【27】考えるって難しい
悩みにひとまずの結論を出して、カードゲームを始めたら、あとはダラダラした雑談になる。
ただ、この顔触れで雑談、というのがレンには新鮮だった。
宿舎で同室のゲラルトは無口で、あまり自分のことを語らないし、ユリウスに苦手意識を持っているから、彼と一緒にいるフィンとも話す機会が少ない。
いつも男同士で雑談をするのは、ローズやオリヴァーとカードをしている時ぐらいなのだ。
レンは配られた手札を眺めながら、実家の愚痴をこぼした。
「だからさぁ、オレんちは腹違いの兄貴がいたけど、一番下の兄ちゃん以外、ほんとクソだから。オレが奇跡の美少年だからって、嫉妬してさぁ」
「ククッ、その性格だと、さぞ苛められたことだろう」
「言ったな。そういうユリウスは兄弟いないのかよ」
レンがジロリとユリウスを睨むと、ユリウスは山札を捲りながら、いつもの薄ら笑いで返す。
「俺は一人っ子だ。ザームエルは俺以外に養子を取らなかったからな」
「え、なに、養子なのお前?」
「クク……魔術師の世界では珍しくない話だろう?」
レンは魔術師の世界を知らないので、反応に困った。
そもそもこの中で、魔術師の世界を知っている人間なんて、ユリウスぐらいではないだろうか?
(あれ? でも、ローズさんとオリヴァーさんはどうなんだろ。二人とも、〈楔の塔〉に来る前から魔術の素養があったっぽいよな)
フィンは木こりの息子だし、ゲラルトはよく分からないが魔術の勉強はしたことがない、というのはハッキリ分かる。
(こういうのって、聞いていいのかな……)
ゾフィーに根掘り葉掘り訊いて泣かせたばかりだから、ちょっと訊きづらい。
レンが黙っていると、ローズが手札を並べ換えながらオリヴァーに言った。
「そういやさ、オリヴァーって魔物狩りの一族って言ってたけど、もしかして、実家ってこの近くなのかい?」
「うむ。〈楔の塔〉より少し北の辺りだろうか。馬があれば一日か二日で行けるぞ」
多分オリヴァーは、家の事情を訊いても怒らないだろう、とレンは判断した。
討伐室の兄に会いに行く時も、同行を許可してくれた人なのだ。
「なぁ、オリヴァーさん。魔物狩りって、そういう家業なの? ゾフィーみたいにさ、その一族の人間は、〈楔の塔〉に来るって決まりでもあるわけ?」
「否。そういう決まりはないが……」
オリヴァーは少し考え込むように黙り、山札を捲って口を開く。
「ランゲ一族は、郷の周辺を守ることが主な役割だ。だが〈楔の塔〉に来れば、遠征ができる」
オリヴァーが言うには、ランゲ一族はそう人数が多いわけではないらしい。
だから、自分達が暮らす土地より遠くに遠征する余裕などないのだ。
「兄者はおそらく、父の仇の魔物を探しているのだろう。そのために、遠征のできる〈楔の塔〉に来たのだ」
レンはコクリと唾を飲んだ。
父の仇、重い言葉だ。その上で、どうか自分の懸念が外れてくれと祈りながら、レンは問う。
「オリヴァーさんの、父親の仇って……どんな魔物?」
「蜘蛛の魔物だ。若い女の姿に化けることもある」
(良かった。ハルピュイアじゃなかった)
レンは密かに胸を撫で下ろしつつ、考える。
もし、オリヴァーの父親を殺したのがハルピュイアなら……自分はどうしていただろう。
今回は違ったけれど、いつかそういう事実と直面するかもしれないのだ。
それが、レンは怖い。
「俺はそんな兄者の力になりたいのだ。兄者が健康的な暮らしをするためのサポート体制も万全だ」
そうして培われたのが、この丁寧な暮らしぶりらしい。
やはり、努力の方向性を間違えている気がする……とレンが密かに考えていると、ローズがニコニコしながら言った。
「男兄弟って、なんか良いなぁ。オレんち、姉ちゃんだけだから、そういうの新鮮だ」
「えっ、ローズさん、姉ちゃんいるの!? 意外……」
ギョッとするレンに、ローズは「意外かなぁ?」と首を捻る。
「だってローズさん、女心とか分かんなそうじゃん」
この言葉に反論したのが、ゲラルトとフィンだ。
「姉妹がいるからと言って、女心が分かるとは限らないと思います」
「オイラも姉ちゃんいるけど、オンナゴコロなんて分からないよ〜」
そういうもんかなぁ。と首を傾げるレンに、ローズがモジャモジャ髭を揺らして、そういうもんだよ。と笑った。
