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なんでもなかったはずの日のこと

作者: 789



マリが死んだ。


仕事中突然の、

いつもと変わらないメッセージ通知に浮かんだその事実に

心臓のあたりが何もなくなったような、穴が空いたような、

ジェットコースターで落ちる時のような。


たぶんそうだね。

あれは血の気が引く感覚っていうのかもしれない。

そんな感覚がした。

したんだったと思う。


そのメッセージに一言返信をしてから、

すぐに付いた既読マーク。


母親からの返信が来るまでの時間が、

無限に続いて進んでくれない気がして携帯を片手に、

考えうるすべての人の電話を鳴らしてみた私は、

少なからず情報を集めたくて、

確かなことが知りたくて、

焦っていたんだと思う。



だれも情報を丸ごと知ってる人はいなくて

誰が誰に何を伝えているのかわからない状況で

全員がきっと私と同じように、

私以上に焦っていたしパニックだったんだと思う。

今思えばそんなこと当たり前なんだけど。


母親からの一通目の知らせは、

ひどく間抜けに見えて、

事の大きさにはそぐわない

チープな文章の羅列に見えた。


今起きていることが、

大したことじゃないんじゃないかと

錯覚さえ覚えるような気がした。

錯覚を覚えたかっただけかもしれない。

錯覚だったら良かったと思う私はもっと間抜けだ。


電話越しの声は、

誰もかれも、

どうして。

もうすでに泣いていて。

どうしてよ。


もうすでに何かしらの感情が湧いてるのかな。


話す人を増やすたびに自分だけが置いて行かれているような気がした。


気がしただけじゃないのかも知れない。


いつもそうで。

私の感情はいつも誰よりも後から湧いてきて、

もうすでに”そこ”にある全員の感情とは違っていて、

誰とも分かり合えない滑稽なものが多かった。



その場にいる人の正解だと思える言葉とは

合わせられなくて、合うこともなくて、

その場の熱量に耐えられなくて、

なかったようになっていたから。


慣れてるけど。


慣れてるはずではあったけど。


今回ばかりは何故か勝手に泣く身内たちに憤りを感じるくらいには、

自分自身かみ砕けなくて、

消化どころか味すら感じられなくて、

きっと慌てていたんだと、



今なら思う。



誰のせいで

何があって

何が原因で

どうしてマリはそれを選んだのか。

残された家族は、

ちいさいと思ってしまう年齢のマリの息子は、

この後の手続きはいつだれがして、

家族の生活はどうしていくのか。


悲しんでいるはずの近しいはずの存在の人たちは、

悲しみとは関係がないような手続き上の必要なこととか、

その場には必要に見えない憶測を

いろいろな角度から矢継ぎ早に喋り続ける。


私は一般的にはいい大人とされる年齢だし。

近しいはずのひとたちは、

さも当たり前のようにその話題に私を巻き込んで。


確かに一般的にはそこの輪で共感をしながら話していくのが正解なのかもしれないね。


だから当たり前のように、

いつも以上に普通に、

なるべくいつも以上に冷静に。


淡々とした態度で話すことに努めたし、

きっとそれは場違いな位に巧くいっていたんだと思う。


いい歳なのにしゃくりあげながら疑問を口にする。

あなたたちは私よりもいい大人で。

私にとってはお母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、おじさんで。

本来は守ってくれる受け止めてくれてもいいんじゃないかと

いい歳して思っている私はきっとこの人たちに似てるんだなとか


そんなどうでもいいことばかりに派生する思考が止められなかった。


いつも彼女彼らたちは、

誰よりも客観的な正解を私が持っているように、

それが、さも当たり前のことのように振る舞う。


だから記憶がある一番古いところから、

私はそうやって中立的で、

あくまで主観を抜いた態度で振る舞うことが当たり前だったように思う。

悲しい時ほど何故か異様に冷静だったようにも思う。



今思えばさ、危うさはあったじゃない。

苦しみが体中の発疹に出てたじゃない。

心配に値するような波のある連絡頻度だったじゃない。

誰が、

どの口が、

”なんで”って、

”話してくれたら良かった”って。


そんなこと言える権利があったの。


やっと何もかも捨てられたマリを前に、

誰がそんな言葉を投げるの。

誰がそんなことしていいの。


もしかしたら、ずっと願って祈って叶ったかも知れないのに。

ずっと人知れずこれを望んでいたのかもしれないのに。


その望みを受け止めて聞いてあげられなかっただけかも知れないのに。

本人の痛いくらいの思いを、誰が代わりに口にしていいと思うの。


どうして

どうして頑張ってたんだねって

だたそれだけの事が一言、

マリを目の前にしたこの時間だけでも

誰も言ってあげられないの。


