【26】一方その頃、男子会
見習い女子六名が、強烈に苦い茶を持ち込んだり、紙袋から菓子を直接掴んで女子会をしていた頃、見習い男子六名もまた、ローズとオリヴァーの部屋に集まっていた。男子会である。
大人二人の部屋はきちんと片付けられていて、爽やかなハーブの香りがした。壁に吊るしてあるドライハーブの香りだ。
片付けはオリヴァーが日頃から徹底しており、ハーブの小物はローズが拵えたものらしい。
「厨房を借りて、作ってみた」
そう言ってオリヴァーはテーブルに軽食の皿を次々とのせる。
「キャベツの酢漬けは食堂から好意で分けてもらった。メインは鶏肉のオーブン焼き。こちらはハーブバターとナッツの蜂蜜漬けだ。それぞれ、パンにのせて食べると良い」
軽食だけでなく、焼き菓子の類も紙袋から出して皿に美しく盛りつけられていた。
そこにローズが茶のカップを添えていく。
「こっちは、オレ特製のハーブティー! 適当にブレンドしたけど、結構美味いと思うぜ!」
普段から大雑把な言動が目立つローズが、適当にブレンドしたハーブティー──と言うと微妙に不安になるが、カップからはレモンに似た良い香りがする。
折り畳み椅子に座ったユリウスが、クツクツと笑いながらカップを手に取った。
「くくっ、では頂こう」
「じゃあ、オイラも……わっ、このお肉、すごく柔らかいよぉ。オイラ、こんなの初めて食べた……!」
大きな口でパンと肉を頬張るフィンに、オリヴァーがいつものキリッとした顔で頷く。
「あぁ、焼く前に蜂蜜や香味野菜と和えておくこと、パサつかないよう火を入れすぎないことが重要だ。脂身の少ない肉は健全な肉体を作ってくれる。よく噛んで食べるのだ」
「うんっ、こっちの葉っぱ入りバターも美味しいよ。だから……」
フィンは二段ベッドの下段に膝を抱えて座る二人を見て、控えめに声をかける。
「レンとゲラルトも……食べよ?」
レンは抱えた膝に顔を埋めて、落ち込んでいた。ゲラルトも似たようなものだ。
昨日の夜の見習い会議の場で、レンはゾフィーの呪術について言及した。ゲラルトも、戦力は共有すべきだと主張した側の人間だ。
だがそのせいで、ゾフィーは家の事情を話さなくてはいけなくなってしまった。
結果、レンとゲラルトはゾフィーを泣かせてしまった。
「僕は最低の人間です」
今にも首を括りそうな口調で言ったのは、ゲラルトだ。
前髪の長い彼は、表情こそ分かりづらいが、悲壮感に満ちていることだけは分かる。
「ゾフィーは魔法戦に参加したくなかっただろうに、戦力として数えてしまいました。最低だ……僕は、自分がされたら嫌なことを他人にしてしまった」
その横で、レンも少しだけ顔を持ち上げる。
最近は高い位置で結っている金髪だが、今日は下ろしたままだ。今朝はろくに櫛を入れていないので、前後左右に広がっている。
「オレさ、代表補佐に推薦された時、物怖じせず人と話せるのが長所みたいに言われて……ちょっと調子乗った……」
ずぅん、と重い空気を漂わせる二人に、フィンがオロオロする。
ユリウスはいつも通り薄ら笑いを浮かべたまま、ハーブティーを味わっているし、オリヴァーもいつもと変わらぬキリッとした顔をしている。
「まずは肉体の調子を整えることで、心もまた整う。よく食べ、よく眠ると良い。風呂に入るのも良い。但し、入浴は就寝の一時間以上前に済ませるのだぞ」
丁寧な暮らしを心がける男オリヴァーのアドバイスに、レンは「はは……」と力無く笑った。
誰かを傷つけて落ち込んでいる時は、ちょっと自暴自棄になるというか、自分の体に優しくする気が起きないのだ。
持ち上げた顔を、また膝に押しつけていると、ローズが言った。
「オレは、早めに分かって良かったと思うけどなぁ」
「……なにが?」
低い声でボソボソ訊ねるレンに、ローズがのんびり返す。
「ゾフィーの家の事情。複雑な家の事情とかってさ、仲良くなって時間が経つほど、言い出しづらくなるじゃん」
ローズは軽食と菓子を取り皿にのせる。
