表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
98/196

【26】一方その頃、男子会


 見習い女子六名が、強烈に苦い茶を持ち込んだり、紙袋から菓子を直接掴んで女子会をしていた頃、見習い男子六名もまた、ローズとオリヴァーの部屋に集まっていた。男子会である。

 大人二人の部屋はきちんと片付けられていて、爽やかなハーブの香りがした。壁に吊るしてあるドライハーブの香りだ。

 片付けはオリヴァーが日頃から徹底しており、ハーブの小物はローズが拵えたものらしい。


「厨房を借りて、作ってみた」


 そう言ってオリヴァーはテーブルに軽食の皿を次々とのせる。


「キャベツの酢漬けは食堂から好意で分けてもらった。メインは鶏肉のオーブン焼き。こちらはハーブバターとナッツの蜂蜜漬けだ。それぞれ、パンにのせて食べると良い」


 軽食だけでなく、焼き菓子の類も紙袋から出して皿に美しく盛りつけられていた。

 そこにローズが茶のカップを添えていく。


「こっちは、オレ特製のハーブティー! 適当にブレンドしたけど、結構美味いと思うぜ!」


 普段から大雑把な言動が目立つローズが、適当にブレンドしたハーブティー──と言うと微妙に不安になるが、カップからはレモンに似た良い香りがする。

 折り畳み椅子に座ったユリウスが、クツクツと笑いながらカップを手に取った。


「くくっ、では頂こう」


「じゃあ、オイラも……わっ、このお肉、すごく柔らかいよぉ。オイラ、こんなの初めて食べた……!」


 大きな口でパンと肉を頬張るフィンに、オリヴァーがいつものキリッとした顔で頷く。


「あぁ、焼く前に蜂蜜や香味野菜と和えておくこと、パサつかないよう火を入れすぎないことが重要だ。脂身の少ない肉は健全な肉体を作ってくれる。よく噛んで食べるのだ」


「うんっ、こっちの葉っぱ入りバターも美味しいよ。だから……」


 フィンは二段ベッドの下段に膝を抱えて座る二人を見て、控えめに声をかける。


「レンとゲラルトも……食べよ?」


 レンは抱えた膝に顔を埋めて、落ち込んでいた。ゲラルトも似たようなものだ。

 昨日の夜の見習い会議の場で、レンはゾフィーの呪術について言及した。ゲラルトも、戦力は共有すべきだと主張した側の人間だ。

 だがそのせいで、ゾフィーは家の事情を話さなくてはいけなくなってしまった。

 結果、レンとゲラルトはゾフィーを泣かせてしまった。


「僕は最低の人間です」


 今にも首を括りそうな口調で言ったのは、ゲラルトだ。

 前髪の長い彼は、表情こそ分かりづらいが、悲壮感に満ちていることだけは分かる。


「ゾフィーは魔法戦に参加したくなかっただろうに、戦力として数えてしまいました。最低だ……僕は、自分がされたら嫌なことを他人にしてしまった」


 その横で、レンも少しだけ顔を持ち上げる。

 最近は高い位置で結っている金髪だが、今日は下ろしたままだ。今朝はろくに櫛を入れていないので、前後左右に広がっている。


「オレさ、代表補佐に推薦された時、物怖じせず人と話せるのが長所みたいに言われて……ちょっと調子乗った……」


 ずぅん、と重い空気を漂わせる二人に、フィンがオロオロする。

 ユリウスはいつも通り薄ら笑いを浮かべたまま、ハーブティーを味わっているし、オリヴァーもいつもと変わらぬキリッとした顔をしている。


「まずは肉体の調子を整えることで、心もまた整う。よく食べ、よく眠ると良い。風呂に入るのも良い。但し、入浴は就寝の一時間以上前に済ませるのだぞ」


 丁寧な暮らしを心がける男オリヴァーのアドバイスに、レンは「はは……」と力無く笑った。

 誰かを傷つけて落ち込んでいる時は、ちょっと自暴自棄になるというか、自分の体に優しくする気が起きないのだ。

 持ち上げた顔を、また膝に押しつけていると、ローズが言った。


「オレは、早めに分かって良かったと思うけどなぁ」


「……なにが?」


 低い声でボソボソ訊ねるレンに、ローズがのんびり返す。


「ゾフィーの家の事情。複雑な家の事情とかってさ、仲良くなって時間が経つほど、言い出しづらくなるじゃん」


 ローズは軽食と菓子を取り皿にのせる。