言葉にできない感情なのか

思考なのか

何かしらの思いを持ちながらも、

最低限周りに配慮して、

最低限自分の仕事を片付けて、最低限日常を変えなかった。


一緒にいた私を好きだと話していた彼から見ていても

どこをどう切り取っても平気に過ごしていたのかもしれないね。


自分から出ていかない感情も

尖って淀んだ歪な気持ちも

本当は見つけてくれるような

拾いだしてくれるような

そんなアクションを

誰かしらに

どこかしらで期待していたのかもしれない。


そんなこと言い始めたらいつもなんだけど。

勝手に期待して。

勝手に失望して。

勝手な私だから。


そんなことはどうでもいいんだけど。


正直マリが羨ましかった。

ずっと望んでた選択肢を実現した、

すごく勇気のある人に思えた。


もしかしたら、

本当に望んでいたわけじゃなくて、

私もほかの人と同じくらいエゴでしかない

勝手な見方をしているかもしれないけど。


それでもいいと思った。

心底ね、

ずるいと思った。


マリがそうしてしまったら、私はもう生きるしかないじゃんって。

あと何年もここにいるしかないじゃんって。


本当に最低だと思うけど、心底嫉妬をしていたような気がする。


どうせ思うことしかできなくて、

一歩を踏み出したマリとはきっと同じようには出来ないんだろうけど。


だからこそ強く嫉妬してしまったんだと思うんだけど。


私こそ身勝手に、自分と重ねてた。


そうだよね。

この世界は生きるのには少し汚なすぎるねって。

ここは嫌だよね。

居心地が悪かったよねって。


先が長く見えて、果てしなく思えて、しんどいよねって。


勝手に本当に勝手に共感したような気持ちになってたよ。


誰よりも私がマリを冒涜してしまっていたかな、ごめんね。


2日経った。

そのくらい経ってたような気がする。

顔を見た。


全員が私と同じように、

身勝手に、

自分の思いを重ねた言葉を

聞こえてもいないだろうマリの抜け殻に投げる。


”馬鹿なことをして”っていたマリの母親に、

また、私は自分の母親と重ねてた。


私がそうしたとしても、

自分の母親もきっとそうやって言うんだろうと想像が出来た。


どこまでも自分の想像できる範囲でしかものを捉えられない人なんだ。

どこまでも全て自分の都合の中でしか見たくない人なんだ。


けっこう大きな決断だったと思うよ。

それすら、”馬鹿なこと”の一言で片づけちゃうんだね。


全員が何かしらの役で

くだらない芝居をしているように見えた。


悔やむ言葉も

悲しむ表情も

謝罪のために床につけた膝も。

マリに触れるさする手すらも、

なんかしらのパフォーマンスに見えた。


誰に向けたものなんだろう。


マリの産み落とした、

3人の幼く思える3人を連れて部屋の外に出た私もやっぱり、

その場に与えられた役に沿った

くだらない安い芝居をしていたようにも思う。


ほら見てみなよ。

あんたたちが憂いてる幼い3人は、

悲しみながらも自分たちで立ってるのに。


ちゃんと食べて飲んでぎこちなくでも笑って。

どうしてあんたたちが寄りかかろうとしてるのよって

言ってしまいたくなったけど、


実の娘や妹を亡くした気持ちは私には到底わかるわけもないから、

何も言えなかった。

言わなかった。


誰のことも気にせず、

自分の不安や悲しみをその場で表現できるその人たちを

本当は羨ましく見ては私はもっとおかしいのかもしれないけど。


びっくりするくらい当たり前の毎日が過ぎる傍らで。

私たちの親族からはひとりが居なくなったんだね。


マリの顔を見た午後には、平気で仕事に戻って、

お金をもらいながら

他人の”死にたい”って言葉をうわごとのように聞いた。


死ぬって何だろうね。

生きるってしんどいよね。

身内の一人の死すらどうにも出来なかった、

どうもしなかった私に、

その感情を投げられる私の担当する大事な勇敢なひとたち。


私、あなたたちを救うことはできないよ。


ほら、家族にすら手を貸せなかったじゃん。

私に話しても無駄だよ。

なんてことを考えるんだろうと思って仕事してたよ。


マリ。

もう会えなくなるんだね。

白い粉になるために焼かれてしまうんだよね。

そっかもう1年も会ってなかったのに。


なんか都合のいい言葉だね。

会おうと思えば、

その辺のくだらない男に会うためにかかる時間より、短い距離だね。

感傷に浸ろうとする自分に虫唾が走る。


小学校低学年だった私の

身長が伸びるたびに張り合ってきて、

私が化粧を覚えるたびにからかって

ネイルをしてまつ毛を付けて肌を白くした私に、

どこでいくらでどうやったか興味深そうに聞いてきて

私が太ったやせたを毎回意地悪そうに気が付くマリは、

本当は年齢を気にせずに、

誰よりも自由に、誰よりも楽しく、

この世界を飛び回って生きていたかったのかな。


本当は自分が出来なかったあの時代とは変わって

今の時代で好き勝手に生きる私に、