ローズはまた手札を並べ直して、膝の上のフィンに見せる。
これとこれを揃えると役ができて、今、このカードが欲しくて……という小声の解説付きだ。
「今、山札から一枚引いたろ? で、ここが揃うから、いらなくなったこのカードを捨てるんだ。分かるかい?」
「うん」
「で、このカードが揃ったらあがり。誰かが捨て札で出したら、『チェック』って言うんだ。そしたら、そのカードであがれるぜ」
「えーっと……じゃあ、ローズさんが捨てたカードで、誰かがあがっちゃうこともある?」
「あるある。その駆け引きが楽しいんだ」
フィンはムムムと険しい顔で、ローズの手札と場の捨て札を交互に見る。真剣だ。
こういうやつに、何か教えるのって楽しいよな。とレンは思う。
ただ、教わる側のフィンはローズの膝の上でモゾモゾしていた。
「……なんか、オイラばかり教わってて、ごめんなさい」
「全然気にしてないぜー。オレだって、最初はルールが分からなくて教えてもらったんだしさ」
「カードもだけど、それ以外も……」
フィンは膝の上で拳を握って俯く。
彼は小柄で、十三歳という年齢より幼く見えがちだけど、そうしていると本当に小さな子どもみたいだ。
「オイラ、兄弟で一番チビで、鈍臭くて……兄ちゃんに、いつも叱られてたんだ。『お前に誇りはないのか』『できないなりに、自分にできることを考えろ』って」
自分にできることを考える。それは、とても正しい考えだと思う。
レンも自分にそう言い聞かせて生きてきた。
だけど、フィンにとってそれは、とても難しいことだったのだろう。
(フィンって、要領悪いっつーか、ちょっと鈍いんだよな)
少し考えれば分かるだろ、とレンが思うようなことも、フィンは気付けない。
だから、効率の良いやり方があっても、誰かに教えてもらわないとできないのだ。
「オイラ馬鹿だから……考えても、分かんなかったんだ。どうすれば上手くできるか……」
なんでそんなことも分からないんだ──そう言われる度に、自分は馬鹿なのだと落ち込むフィンの姿が容易に想像できる。
レンはかける言葉に詰まった。自分が要領の良い方だという自覚があるからだ。
少ししんみりとした空気の中、ゲラルトがボソリと言う。
「僕も似たようなものですよ」
ゲラルトは山札から一枚捲って、ため息まじりに呟く。
「だから……逃げ出して、ここにいる」
ますます空気が重くなった。
どうしよう。何か言った方が良いのだろうか。レンがかける言葉に悩んでいると、空気を読まない大人が交互に言った。
「オレもそういうことあるぜー。『もっと考えて行動しろ! 考えなしに動くな!』って、よく友達に叱られてさぁ」
「あぁ、大人になっても、そういうことはあるのだ」
「オレなりに考えて動いてるんだけどな〜。怒られちゃうんだよなぁ〜」
「考える……それはとても難しいことだ。俺もかつて言われた。『考えなしのゴミは、自らゴミ箱に飛び込んで消えてほしい。視界に入るな』と」
レンは思わず口を挟んだ。
「……それ、お兄さんに?」
「うむ。数年前に里帰りした時の、兄者の激励だ」
「……オレ、そこまで嫌われてるのに、尽くせるオリヴァーさんが怖くなってきた」
大丈夫か、この大人達。とレンは本気で心配になった。
(もしかして、この中でそこそこ要領良くてまともで良識人なの、オレだけじゃね? ……流石オレ。超有能美少年で参っちまうな)
ローズとオリヴァーは駄目な大人だし、ゲラルトとフィンは真面目だけど要領が悪い。
ここは自分が頑張らなくては……などと考えていたら、ユリウスが手札を一枚捨てて、フィンに笑いかける。
無論、優しげな笑みではない。何かを企んでいそうな笑みだ。
「ク、ク、ク……考えるのが苦手ならば、適任者に任せればいい。そう、お前は何も考えなくていい。俺が上手くお前を使ってやろう」
「お前それ、悪人のセリフだからな。おい、フィン。こういう奴の言うことは絶対信じちゃ駄目だぞ。でないと、死ぬまでこき使われるんだ」
レンは早口でツッコミながら、山札から一枚引いて手札を捨てる。
その捨て札をユリウスがピッと指先で押さえた。
「クク、そのカードをチェック。緑竜の役であがりだ」
「ぎゃぁ──っ!!」




