コイ、バナ。
『ベタ恋2010春』というキーワードで検索されると、他の参加者様の素晴らしい作品が読めます。
それでは、是非様々なべた恋を楽しんで行って下さい。
――僕は、今。とんでもないものを目にしているんだろうか?
放課後。
蜘蛛の子を散らしたように、一気に人の気配がなくなった昇降口。誰の姿もない靴箱の前には、ただただ穏やかな春の陽射しだけ。
でも僕の頭の中は、全く穏やかじゃない。
僕はそこに、一人立ち尽くしていた。
動けない。一ミリたりとも。
むしろ震えすら出てるんじゃないか?
『……な、な、な、なぁんだコレぇっ!?』
なんて、叫びそうになるのをどうにか飲み下す。少なくとも心の中は大絶叫だ。
僕の手に乗っているものは、それだけの衝撃を持っている。
『 今日、屋上へ来て。
話したいことがある 』
――下駄箱の中に、白い封筒。
――封筒の中に、そんな内容の手紙。
ってこれは、世に言う『ラブレター』ってやつ、じゃないのか?
~・~・~
こんな、武骨な内容の手紙。
柄に一ミクロンとも合いやしない丸文字。
こんな文を書くやつが一人、身に覚えがある。そりゃもう嫌になるくらいに、知り尽くしている。
でも、だからこそ驚いた。
アイツが?
いや、信じられやしない。
新手の果たし状とでも考えた方がいいかな? あの性格からして。
気になる気になる、を繰り返す内に僕は、いつの間にか階段を上がっていた。
「よ、有島! どうしたんだ? そっち屋上だぜ」
「う、うるせーって」
顔、真っ赤だぞー、とニヤつかれて顔を隠す。我ながら女子みたいな素振りだな、と頭の片隅で呆れてもみるけれどそんなこと今は構っていられるか。
階段を一段、登るその度に足音が大きくなる気がした。いや、足音、だけじゃない。それは僕自身がよく分かってる。
無視して、登り詰める。で、足だけが速くなる。
『……もう着いた』
目の前には階段の終着点、屋上のドアがある。呆気ない。
ここの向こうに、アイツがいる。学校でも変わり者で知られたアイツが。会いに行くのだって若干ためらわれるのに、呼び出されるのは……致死量に近い気まずさがある。
手元の手紙を見て、僕は一つ深呼吸をする。どうせ、いつも通りの接し方をすればいい。今までもそうやって来たんだから、ここまで緊張する必要は普通はないはずだ。普通なら。
もう破れかぶれだ。鉄のドアを一気に開く。
埃っぽいにおいが入って来た風に一蹴される。僕は目を細めた。
――そこには、確かにいる。
眩しい春の青空の下に、仁王立ちする小柄なブレザー姿。ショートカットと言い張って聞かないおかっぱが、ハンチングの下で風に揺れる。
手紙の一番下に書き添えられた名前、正確にはイニシャルだったけど、それは――『M.K.』。
「遅いで! 何やってんのや」
鬼。少女の顔をした鬼。振り返ったコイツを表す言葉はこれしかない。
小宮山まつり。これが彼女のフルネームだ。僕の幼馴染みの。
~・~・~
「自分アホかっ! わざわざ手紙使て呼び出してやったのに、何で遅れるん? アホ! アホや! レデーに対する接し方もわきまえてないんかい!」
「……ハァ……とりあえず、まつりはレディと呼べる柄じゃない」
「な゛っ! この小宮山まつりさんのどこがレデーらしくないっちゅーねん!」
「……。とりあえず、全国の『レディ』さん方に謝って」
おまけに言うと、あの手紙に時間指定はなかったはずなんだけど。
「そんなそんな全国各地のレデーさんに謝って回る余裕なんぞないわ! それとも何や、それ用の資金と時間提供してくれるんか? ん?!」
『レディ』さん、だからね。指摘し出したらきりないけど。
『小宮山まつり』という女子を何と表現したらいいのか、正直形容に悩むどころか猛烈に頭が痛むけれども、強いて言うとすると傍若無人で自己主張の塊、暴走っぷりで有名な某高校某団の団長さんに関西地域の言葉とノリを叩き込んだらこうなる。いや間違いなくなる。
そして僕は哀れにも、そういうアレな幼馴染みの歯止め役兼サンドバック兼パシリをやって来させられた男子ってところでいい。いやこれがまた、一切誇張ではないところが悲しい。
「にしても……呼び出すだけでこんなの使うことは」
