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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【22】モニョモニョ、チョメチョメ、ヤバーでグチャーでアレがアレ(精一杯のマイルドな表現)


 真紅の獅子がレンとローズを押し倒して、首周りの毛をグリグリ押しつけている。

 楽しそうだ。自分もまぜてもらって良いだろうか、とティアはソワソワした。

 あの真紅の獅子のモフモフした毛並みに顔を埋めたい──のではなく、自分もグリグリする側になりたいのだ。親愛表現でもあるし、単純に楽しい気持ちになる。


「あ、これ、結構気持ちいいな!」


 真紅の獅子に毛並みを押しつけられたローズは楽しそうだ。

 だが、ほぼ毛並みに埋もれている小柄なレンは、うぷっ、わふっ、と苦しげな悲鳴をあげた。


「いや、ちょっ、力強い、強い強い……うぺっ、口に毛が入るっ……おいこらユリウスっ! お前の契約精霊なんだろっ、なんとかしろよー!!」


「ククッ…………アグニオール、戻れ」


「はーい!」


 真紅の獅子はのっしのっしと太い足を動かし、机や椅子を蹴散らしながら歩いて、ユリウスの後ろに座る。

 改めて見ると立派な体躯の獅子だ。人を二、三人は乗せられそうなぐらい大きい。

 アグニオールをまじまじと眺めて、ティアはこっそり考える。


(あれ、すごく強い精霊だ)


 人の姿をとれる精霊を上位精霊と呼ぶが、この上位精霊、あまり力が強くない者もいれば、出鱈目に強い者もいる。

 アグニオールは後者だ。多分、上位種の魔物に匹敵するぐらい強い。

 アグニオールの奔放さに無表情になっていたユリウスは、いつもの不敵な笑いを取り戻し、クツクツ笑いながら言った。


「アグニオールは力の強い精霊でな……加減ができない」


「火加減! できますよ! できますよ! 生焼けか黒焦げか、お好きな方をどうぞ!」


「……ククッ。味方を巻き添えにしても良いなら、戦力として数えるがいい」


 これは、ユリウスの実力不足とは言えない。精霊の力の制御なんて、人間にできるようなことではないのだ。

 エラが納得顔で、傾いた眼鏡を直した。


「ユリウス君が、上位精霊の力を気軽に使えないのは分かりました」


 そう呟くエラは、好奇心に満ちた目でアグニオールを見ていた。最近は上位精霊自体なかなかお目にかかれないから、珍しいのだろう。

 その横では、ロスヴィータが複雑そうな顔をしている。


(そういえば、ロスヴィータは、精霊を使役するのがキライ……)


 ただ、今のロスヴィータは文句を飲み込み、無言を貫いている。精霊に興味津々のエラに、気を遣っているのだろう。

 そもそもアグニオールを見ていると、あまり使役という感じがしない。ハルピュイアと風霊のように、良い共存関係を築いているように見える。


「ユリウス君は、すごいですね」


 エラがポツリと呟く。

 思わずポロリと零れたみたいな一言に、ロスヴィータがいよいよ不貞腐れたような顔をした。エラがユリウスを褒めることが、面白くないらしい。

 ユリウスが小さく笑う。


「……ククッ、父から受け継いだ精霊だがな」


「そうですよ! ザームエル君が、息子を頼むって言ったんです! ユリウス坊ちゃん、わたしと契約したくて、いっぱい頑張ったんですよね! わたし見てましたよ、見てましたよ!」


