメラに映らなくなったってだけだ。
「今日の夜食は、何だろなーー。うわーー、最悪だわ」
「どうした?」
「いやーー、弁当持ってきてたつもりが家に忘れたわ」
「冷蔵庫にしまったんじゃないのか?」
「しまったと思ってたんだけどさ、なくて」
「天王寺は、昔からおっちょこちょいだなーー。仕方ないから、俺のストックラーメンわけてやるよ」
「えぇ、どうせ辛いんじゃないの?」
「辛くないのもストックしてるんだ」
「なら、それわけてくれよ」
「はいはい」
何も知らない俺達は、何も気にせず笑っていた。
「お湯沸かすよ」
「よろしく」
蛇口を捻って3秒してから、水を触ると……何だ?
ネバネバとした液体が出てきた。
ーーうん?
もう一度触ると、いつも通りのさらっとした水だった。
何だったんだ?気のせいか?
不思議に思いながら、俺はヤカンに水を入れる。
そういえば来月には、スタッフルームに電気ケトルをオーナーが持ってきてくれるって約束になっていた。
電気ケトルの方が、ガスコンロで沸かすよりも便利だ。
ガスコンロはお湯が沸くまで、その場から離れられないから困る。
ヤカンに入れた水を火にかけようとした時だった。
【ダメダメダメ】
「えっ?」
「何?」
俺と御影は、どこから聞こえているのかわからない声に困惑しながら見つめ合う。