「な、何言うねん! コースケも一応男子やろ? いっくら女々しいやつやからて、そんなんもらったら嬉しいとちゃうん? オギャーと産まれてからこっち、ずっと恋人のこの字にすら縁ない生活しとったくせに」
軽く刺さるんだけど。その言葉は。幼馴染みもここまで来ると、自分の黒い歴史を知っている危険人物と化すものらしい。
「……悪かったね、オクテで」
「……あたしはな。そこの所親切にも気ィ使うてわざわざやな」
「でもただの呼び出し状なんだろ?」
気遣いは痛み入る。でもこんな、ラブレターまがいを送り付けて来るのは全国津々浦々でまつりだけだと思うんだけどな。四月馬鹿のトラップぐらいには丁度いいかもしれないけど。それから『女々しい』は余計だ。
僕がため息まじりに問いただすと、
「……ア、アホらし! そない言うんやったらこんなん出さなけりゃよかったわ! 苦労したんやで! それはその、便箋や封筒や! 内容もどんなん書けばコースケの鼻の下伸ばせられるんかな~って凝ったつもりなんやで?」
逆ギレする。これがまつりクォリティ。
「上手く引っ掛かってくれるかなーて思たんやけど! そっか、仕方ないな、仕方ないわな、あたしダメダメやな……」
「え? 何か最後の方聞こえないよ」
「う、うっさい! 素直に引っ掛からないコースケが悪い! 以上!」
以上、って言われてもね。
まぁこんな風にツンケンするのもまつりの十八番だから、仕方ないって言えば仕方ない。途中一瞬落ち込んだ表情を見せたのは気になるけど、まつりにどやされるだけなら、僕は十分慣れている……つもりだ。普段は殴られて終わりになることもあれば、アカンベーして終わりになることだってある。今更だけど、中学にもなってんべーと舌出して応戦するのもどうかとも思うぞ、まつり。殴るっていう選択肢でも僕の頬骨がそろそろ限界だ。
いずれにせよやっぱり、これがラブレターじゃないということは確からしい。そう思うと少し惜しい気もする。少しは本当だったらよかったのにと心の中で呟いてみても、『話があるから来い』ってだけのぶっきらぼうじゃ話にはならない。惜しいんだよな、色々。
「何ボケーッとしとんねん! 本題行くで本題!」
「あぁ、うん」
僕は今までと変わらずに青息吐息と相成った。逆に、眉根を寄せてムスッとしているまつりの顔が、ほんのり赤くなってるように見えるのは不思議だけど。アレだろうか、剣幕張り過ぎて頭に血が上った、とか。
~・~・~
「……いいか、今からあたしが言うことは一切他言無用や。絶対喋んなよ」
依然としてまつりは機嫌が悪い。というよりおかしい。仁王立ちで腕組みしたまま、僕の方にトゲみたいな視線を飛ばして来る。
「どうして」
「どうしてって! それは、ホラ、その……人に聞かれると…………」
「聞こえない、んだけど」
「ハ、ハズカシイからや! んなん、察するんがコースケのつとめやろ」
そんな得にもならないつとめを任された覚えはない。
それにしても珍しい。まつりが顔赤くしてるなんて。仁王立ちと腕組みは一向に崩さない所どうしたって頑固さは曲がらないみたいだけど、顔は正直だ。常時トゲだらけなのを含めると、まるでトゲトゲのゆで蟹って感じになっている。
「……誰にも、言うんやないで?」
僕はこんな、尻すぼみになったまつりの声を聞いたことがない。いかんせん誰もが、学校一のじゃじゃ馬娘と言えばコイツでしょと評するぐらいだ。
そんなまつりが、だ。僕は空から何か降って来てないか確かめる。
「そこ! 見てくれへんと……困るやろ」
ゆで蟹からもはや剣幕のけの字も抜け切って、もはやゆでダコだ。
静かに、その手がかぶっていたハンチングにかかる。そういえば、まつりはいつも『ジャマやから』と言って帽子のたぐいを一切かぶらない。少なくとも幼稚園で赤白帽かぶってからずっとだから結構年期は入っているはず……なんて考えている間にまつりはハンチングを取って、渋い顔でこっちを睨んでいた。
何が、あったと思う? いや何もなかったんだ、つまりはハゲて……なんていうのは冗談。
言うなれば――大きめのドングリのような尖った円錐形の物体、それは芯から染まっているような鈍い真緑色で、触れればきっと堅そうな……要するに角、それがまつりの頭の上に、一つ乗っかっていた。ツノ。ツノ……ねぇ。