「……アグニオール」


 ユリウスが低い声で呟き、指輪に触れる。

 すると、ユリウスにじゃれついていた真紅の獅子は溶けるように姿を消した。どうやら、ユリウスの手で強制封印されたらしい。

 ゾフィーが恐る恐るという口調で言う。


「いいのかよぉ……契約精霊の強制封印って、精霊の信頼を損ねるんじゃ……」


「ククッ、話が進まないからな」


 ティアは気づいた。今の強制封印で、明らかにユリウスが疲れている。

 力の強い精霊を無理矢理、契約石に戻す行為は、それなりに消費するのだ。契約精霊というのも、それなりに不便な点があるらしい。

 一同は、アグニオールが蹴散らした椅子や机を元に戻すと、再び円陣になって座り直す。


「えーと、それじゃあ、仕切り直しなわけだけど」


 こういう微妙な空気になった時、場を仕切り直してくれるのがレンだ。

 レンは中断した会議の流れをすぐに戻す。


「魔法戦のために、戦力の確認をしたいわけで……オレがもう一人確認したいのがさ、ゾフィーなんだ」


 指名されたゾフィーが「えっ」と顔を強張らせる。

 ゾフィー・シュヴァルツェンベルクは帝国でも数少ない呪術師の一人だ。

 その実力は未知数。そもそも呪術でどういうことができるのか自体、知っている者が少ない。ティアもそうだ。

 呪いという単語は知っている。歌詞で出てくることがある。

 呪いとは、負の感情で人を苦しめること。だがそれで、一体何ができると言うのだろう?

 まごつくゾフィーにレンが言う。


「ほら、ゾフィー前に話してたじゃん。この体に秘めた五つの呪いを操る、って」


「あー……うぅー……」


「どんなことができるのか、教えてくれよ」


「えー……それはぁー……」


 ゾフィーは露骨に目を逸らして口籠る。

 思えばティア達は、ゾフィーが魔術を使うところも、呪術を使うところも見たことがない。

 ゾフィーは授業の成績も悪くないし、魔力操作の訓練も得意だ。

 だけど、術と呼べるものを使ったことは一度もない。

 ゾフィーがモジモジしていると、いつも無口なゲラルトが珍しく口を開いた。


「……呪術は敵を苦しめる力と聞きます。どんなに些細な効果でも、使い方次第では敵を足止めできるので、共有できるならした方が良いと思います」


 ゲラルトの加勢に、レンがパッと表情を明るくした。


「良いこと言うじゃん、ゲラルト! そうそう、ちょっと腹が痛くなる呪いとかでも良いんだよ。使い方次第じゃ充分役に立つって!」


「そ、そういう呪いじゃないんだよぅ……」


「じゃあ、どんな呪いなんだよ?」


「シュ、シュヴァルツェンベルクの呪いはぁ……」


「シュヴァルツェンベルクの呪いは?」


 レンが聞き返すと、ゾフィーは頭を抱えたまま、ボソボソと言う。


「て、敵をモニョモニョして殺す呪いと……チョメチョメして殺す呪いと……」


 モニョモニョとチョメチョメは分からないが、とりあえず殺すらしい。

 閉口する一同の前で、ゾフィーは続ける。


「全身がヤバーって感じで殺す呪いと、グチャーって殺す呪いと……」


(モニョモニョ、チョメチョメ、ヤバーでグチャー……)


 ティアには何も分からなかった。

 周りの反応を見るに、多分、誰も分かっていないのだ。


「あとはぁ……アレがアレな感じで殺す呪い……」


「全殺しだな」


 セビルが率直かつ物騒な感想を口にする。

 つまりゾフィーが使える五つの呪いは全て、人を殺すためのものであるらしい。

 なるほど! とティアが納得していると、ゾフィーが自分の膝をバンバン叩きながら叫んだ。


「だからぁ、シュヴァルツェンベルクの呪いは『苦しめて殺す呪い』なんだよぉっ、それしかできないのっ!」


 ゾフィーのピンク色の目が、ギョロギョロと左右に動く。

 あれは怖がってる生き物の動作だ。ゾフィーは怖がっている。周囲の視線を。


「ひ、人殺し一族って思ったろ。アタシだって、こんな家に生まれたくて生まれたわけじゃないっ! 呪術師になんて、なりたかったわけじゃないっ!」


 ゾフィーの態度に面食らったレンが、何かを言おうとした。だが、ゾフィーは何も聞きたくないとばかりに両手で耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じる。

 そうして椅子の上で体を丸めて、嗚咽まじりの声で叫んだ。


「アタシだって、普通の女の子になりたかったもん! 誰かを呪い殺すなんて、やりたくないもんっ! だから、〈楔の塔〉に来たのに……っ、なんだよぉ……そんな目で見るなよぉ……!!」


 ゾフィーはとっくに目を瞑っているくせに、「そんな目で見るな」と言う。

 それはきっと、ゾフィーがずっとずっと、そういう目で見られてきたからだ。

 自分に向けられる誰かの目が、忘れられないからだ。



 ゾフィーはワァワァと泣き出してしまい、とても話し合いなどできる空気ではない。

 結局その日の会議は、それ以上の進展はないまま、お開きとなってしまった。


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