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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【24】コイバナ


 ルキエが淹れ直したお茶を持ってきて机に置き、ついでにと先ほど持ってきたバスケットの蓋を開けた。

 バスケットの中身はパンやハム、チーズなどだ。ピクルスと豆のペーストもある。

 朝食を食べ損ねていたゾフィーは、思わず目を輝かせた。


「軽くつまめそうな物、貰ってきたわ。食べたきゃどうぞ」


「いただきまーす!」


 ゾフィーはパンを一つ掴んで、ムシャムシャ食べる。それからお茶を一口。今度はちゃんと美味しいお茶だ。


「美味しいぃ……ルキエ、ありがとぉ……」


「どういたしまして」


 ルキエの声は素っ気ないけど、怒っている声ではなかった。

 他の皆も、それぞれ好き勝手にお茶や菓子をつまんでいる。

 ゾフィーはパンを一つ食べ終えたところで、ポソポソと言った。


「みんなもありがとぉ……あの、昨日のあれだけどさ……」


「お家の話ですか?」


 エラが紅茶のカップを両手で包むように持って、おっとりと言う。

 ロスヴィータもクッキーを齧りながら言った。


「呪い殺すなんてしたくないから(、、)、〈楔の塔〉に来た。みたいなこと言ってたけど」


「そ、そう……」


 ゾフィーはブンブンと頷いた。

 シュヴァルツェンベルク家の呪いは、苦しめて殺すためにある。そうやって金を稼いで、細々と生きてきた家だ。

 だけど、〈楔の塔〉が求めているのは、呪い殺す力ではない。

 呪術の根源とも言える、深淵を操る能力なのだ。


「ここでお勤めすれば、シュヴァルツェンベルク家の仕事はしなくて良くて……だ、だから、志願したっていうか……そんなのずるいって、思ってる?」


 紅茶を飲んでいたルキエが、鼻を鳴らした。


「『そんなこと思ってないわ。辛かったのね』……とでも言ってほしいわけ?」


「言い方ぁ!」


「こういう言葉かけて欲しいんだろうな、っていうのが透けて見えすぎなのよ」


「なんだよぉ、慰めてくれるんじゃないのかよぉ!」


 ルキエは素知らぬ態度で、木製の筒と色糸を取り出した。

 どうやら、いつも休日にしている手芸を始めるつもりらしい。本当にお喋りに興味がないのだ。

 ゾフィーが歯軋りををしてギィィィと唸ると、ティアが真似をした。人の唸り声にハモるのはやめてほしい。

 ゾフィーが歯軋りをやめると、ルキエが木筒に色糸を引っ掛けながら言った。


「家業を押しつけられるのが嫌で、自分に最適な選択を選んだだけでしょ。逃走は選択の放棄じゃない。選択肢の一つだわ。何を卑屈になる必要があるのよ」


 ゾフィーはポカンとしながら、ルキエに言われた言葉を反芻する。

 これは肯定、してくれたのだろうか?


「もしかして、励ましてくれてる? えっ、ルキエが優しい……別人?」


「……私、部屋出ていっていい?」


「冗談だってばぁぁぁ!」


 ゾフィーがワァワァと騒いでいる間、セビルとロスヴィータが菓子を奪い合っていた。この二人は甘い物が好きらしい。

 ティアはポソポソと小さい口で菓子を食べ、エラはニコニコしながら紅茶を味わっている。

 セビルとロスヴィータの菓子の奪い合いをエラが仲裁したところで、ゾフィーは仕切り直すことにした。

 これは女子会。憧れの女子会なのだ。


「あのさぁ、女子会なら、もっと女子会らしい話しようよぉ」


 菓子を食べ終えたティアが、「ピヨ?」と鳴きながら首を左右にカックンカックンと振る。


「女子会って何するの? みんなで歌うの?」


「なんで歌うのさ。女子会って言ったらアレだよ、アレ」


 ニヒヒとゾフィーが笑うと、エラとロスヴィータがサラリと言った。


「あっ、魔術談義ですね!」


「まぁ、それしかないわよね」


 エラとロスヴィータが割と仲が良い理由を、ゾフィーは理解した。この二人、魔術馬鹿なのだ。

 ゾフィーは殊更お姉さんぶった態度で、ヤレヤレと首を横に振る。


「あ〜、ダメダメぇ、分かってないなぁ〜。ほら、女の子同士のお茶会だよ? セビルは分かるよね? お姫様はお茶会のプロだし」


「茶会か? 政治の話が殆どだな。特に兄がクーデターに遭った話は盛り上がるぞ」


 夢もへったくれもないどころか、話題が物騒だった。

 ゾフィーは自分の膝をバシバシ叩いて主張する。


「女子会って言ったらさぁ、コイバナじゃん! 恋の話!」


「私、パス。その手の話題、私に振ったら部屋を出てくわ」


 ルキエが色糸を編みながら言う。女子会の提案者とは思えない態度である。

 ゾフィーが不貞腐れていると、ティアがゾフィーの顔をじぃっと見て言った。


「ゾフィーは繁殖相手がほしいの?」


「表現が直接的すぎるだろぉ! 誰が気になってるとか、そういう感じでさぁ〜、ティアは気になる人いないの?」


 ニヤニヤ笑いながら、ゾフィーはティアの足を爪先でつつく。

 ティアは「いるよ!」と笑顔で頷く。


「討伐室のダマーさん!」


 えぇ……という声が複数箇所から聞こえた。無関心そうだったルキエですら、眉をひそめている。

 討伐室のダマーと言えば、ロスヴィータと衝突したとか、ティアが足に引っ掛けて空を飛んだとか、そのことで指導室に文句を言いにきたとか、あまり良い噂を聞かない人物だ。

 ロスヴィータが、信じられないと言いたげな顔でティアを凝視する。


「ちょっと、嘘でしょ? あいつ最低じゃない」


 ゾフィーも心配になったので、ティアの足をつつくのをやめて言う。


「ティアぁ……悪い男に騙されるなよぉ〜〜〜」


「騙されてないよ? ダマーさん、分かりやすいもん。あと、笑顔がとっても素敵!」


 ティアは男の趣味が悪すぎる。そもそも、歳の差が十歳以上あるではないか。下手をしたら二十歳近いのではないだろうか?