~・~・~
「……やっぱりさ、まつり」
「何がやっぱりなん」
「まつりって、正体鬼だった?」
ブチ。そんな音が聞こえた。
「だ、だ、誰が鬼やこのドアホーっ!!」
と同時に僕の横っ面に鉄拳が飛んで来る。アレか。僕は常にぶっ飛ばされて星になるのが運命なのか……。
「誰が! 誰が鬼や! コースケの分際で偉そうな口利くなぁーっ!」
どこが偉そうなんだろう。胸倉を掴んでまくし立てるまつりを見て、僕は思った。コイツはタコじゃなく赤鬼だ。
「どうせ赤鬼とか思てんのやろ! ちゃうからな? ちゃうからな! これはあたしが激怒しとる印やで!」
何で人の思考が読める。赤鬼じゃなくてエスパーなのか。
「で、でも実際にツ」
「せやからお前の目ェはいつまで経てば節穴でなくなんねん! よく見いや!」
うわ、今度は頭突きかと思ったよ……。頭のてっぺんをこれでもかと突き出して来るまつりは、もうパニックというか混乱状態というか、少なからずやけくそには違いない。
「……やっぱツノで」
「冗談言いなやー? また一発、あたしの拳が火ィ吹くで」
「木、木、木ノ芽デスカ?」
「……ハァ、まぁそのレベルだったらまだ許しといたるわ」
そのレベルって。真面目に答えたのにそこまでイラついた返事をつっぱねられる、っていうことは相当動揺してるのに違いない。真面目に答えてなかったら本当に星になったかもしれないな……。
「つぼみや。つ、ぼ、み」
「……つぼみ?」
「そ! よーやく分かったんか」
僕の胸倉をポイッと離すまつり。鈍感過ぎて呆れたわ! とでも言いたそうな顔をしてるけど、文句を言いたいのはこっちだ。幼稚園時代からの馬鹿力が健在で涙が出て来る。
多少咳き込みながら見上げると、まつりの頭にはくだんの元凶がちんまりとした顔をのぞかせていた。
~・~・~
蟻なんかを見れば笑顔で潰す。
犬猫を見ればじゃれるという名目でオモチャにする。
僕を見れば『遊びに行こ!』と引きずり回す。
まつりが辿って来た歴史を思い返せば、軽く僕が暗くなる。当の本人はあの頃から一ミリたりとも変わっちゃいないけど。スピードを増して暴走中だ。
「……じゃあもう、そんな前から」
「そや。もう誰にも見えへんし時々花咲きよるし、気っ色悪うてかなわんかってん」
今となっちゃある意味ため息ものの思い出だけど、不思議と嫌だったっていう覚えはない。
楽しかったんだろう。あの頃の僕は。そして今もそう。
「でも僕には見える」
そう言い終わらない内に、僕の鼻先に人差し指を突き付ける。
「そこ! そこが肝心なんや! いや~、コースケに見えて助かったわ」
「まぁ……僕には前々から分かってたけどね」
何気なく言ったつもりが、隣りを見ると両目と口がポカンと空いて三つの丸になっていた。
「コース、ケ? 今、な何て」
「だから、前々からつぼみのことは知ってたよって。前言わなかった?」
ウソだ。本当はここで初めて言う。精一杯の知らんぷりだった。
言うて、へんよと返事する頃には、まつりは茫然として口をあんぐり開けていた。それが細かく震えているのが悟るなり、僕は全身から冷や汗が湧き出すのを感じた。ヤバい。これはヤバいよ。しらばっくれる余裕があからさまにゼロに近い。
カミングアウトは、どうやら……
「な、な、何で知ってたら言わんのぉー!」
失敗したらしい。再び馬鹿力発動、僕の襟首は絞められて声を上げる間もなく息は詰まる。ちなみに、上級生だろうが下級生だろうがまつりは常にこのスタンスだ。
前にまつりはこう語った。
『あたしの辞書に手加減の三文字はないんや!』
何なんだ、この関西弁のナポレオン。
「めっちゃハズカシイやん! あたし一人で騒いでいたって言うん! コースケはそれをニヤニヤ眺めてたって言うん!?」
そればっかりはぬれぎぬだ。それは僕は気付きはしていたよ? 花のつぼみだったことも知ってる。存在は何年も前からチラチラ気になってたんだ。
でも聞けるか? 真っ正面から、頭に花咲いてるぞなんて。そんな度胸あると思うか? 皆無なのは『女々しい』とか言ってるまつりなら分かるだろ?
