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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【27】考えるって難しい

 悩みにひとまずの結論を出して、カードゲームを始めたら、あとはダラダラした雑談になる。

 ただ、この顔触れで雑談、というのがレンには新鮮だった。

 宿舎で同室のゲラルトは無口で、あまり自分のことを語らないし、ユリウスに苦手意識を持っているから、彼と一緒にいるフィンとも話す機会が少ない。

 いつも男同士で雑談をするのは、ローズやオリヴァーとカードをしている時ぐらいなのだ。

 レンは配られた手札を眺めながら、実家の愚痴をこぼした。


「だからさぁ、オレんちは腹違いの兄貴がいたけど、一番下の兄ちゃん以外、ほんとクソだから。オレが奇跡の美少年だからって、嫉妬してさぁ」


「ククッ、その性格だと、さぞ苛められたことだろう」


「言ったな。そういうユリウスは兄弟いないのかよ」


 レンがジロリとユリウスを睨むと、ユリウスは山札を捲りながら、いつもの薄ら笑いで返す。


「俺は一人っ子だ。ザームエルは俺以外に養子を取らなかったからな」


「え、なに、養子なのお前?」


「クク……魔術師の世界では珍しくない話だろう?」


 レンは魔術師の世界を知らないので、反応に困った。

 そもそもこの中で、魔術師の世界を知っている人間なんて、ユリウスぐらいではないだろうか?


(あれ? でも、ローズさんとオリヴァーさんはどうなんだろ。二人とも、〈楔の塔〉に来る前から魔術の素養があったっぽいよな)


 フィンは木こりの息子だし、ゲラルトはよく分からないが魔術の勉強はしたことがない、というのはハッキリ分かる。


(こういうのって、聞いていいのかな……)


 ゾフィーに根掘り葉掘り訊いて泣かせたばかりだから、ちょっと訊きづらい。

 レンが黙っていると、ローズが手札を並べ換えながらオリヴァーに言った。


「そういやさ、オリヴァーって魔物狩りの一族って言ってたけど、もしかして、実家ってこの近くなのかい?」


「うむ。〈楔の塔〉より少し北の辺りだろうか。馬があれば一日か二日で行けるぞ」


 多分オリヴァーは、家の事情を訊いても怒らないだろう、とレンは判断した。

 討伐室の兄に会いに行く時も、同行を許可してくれた人なのだ。


「なぁ、オリヴァーさん。魔物狩りって、そういう家業なの? ゾフィーみたいにさ、その一族の人間は、〈楔の塔〉に来るって決まりでもあるわけ?」


「否。そういう決まりはないが……」


 オリヴァーは少し考え込むように黙り、山札を捲って口を開く。


「ランゲ一族は、郷の周辺を守ることが主な役割だ。だが〈楔の塔〉に来れば、遠征ができる」


 オリヴァーが言うには、ランゲ一族はそう人数が多いわけではないらしい。

 だから、自分達が暮らす土地より遠くに遠征する余裕などないのだ。


「兄者はおそらく、父の仇の魔物を探しているのだろう。そのために、遠征のできる〈楔の塔〉に来たのだ」


 レンはコクリと唾を飲んだ。

 父の仇、重い言葉だ。その上で、どうか自分の懸念が外れてくれと祈りながら、レンは問う。


「オリヴァーさんの、父親の仇って……どんな魔物?」


「蜘蛛の魔物だ。若い女の姿に化けることもある」


(良かった。ハルピュイアじゃなかった)