 取り皿なんて気の利いた物、どこから出したんだ、と思ったが、どうやらオリヴァーが用意していたらしい。


「レンもゲラルトもさ、ゾフィーが嫌いになったわけじゃないんだろ」


「うん……」


「はい……」


「じゃあ、こっちは家の事情とかそんなに気にしてないぜー、って態度で良いんじゃないかな。あとは、根掘り葉掘り聞いてゴメンな! って謝ればそれでいいじゃん」


 軽食を盛りつけた皿を、ローズは「ほい」と言ってレンとゲラルトに渡す。


「なんか……そんな簡単なことでいいのかな」


 皿を受け取りながら、レンがボソリと言うと、ローズはモジャモジャ髭の下でカラリと笑った。


「簡単なことで駄目だったら、難しいこと試せばいいじゃん。まずは簡単なことからやろうぜ」


(まずは簡単なことから……か)


 そうだ、背伸びをしたってしょうがない。

 そもそも自分にできることなんて、たかがしれているのだ。だったら、できることを一つずつやっていくしかない。


 ──ゾフィーへの謝罪も。

 ──ティアとの向き合いかたも。


 レンは軽食の皿を横に置いて、ハーブティーのカップを啜った。

 草っぽい味を想像していたが、清涼な香りがフワリと喉から鼻に抜けていく。


「え、これ、うま! ……オレ、ハーブティーなんてどうせ草の味だろ、って思ってた」


 感動の声を上げるレンの横で、ゲラルトも「おぉっ」と感動の声を漏らす。あれは不意打ちで美味しいものと遭遇した時にでる声だ。


「僕、こんなに美味しいハーブティー、初めて飲みました……草の味じゃない……すごいです。香りが良い……」


「やったぜ。実はハーブ以外にもちょっと色々混ぜてるんだ。リンゴや柑橘を干したのとか」


 何故この駄目な大人二人は、妙なところで丁寧な暮らしをしているのだろう。

 あるいはそれこそが、この二人のマイペースの秘訣なのかもしれない。

 手の込んだ軽食を半分程食べたところで、ローズがカードの箱を取り出した。


「カードしようぜ。やったことあるかい?」


 そう言ってローズがユリウス、ゲラルト、フィンを見る。


「くくっ、懐かしいな……あぁ、できるぞ。教わったことがある」


「僕は初めてです。これは役と得点表? ……役が多いですね」


 ゲラルトは得点計算表の紙を見て、少し前髪をかきあげた。やっぱり見えづらいのだ。

 とっとと前髪切りゃいいのに、とレンが密かに考えていたら、オリヴァーがそれを指摘した。


「ゲラルト。目を悪くするぞ。俺が愛用している髪上げ油を貸してやろう」


「いいじゃん、ゲラルト。オリヴァーさんみたいにツンツンにしてもらえよ」


 レンがニヤニヤ笑いながら言うと、ゲラルトはプイとソッポを向いた。


「……僕はこれで良いので。放っておいてください」


 ゲラルトはササッと前髪を戻して、得点表をフィンに差し出す。


「フィンも読みますか?」


「オイラはよく分かんないから、みんながやるのを見てるよ。数の勉強になる……かなぁ?」


 フィンが辞退したので、五人分のカードをローズが配る。


「じゃあ、まずはやってみようぜ! やりながら覚えるのが一番だからさ! フィンはこっち来いよ。手札見せながら解説するからさ」


「う、うん」


 椅子に座るローズの膝に、フィンがちょこんと座る。


「親子のようだな」


 オリヴァーがボソリと呟いたので、レンは思わずふきだした。レンだけじゃない、ユリウスやゲラルトも肩を震わせている。

 フィンは不思議そうな顔でローズを見上げた。


「オイラとローズさん、似てないよねぇ?」


「似てないよなぁ?」


 その反応がまたそっくりで、レンは肩を振るわせる。


(なんか、変なの)


 少し前までの自分はユリウスとは仲良くやれないと思っていたし、今朝の自分は昨日の失敗で落ち込んで、今日はもう何もしたくないと思っていた。


(実際、ユリウスと仲良くなったわけじゃねーし、ゾフィーに謝れたわけじゃないけど……)


 自分はちゃんと明日もやっていける──と、そんな気持ちになっている。


(ローズさんとオリヴァーさんって、やっぱ大人なんだな)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