「いや、そういうわけじゃ」
「問答無用や!! あ~、あたしのいたいけな気持ちをいたぶりよって!」
どこがいたいけなんだよ。
黙っていたのは謝る。まつりのことだ、何かまた妙な考えでも実行してるんじゃないか……と俺は見ていたんだ。可能な限り遠巻きに。それはくだんのつぼみには触ったこともなければ、それが開く瞬間だって見たことがない。頭に本物の花が生えるなんてそんなバカな。『作りもの』の妙なアクセサリーだ、そう考えていたんだぞ? さっきまで。小学校高学年にもなって、体操着の襟で頭を囲うと『ジャミラー!』って騒いで走り回るのがマイブームだった、それが小宮山まつりというやつだから。
ついでに言うと、なぜか周りのみんなは例の『つぼみ』に気付いてはいなかった。それなら知らせはしないでそっとしておく方が一番いい方法じゃないか? 僕だって、そこの所の気遣いはなかったわけじゃない。
「コースケのせいや! コースケの! どうしてくれるんよ……」
顔は一気に素面からトマトになる。襟を握り締めたまま、まつりはうつむいた。その時気付く。
「まつり? さっきから赤くなってばっかだけど、大丈夫?」
首を精一杯に横に振って、『大丈夫や』を繰り返すけれども、何が大丈夫なのか。いつもなら、落ち着けやめてくれなんてなだめていただけかもしれない。
けど今、僕は見たことのないまつりを目にしている。何も動けない。幼馴染みとして、こんな表情は初めてだった。動揺していたって言っていい。
「いつもや……いつもなんや」
その声音は意外なくらい、小さくか細く甲高かった。そして次にまつりが口を開いた時、心臓の辺りがドキッと大きく脈を打つ。
「コースケがいるといつも……私、変になってまう」
僕、なのか?
柄じゃない、それは本人だって分かっているはずなのに、しかもあれほど今まで弱みを見せなかったまつりが僕の襟首を掴んでそんなことを言うなんて。
僕が言葉を失っていると、まつりは顔を見せないままポケットから数枚の写真を取り出した。
「これ。見付けた、あたしのつぼみが花開いとる写真。見いや! 全部コースケと映ってるやん」
眼前に突き出された写真は、順に小学校の修学旅行、中一の時新クラスで、そして遠い昔の――きっと幼稚園にも上がっていない――僕とまつりが映り込んだ写真。
僕は全部の写真で、無邪気な笑顔を見せている。それはそうだ。花の存在を知っていたって、見て見ぬふりでまつりに付き合っていた頃だ。
それに比べてまつりは――これがあの、小宮山まつりか? と問いたくなるほど小さくおとなしく映っている。全部うつむいていて、しかも頭の上には、白のバラのような大輪の花が開いている。これは、僕も見たことがある。ただその時気が付かなかったのは、その時々でまつりが今と同様、ゆでダコ状態だったってことだ。
「コースケがな、隣りにいる時だけこうなんねん……」
信じられへんけどな、と付け加えるまつりは、まだ顔を見せない。その表情がどうなっているのか、僕には全く分からない。それと同じように、僕もどんな顔をしているのか。それが僕自身でも分からない。
ドクン、ドクン、ドクン――そんな音が止まることなく、体全部に響いていた。
「……コースケのせいや」
「え、」
「コースケのせいなんや! この花が開くんはコースケが隣りにおる時……せやからや」