「ティアの将来が心配だよぉ……うぅっ。エラは?」


「私は、今は魔術のことで頭がいっぱいで、恋愛している余裕がないと言いますか……あっ、ゾフィーさんはどうなんですか?」


 流れるようにエラに話を振ったら、これまた流れるように打ち返されてしまった。

 とは言え、満更でもなかったので、ゾフィーは横髪をいじりながら唇を尖らせる。


「アタシぃ〜? まぁ、見習いではちょっと無いかなぁ〜っていうかぁ〜? レンは美少年だけどデリカシーないし、フィンは臆病だし、ゲラルトとオリヴァーは何考えてるか分からないし、ローズはモジャモジャだしぃ〜?」


「ピロロ……モジャモジャ、素敵なのに……」


 どうやらティアとは男の趣味が合わないらしい。

 だが、そのことをゾフィーが突っ込むより早く、ロスヴィータがボソリと言った。


「まぁ、見習いの男に興味はないけど、フィンが臆病ってのは違うと思うわ」


 ゾフィーは驚いた。

 ロスヴィータが誰かを褒めるなんて思わなかったのだ。それも、あの一番小柄で、勉強も苦手で気弱なフィンを!


「あいつ、結構度胸あるわよ。臆病なんかじゃない」


「えっ、えっ、それって、気になるってこと? 気になるってこと? 詳しく詳しくぅ〜」


 ゾフィーがねちっこい声で言うと、ロスヴィータは半眼でゾフィーを睨んだ。


「だから、恋愛感情じゃないってば。恋愛なら、アタシはメビウス様一筋なの」


 メビウス様、の一言にゾフィーは「なんと」と目を丸くする。他の者も少なからず驚いていて、ティアだけが「誰?」とピロピロ鳴いている。

 セビルがティアに説明した。


「この〈楔の塔〉の首座塔主のことだ。〈白煙〉〈金の針〉〈水泡〉──三つの塔を統べる、最高責任者だな」


 メビウス首座塔主は〈楔の塔〉の最高責任者なだけあって、非常に優れた魔術師だ。

 シュヴァルツェンベルク家に挨拶に来たこともあり、ゾフィーは面識がある。

 スラリと引き締まった長身で、確かに格好良い。格好良いのだが……。


「……ヘーゲリヒ室長より年上じゃん」


 ロスヴィータとは三十歳ぐらい歳が離れている。

 ボソリと呟くゾフィーを、ロスヴィータがジロリと睨んだ。


「あんた、さっきからケチつけてばかりね。そういう自分はどうなのよ」


「アタシは、ほらぁ……王子様みたいな人が良いっていうかぁ? 隣の国では、王子様の呪いを呪術師が解いたんだって。ねっねっ、その場にいたのがアタシだったら、王子様に求婚されてたとかもアリじゃない?」


 呪われていた悲劇の王子様──きっと金髪碧眼の素敵な王子様だ──は、呪いを解いたゾフィーにうっとりするような顔で微笑みかけ、こう言うのだ。


『ありがとう、ゾフィー。愛しい人。どうか私と結婚してくれないか』


「なんちゃって、なんちゃって、キャー! キャー!」


 ゾフィーが頬に手を当てて、足をバタバタさせていると、軽食をモリモリ食べていたセビルが何かに気づいたような顔をする。


「……うん? ゾフィーは呪うだけでなく、呪いを解くこともできるのか?」


「まぁ、そりゃ。呪術師だしぃ〜」


 そもそも呪いという現象自体、現代ではそうそうあることではないのだが、一応できることにはできる。ゾフィーはそういう訓練を受けているのだ。

 ゾフィーの返事に、セビルは思案顔で唇を曲げる。


「やはり、シュヴァルツェンベルク家を追い出した皇帝は愚かだな。貴重な解呪の手段を自ら手放したのだから」


「……えーとさぁ、セビルがそれ言っちゃって大丈夫ぅ?」


 自分の味方をしてくれるのは嬉しい。

 だけど、シュヴァルツェンベルク家を追い出した皇帝は、セビルの先祖に当たるのだ。

 実のところ、そういう事情もあって、ゾフィーはセビルに苦手意識を持っていたのである。

 だが、セビルの態度はあっさりしたものだった。


「真実だろう。当時の皇帝は、よほど教会におもねりたかったのだろうな。愚かしい」


「……セビルは、王子様と結婚したいと思わないのぉ?」


 この中で、一番王子様とお近づきになるチャンスがあるのが、他でもないセビルだ。実際、セビルの姉姫は隣国の第一王子に嫁ぐことが決まっている。

 塊のハムをナイフでザクザク切って食べていたセビルは、紅茶を一口飲んで口を開いた。


「そうだな、では、ゾフィーの言う女子会の流儀に則り、わたくしのコイバナとやらを聞かせてやろう」


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