取り皿なんて気の利いた物、どこから出したんだ、と思ったが、どうやらオリヴァーが用意していたらしい。
「レンもゲラルトもさ、ゾフィーが嫌いになったわけじゃないんだろ」
「うん……」
「はい……」
「じゃあ、こっちは家の事情とかそんなに気にしてないぜー、って態度で良いんじゃないかな。あとは、根掘り葉掘り聞いてゴメンな! って謝ればそれでいいじゃん」
軽食を盛りつけた皿を、ローズは「ほい」と言ってレンとゲラルトに渡す。
「なんか……そんな簡単なことでいいのかな」
皿を受け取りながら、レンがボソリと言うと、ローズはモジャモジャ髭の下でカラリと笑った。
「簡単なことで駄目だったら、難しいこと試せばいいじゃん。まずは簡単なことからやろうぜ」
(まずは簡単なことから……か)
そうだ、背伸びをしたってしょうがない。
そもそも自分にできることなんて、たかがしれているのだ。だったら、できることを一つずつやっていくしかない。
──ゾフィーへの謝罪も。
──ティアとの向き合いかたも。
レンは軽食の皿を横に置いて、ハーブティーのカップを啜った。
草っぽい味を想像していたが、清涼な香りがフワリと喉から鼻に抜けていく。
「え、これ、うま! ……オレ、ハーブティーなんてどうせ草の味だろ、って思ってた」
感動の声を上げるレンの横で、ゲラルトも「おぉっ」と感動の声を漏らす。あれは不意打ちで美味しいものと遭遇した時にでる声だ。
「僕、こんなに美味しいハーブティー、初めて飲みました……草の味じゃない……すごいです。香りが良い……」
「やったぜ。実はハーブ以外にもちょっと色々混ぜてるんだ。リンゴや柑橘を干したのとか」
何故この駄目な大人二人は、妙なところで丁寧な暮らしをしているのだろう。
あるいはそれこそが、この二人のマイペースの秘訣なのかもしれない。
手の込んだ軽食を半分程食べたところで、ローズがカードの箱を取り出した。
「カードしようぜ。やったことあるかい?」
そう言ってローズがユリウス、ゲラルト、フィンを見る。
「くくっ、懐かしいな……あぁ、できるぞ。教わったことがある」
「僕は初めてです。これは役と得点表? ……役が多いですね」
ゲラルトは得点計算表の紙を見て、少し前髪をかきあげた。やっぱり見えづらいのだ。
とっとと前髪切りゃいいのに、とレンが密かに考えていたら、オリヴァーがそれを指摘した。
「ゲラルト。目を悪くするぞ。俺が愛用している髪上げ油を貸してやろう」
「いいじゃん、ゲラルト。オリヴァーさんみたいにツンツンにしてもらえよ」
レンがニヤニヤ笑いながら言うと、ゲラルトはプイとソッポを向いた。
「……僕はこれで良いので。放っておいてください」
ゲラルトはササッと前髪を戻して、得点表をフィンに差し出す。
「フィンも読みますか?」
「オイラはよく分かんないから、みんながやるのを見てるよ。数の勉強になる……かなぁ?」
フィンが辞退したので、五人分のカードをローズが配る。
「じゃあ、まずはやってみようぜ! やりながら覚えるのが一番だからさ! フィンはこっち来いよ。手札見せながら解説するからさ」
「う、うん」
椅子に座るローズの膝に、フィンがちょこんと座る。
「親子のようだな」
オリヴァーがボソリと呟いたので、レンは思わずふきだした。レンだけじゃない、ユリウスやゲラルトも肩を震わせている。
フィンは不思議そうな顔でローズを見上げた。
「オイラとローズさん、似てないよねぇ?」
「似てないよなぁ?」
その反応がまたそっくりで、レンは肩を振るわせる。
(なんか、変なの)
少し前までの自分はユリウスとは仲良くやれないと思っていたし、今朝の自分は昨日の失敗で落ち込んで、今日はもう何もしたくないと思っていた。
(実際、ユリウスと仲良くなったわけじゃねーし、ゾフィーに謝れたわけじゃないけど……)
自分はちゃんと明日もやっていける──と、そんな気持ちになっている。
(ローズさんとオリヴァーさんって、やっぱ大人なんだな)