まつりの剣幕がなくなった、僕を吹っ飛ばす覇気が消え失せた……それは確かだ。でもそれは、誰のせいでもない。僕のせいだった。
「あれやろ、コースケ生物部やろ? 何ぞ変な草、あたしの頭に植えたんちゃうか」
「……だからそんな」
「ウソ! ウソや、ウソ言いな! あたしはどうしてこないにならなあかんねん……!」
さっきの強気な態度が、まつりからは見えなかった。それも僕のせい……なんだろうか。いやそうなんだな。僕は今、痛いほど自覚していた。
胸倉を掴んでいた手は、今必至に僕にすがっている。震えているのがはっきり目に見えた。
「……僕は化学部だし」
「やかまし言いな! 言わんでよ……あたしかて分かってんねん」
どうしたらいいか……と弱々しく呟くのを、僕は聞き逃さなかった。
まつりはついっと胸元を離れる。まるで突き放すように。屋上を僕に背を向けて、一歩、また一歩歩いて行くのが、よろけそうになるのを踏み止どまっているように見えて、僕は唐突に寂しさを感じた。それもどうしてもやりきれない、割り切れない、いくら細かく切り刻んだとしてもなくならない、寂しさ。それは屋上を吹き抜ける春風と一緒に、まつりの離れた胸あたりに冷たく触れた。
~・~・~
「……もうここまで来たんや、どうせなら言うたる」
大きく息を吐き切って、一言。
「あたし、あたしな。コースケのこと……好きになったみたいやねん」
自分でもウソや、と思うけどな。ぽつんとまつりは背中越しに言葉を投げる。
「無視、したってええよ? 別にあたしたかて自分に、んなアホな! てツッコミたい。けどな」
「けど、な?」
「どうしようもないねん」
喋り終わっても、一切まつりは振り向かなかった。その後ろ、掴まれてぐちゃぐちゃの服も直せず、立ち尽くすしかできない僕は一体何なんだ。
いいか?
まつりは今、言ってくれた。
僕のことが、好きだ――って?
そんなことあるか!
一番信じられないのは僕だ。
だとしたら。
僕にできるのは、何だ?
僕にできること。
あの小さな背中に、何を届かせることができるのか――。
答えは僕の中で決まっていた。
次の瞬間、僕の足は自然と真っ正面に駆け出して、まつりを追い抜き、突き当たりの金網にしがみついて、思い切り息を吸った。
「――ぼ、僕はー! 小宮山まつりのことが好きだー!!」
これが、僕なりの答え――そう言っていいんじゃないかな。
~・~・~
「ちょっ、ちょっコースケっ? 何やっとるん、気ィでもおかしくなったんか!?」
「僕はー! まつりのことがずっと昔から好きだったーっ! 昔も今もー! 好きだー! まつりーっ!!」
「だ、せ、せやからコースケ! や、や、やめて、やめてーな! あたし恥ずかしゅうてかなわん!」
「……好きなんだぁーっ!! 変わり者だろうが鬼だろうが、僕は好きなんだぁー!!」
コースケぇ、といきなりの僕の奇行で困った声が揺さぶって来る。
でもこれは、正真正銘の僕の本音。つまり率直な気持ち。まつりにべた惚れだ。そう言って何が悪い?
今までだって、それは告白したかった。でも相手が相手。幼馴染みだぞ? ある意味家族並みに近しい間柄のまつりに、今更『好きだ』なんて言えるわけがなかった。
そうなればもう、『幼馴染み』としてはいられない。
まつりだってどう返事するか……。
それが怖かった。結果数年来アホな恋心を燻らせ続けて来た僕は、相当なチキンだ。そうだろう?