何か思うことがあったのかな。


誰にも言ってなかったたばこを

何事もなかったように受け入れて一服したね。


あれはいつのことだったんだろう。


大人になった今ならもう少し、対等に話せてたんだろうか。

それともマリからしたら私はいつまでも、

正面から話すに値しない

子供だったのかな。


突然送ってきた飼いたかったでっかい猫、移住したい海外、

本当は私と似てたのかな。


どれも全部わからないけど。

もう知れないんだけど。


叔母さんというラベルじゃなくて、

マリを一人の人として

もう少し、話しておいたら良かったよ。


どうならなかったとしても、同じ結果で意味がなかったとしても。


話をしておいたらよかったよ。

聞いておけばよかった。

どう感じて、どう考えて、どうして死のうと思ったか。

私には何よりも、必要な話だったような気が今ならするのに。


マリ、楽になった?

怖かった?

痛かった?

苦しかった?

どんな気持ちだった?

もしそれを選ばなくても自由になれてたら、本当は何をしたかった?


あなたの口癖だった若さへの嫉妬は、

自分が願っても絶対に選べない、自由への選択肢の多さだったの?


聞いたって、

答えてもらったって、

私が丸ごと分かれないかもしれないけど。


せめてヒントだけでも聞いておいたら良かったよ。

いつだってマリは表面と中身が違うひとだったもんね。


本当は1番知りたかった。

居なくなってから言っても遅いんだけど、

どうせ、居なくならないとそう思えなかったんだけど、

やっぱりマリの口からききたかった。


本当に望んでた?

望んだ結果なら、良かったね。頑張ったね。

良かったんだよね?


もう何も考えないで居られているのかな。

自由になれた?

私は生きたまま、どう自由で居られるのかな。



人が亡くなった後の手続きや、

定例の儀式みたいな”やらなきゃいけないこと”が終わって、

きっとそれぞれには

二度と解消も消化も出来ない気持ちだけが残って。


何も終わらずに。


きっと想像とか憶測とか、

目には見えないその人の中だけで起こる何かで膨らんで、

もっともっと大きなものになってそれと同じ大きさの影が落ちた。


傍からは見えも触れも感じれもしないそれぞれのトラウマと、

自分に重ねた勝手な解釈と、

いろんな背景が併さって

お互いに理解しあえない別のエピソードになっていく。


同じことを経験しても、

どうして違う体験になるんだろう。


どんなに埋めあいたくても、痛みに触れたくても、

これじゃ触れるどころか分かり合うことなんか到底できないね。


私は優しくないから、

埋めたいなんて触れたいなんてましてや分かり合いたいなんて思えないんだけど。


この気持ちすらも、誰にも届けられない。

外に出ていかないの。

私の中に重くて黒くてどうしようもなかったことが募る。


分かってほしいとは思わない。

分かってくれるとも思わない。

それぞれが違う人間で、

違う経験をして、

違う感情を体感するから。

それでも、

誰にでもいから、

分かりたいと思ってほしかった。


私を知ろうとしてほしいと思った。

誰が私を分かりたいと思うだろう。

私だって別に知りたくないのに。


分かりたくて苦しくて、

なんでも聞いてしまう私は、毎回思うんだよ。


”ああ知らないほうがよかったんだな”って。


馬鹿みたいに繰り返して。

何度繰り返してもあきらめがつかない。


私が誰かを、

マリの感じたことを知りたいと思えたのだってマリが白い何かになった後だ。


そういうものなのかもしれない。

また一つあきらめる練習をして毎日が過ぎる。

諦めるを繰り返す毎日に嫌気がさす。


それでも、

見たことのない景色を見て

感じたことない感情を知ると

飽きたはずの生きることを、

飽き切れていない私に気づく。


どうしようもないやつ。

煮え切らないやつ。


マリは最近、違う景色をみてなかったのかな。


私はこれから、

毎年違う景色を見て

たくさんの感情を感じて

会いたい人に会って

食べたいものを食べて

誰の話でもいいから、感じたことを知っていこうと思う。


そうでないと飽きちゃうから。

いつか飽き切って諦めてしまうかもしれないから。


もう一回だけでも、

生きていてもいいと思えたらその事実を大切にしよう。

言葉では薄く感じるけど、ほかの言葉を知らないんだよ。

なんて言おう。


生きていてもいいと思えたことを覚えていよう。


私の選んだ選択肢で、

必要のない後悔をする人がいませんように。

誰も、自分を責めませんように。


私の選んだ選択を

いつだって最善だったと

これが結局良かったんだと

私が後悔しませんように。


私が、私を責めないように。


そうやって自由に

自由に生きることを

少しずつ始めなきゃいけないんだと思う。



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