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「伯爵様、いつもララがお世話になっておりまして。
何やら緊急にララの事でお話があるとか?」
フェンダー男爵は何かいい話が聞けるのかも?とでも思っているのだろう、終始にやにやと笑っている。
男爵はララが学園で高位貴族と仲良くなり、あわよくば縁をつなぎたいと思っていたのだ。
(なんといってもうちのララはあんなに可愛いからな。
学園でもひときわ目を引いてしまうだろう。
どんな貴族がララに打診してきたのか、フヒヒ、楽しみだな。
高位貴族と縁が繋げたら、こんなしょぼくれた伯爵なんぞにペコペコしなくてもよくなるわい)
そんなことを心の中で呟いていると、目の前の伯爵は はぁ~ っと深いため息を吐いた。
「なぜ男爵がそんなにニヤついておるのか、もしかしてなんのためにここに呼ばれたのか情報を収集もしてこなかったのか・・・。
親子そろって貴族は情報が命だということが分かっておらんのだな。
まあ、これをもってわが伯爵家は貴家との今後一切の交流を切ることとする。
娘を連れてこの屋敷から早々にお引き取り願おう」
「はあ?突然に何事ですか?どういうことなんですか?」
「こちらをご覧ください」
立ち上がって伯爵に詰め寄ろうとする男爵の肩をそっと押し戻し、椅子に押し戻された男爵に伯爵家の執事が書類を手渡した。
「それからこちらも」
そういって一通の封書を渡した。
「こ、この封書は・・・まさか王家?」
「まずは書類を確認するがいい。
貴殿の娘がしでかした事を書いてある」
男爵が書類に目を落とし読み進めていくうちに、書類を持つ手がぶるぶると震え始めた。
「な、なんだこれは・・・ララが、あの子が?
いや、でも、まさか・・・」
そのあと封書を開けようとするのだが手が震えすぎてうまくペーパーナイフが握れない。
何度も何度も落とす始末。
見かねた伯爵の合図で執事が男爵に確認をとってから封書をあけた。
王家からの封書には王家に対する賠償金の支払い命令が書かれていた。
王子自らの意思だったとはいえ、勝手に王族を街へ連れ出したこと、
それによって王子が跡取り候補から外れることによる損害、
王子が街へ行ったことで衛生対策のスケジュール変更にかかった損害、
王族担当の護衛団長の減俸、侍従たちの再教育と彼らの減俸、侍従長の左遷による王宮内での人事の変更にかかった費用などの請求だという。
「そ、そんな、王子様が勝手にしたことじゃないか・・・」
「そうだな」
「たかが一男爵にこんな額払えるはずがないじゃないか・・・」
「そうだな」
「伯爵さま・・・」
「ま、王家も本当にすべて請求するわけではないらしい。
これだけの迷惑が掛かっているのだということを周知させるために算出したということだ」
「では」
「貴族位の返上でこれらの賠償金は支払われたとみなしてくださるそうだ」
「貴族位の返上・・・、それでは私らは単なる平民ということに?」
「そうだな、今後貴族社会に出てきてまた引っかきまわされたくないというのが本音だろう。
どうする?賠償金を支払ってでも貴族社会にのこるか?
まあ、付き合ってくれる貴族はおらんだろうがな」
伯爵にそう言われ、男爵は手に封書を握ったまま項垂れた。
男爵が貴族位を返上する申請をしたのはその日のうちだったという。
受け付けはすぐに受理され、男爵は嫌がるララを連れて自宅へと帰って行った。
「我が家も首の皮一枚ってところだったな」
「ええ、学園に入学前にこちらが家庭教師をつけたり編入に切り替えたりしていたことが考慮されたみたいですわね」
「わしは早めに隠居することにするよ」
「そうですね、遺恨は次代に残さないように早い方がいいですわ」
伯爵夫妻はそういって隠居の手続きをはじめたという。