 レンは密かに胸を撫で下ろしつつ、考える。

 もし、オリヴァーの父親を殺したのがハルピュイアなら……自分はどうしていただろう。

 今回は違ったけれど、いつかそういう事実と直面するかもしれないのだ。

 それが、レンは怖い。


「俺はそんな兄者の力になりたいのだ。兄者が健康的な暮らしをするためのサポート体制も万全だ」


 そうして培われたのが、この丁寧な暮らしぶりらしい。

 やはり、努力の方向性を間違えている気がする……とレンが密かに考えていると、ローズがニコニコしながら言った。


「男兄弟って、なんか良いなぁ。オレんち、姉ちゃんだけだから、そういうの新鮮だ」


「えっ、ローズさん、姉ちゃんいるの!? 意外……」


 ギョッとするレンに、ローズは「意外かなぁ?」と首を捻る。


「だってローズさん、女心とか分かんなそうじゃん」


 この言葉に反論したのが、ゲラルトとフィンだ。


「姉妹がいるからと言って、女心が分かるとは限らないと思います」


「オイラも姉ちゃんいるけど、オンナゴコロなんて分からないよ〜」


 そういうもんかなぁ。と首を傾げるレンに、ローズがモジャモジャ髭を揺らして、そういうもんだよ。と笑った。

 ローズはまた手札を並べ直して、膝の上のフィンに見せる。

 これとこれを揃えると役ができて、今、このカードが欲しくて……という小声の解説付きだ。


「今、山札から一枚引いたろ? で、ここが揃うから、いらなくなったこのカードを捨てるんだ。分かるかい?」


「うん」


「で、このカードが揃ったらあがり。誰かが捨て札で出したら、『チェック』って言うんだ。そしたら、そのカードであがれるぜ」


「えーっと……じゃあ、ローズさんが捨てたカードで、誰かがあがっちゃうこともある?」


「あるある。その駆け引きが楽しいんだ」


 フィンはムムムと険しい顔で、ローズの手札と場の捨て札を交互に見る。真剣だ。

 こういうやつに、何か教えるのって楽しいよな。とレンは思う。

 ただ、教わる側のフィンはローズの膝の上でモゾモゾしていた。


「……なんか、オイラばかり教わってて、ごめんなさい」


「全然気にしてないぜー。オレだって、最初はルールが分からなくて教えてもらったんだしさ」


「カードもだけど、それ以外も……」


 フィンは膝の上で拳を握って俯く。

 彼は小柄で、十三歳という年齢より幼く見えがちだけど、そうしていると本当に小さな子どもみたいだ。


「オイラ、兄弟で一番チビで、鈍臭くて……兄ちゃんに、いつも叱られてたんだ。『お前に誇りはないのか』『できないなりに、自分にできることを考えろ』って」


 自分にできることを考える。それは、とても正しい考えだと思う。

 レンも自分にそう言い聞かせて生きてきた。

 だけど、フィンにとってそれは、とても難しいことだったのだろう。


(フィンって、要領悪いっつーか、ちょっと鈍いんだよな)


 少し考えれば分かるだろ、とレンが思うようなことも、フィンは気付けない。

 だから、効率の良いやり方があっても、誰かに教えてもらわないとできないのだ。


「オイラ馬鹿だから……考えても、分かんなかったんだ。どうすれば上手くできるか……」


 なんでそんなことも分からないんだ──そう言われる度に、自分は馬鹿なのだと落ち込むフィンの姿が容易に想像できる。

 レンはかける言葉に詰まった。自分が要領の良い方だという自覚があるからだ。

 少ししんみりとした空気の中、ゲラルトがボソリと言う。


「僕も似たようなものですよ」


 ゲラルトは山札から一枚捲って、ため息まじりに呟く。


「だから……逃げ出して、ここにいる」


 ますます空気が重くなった。

 どうしよう。何か言った方が良いのだろうか。レンがかける言葉に悩んでいると、空気を読まない大人が交互に言った。


「オレもそういうことあるぜー。『もっと考えて行動しろ! 考えなしに動くな!』って、よく友達に叱られてさぁ」


「あぁ、大人になっても、そういうことはあるのだ」


「オレなりに考えて動いてるんだけどな〜。怒られちゃうんだよなぁ〜」


「考える……それはとても難しいことだ。俺もかつて言われた。『考えなしのゴミは、自らゴミ箱に飛び込んで消えてほしい。視界に入るな』と」


 レンは思わず口を挟んだ。


「……それ、お兄さんに?」


「うむ。数年前に里帰りした時の、兄者の激励だ」


「……オレ、そこまで嫌われてるのに、尽くせるオリヴァーさんが怖くなってきた」


 大丈夫か、この大人達。とレンは本気で心配になった。


(もしかして、この中でそこそこ要領良くてまともで良識人なの、オレだけじゃね? ……流石オレ。超有能美少年で参っちまうな)


 ローズとオリヴァーは駄目な大人だし、ゲラルトとフィンは真面目だけど要領が悪い。

 ここは自分が頑張らなくては……などと考えていたら、ユリウスが手札を一枚捨てて、フィンに笑いかける。

 無論、優しげな笑みではない。何かを企んでいそうな笑みだ。


「ク、ク、ク……考えるのが苦手ならば、適任者に任せればいい。そう、お前は何も考えなくていい。俺が上手くお前を使ってやろう」


「お前それ、悪人のセリフだからな。おい、フィン。こういう奴の言うことは絶対信じちゃ駄目だぞ。でないと、死ぬまでこき使われるんだ」


 レンは早口でツッコミながら、山札から一枚引いて手札を捨てる。

 その捨て札をユリウスがピッと指先で押さえた。


「クク、そのカードをチェック。緑竜の役であがりだ」


「ぎゃぁ──っ!!」


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