――でももう話は違う。
まつり自身が、『好きだ』と言ってくれたからだ。
一通り絶叫し終えると、僕は金網にしがみついたまま荒い息をついた。ここまで来たら僕はバカだ。かなりのバカだよ。だって下には誰かしら人がいるだろうし、恥も臆面も近所迷惑も全部無視してこの行動に打って出たんだから。
でも結構、気分は清々しい。やるこたやった。後はこんなバカに、まつりが付き合ってくれるかどうかだ。
「……コースケって、ほんま心底アホなやつや」
そうそう、どうせバカなんだから……と一人脳内自虐大会をしていたら、いつの間にか、まつりが隣りに佇んでいる。
金網の目を鷲掴みにして、思い切り胸を空気でふくらませる――。
「うおぉー! コースケのアホぉっ!!」
……はい?!
「アホ! ヘタレ! 甲斐性なし! 根性なしーっ! でも誰よりも大大大好きやでぇー!!!」
やでぇーやでぇやでぇー……とこだまが遠くの空へ消えて行く間、今度は僕がポカンとしてまつりを見詰めていた。
青く晴れ上がった空はどこまでも続く。その真下、屋上には僕とまつりしかいないことが今更ながらひしひしと伝わって来て、一方のまつりは赤くなった目のあたりをぐしぐしと腕でこすった。
「あんがと……なんて言わへんで」
今のは、あたしのホンモノの気持ちを言っただけやと言う意地っ張りな姿は、いつの間に復活したのか、小宮山まつりお得意の仁王立ちだった。
そして、忘れかけてたようにポン、と音を立てて、まつりの髪の上に大輪の白い花が開いた。
~・~・~
「……実を言うとな」
「え?」
「さっき、あんがとなんて言わへん言うたけど、今言わせてほしいんや」
「……何でまた」
「何だかんだ言うて、あたしにまともに付き合ってくれんのコースケだけやんか。あたし……乱暴者やし、口悪いし、学校じゃ鬼とか女番長とか言われるし」
せやからやな、と笑うまつりは意外にかわいくて、これはまた一つの発見だった。
金網を背もたれにして体育座り。二人並んで、しばらくまだいよっかと言い出したのは僕だった。
髪の毛の上にこぼれる、柔らかそうな白いたくさんの花びら。山吹かバラににているけれども、どこか違った不思議な花で、その下にのぞくまつりの笑顔が心なしかものすごく穏やかでキレイに見えるのは更に不思議だった。
「ん? コースケ、どないしたん? ポカンとした顔がますますボケみたいになってるで」
「悪かったな! ……あ、いやそうじゃなくて、まつりってこんな笑い顔するんだな、って」
「……それ真面目に言うてるん?」
「もちろん」
それを、まつりはフッ、と一笑に付す。
「いや、あたしの演技力もなかなかのもんやな」
「……演技なのか」
「ご想像にお任せしますー!」
「それよりまつりは関西弁の方がなんぼでも上手いだろ。東北人なのに」
「これは演技とちゃうねん。それはあたし東北生まれやけど、この関西弁だけは大阪のじっちゃん直伝のホンマモンやで」
はいはい、さよでっか。
イシシ、と笑みをこぼすまつりを僕は変な気持ちで見詰めていた。
今までは幼馴染み、そうただの幼馴染みとして向き合い、付き合い、引っ張り回されて来た。それがいつから――そうじゃなくなったんだろうか。
ひと吹きの春風がふいて、光る跡を残しながら遠くに消えて行く。残ったものは広く澄んだ青空と、花びらの白い色だった。
「ほんじゃ恋人一号! 早速頼みがあんねん」
「一号……って僕は鉄人か何かか」
「ええやんええやん、お互い初めての恋人なんやし。ってことで、お祝い何かジュース買って来てくれへん」
「またパシリ!?」
「そやで? 恋人になったから言うて何でパシリとサンドバックも終わりにせなあかんのん?」
当然やん! とここでためらいなく断言するのがいわゆるまつり節というやつだ。
いいんだよ、そう言うなら僕だって、『まつりの気持ちを察して』色々してやるっていうつとめを果たしてるだけなんだから。
いつもならなかなか上がらない重い腰が、今日は軽く感じる。
「それじゃ、何がいい?」
「それもお決まりやん! ネクター一本! もちろん桃味やで」
ハイハイといつもの返事をしながら、僕は、いつにないむずがゆいくらいの嬉しさを噛しめていた。
春はまだ、始まったばっかりだ。