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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【18】生きる時間、十年の重み

「ピロロロロ……ルキエに、作って欲しい物……」


 頭を左右に振って考えてみるが、すぐには思いつかない。そもそもティアは、道具に馴染みの薄いハルピュイアなのだ。

 そこに、すかさずセビルが挙手した。


「ならば、わたくしから提案だ。ティアとオリヴァーの合体飛行をより安定させるために……」


 合体飛行を安定させる道具を、早速セビルは思いついたらしい。

 流石セビル。セビルはすごい。とティアは尊敬の目を向ける。

 セビルは力強く宣言した。


「おんぶ紐の導入を提案する!」


「なるほど、合理的だ」


「そりゃ合理的だけど、絵面がさぁ……!!」


 オリヴァーが感心したように頷き、レンが悲痛な声でツッコミを入れる。

 そんな中、ティアは一人困惑していた。おんぶ紐なる物がよく分からなかったのだ。

 翼で飛ぶハルピュイアは、他者をおんぶすることはない。仲間を運ぶなら、足で掴む。


「ピロロロ……おんぶ、紐?」


「なるほど、こういう感じね」


 ルキエが素早くペンを走らせた。

 ルキエの手元の紙には、おんぶをしているオリヴァーと、おんぶされているティアの絵が描かれている。その二人の胴体をベルトが繋いでいた。

 ルキエが絵を見せながら、テキパキと説明する。


「ティアの下半身を布で覆うようにして、その布にベルトをつけるのよ。そのベルトをオリヴァーの体に……肩と腰に固定することでおんぶが安定するわ。なにより、これならオリヴァーが両手を使える」


「ピヨッ! すごい! セビルもルキエも頭がいい!」


「ただ、あんたは飛行用魔導具を背負わないといけないから……先におんぶ紐をして、上から飛行用魔導具を背負う感じになるわ。あと、ベルトの着脱にはそれなりに手間がいる」


 ルキエは簡潔に、おんぶ紐を導入することで考えられることを挙げていく。

 メリットはおんぶが安定すること。オリヴァーが両手を使えること。

 デメリットは着脱に時間がかかること。そして、ティアの体が固定されるので、飛行のためのバランスを取りづらくなることだ。

 このデメリットがかなり厳しい、とティアは思う。


「わたしとオリヴァーさんが、パッと離れられないの、ちょっと困る……」


「うむ。ティアが途中で俺を切り離し、着地しながら槍で攻撃することも視野に入れていたからな」


 その場合、錘を失ったティアの飛行が安定しなくなるので、徐々に飛行の速度を落として調整……というところまで考えていたのだ。


「あとね、なんか……体をベルトで固定されるの、すごく…………苦手」


 本音は「気持ち悪い」なのだが、ルキエの視線を考慮しての「苦手」発言である。

 これは、初めて服を着て靴を履いた時の気持ち悪さと同じだ。

 頑張れば慣れるかもしれないが、ティアは既に飛行用魔導具を体に固定するためのベルトでも、かなり我慢しているのである。

 ティアがペフヴゥ……と唸っていると、オリヴァーがルキエに言った。


「仮におんぶ紐があったとしても、やはりティアを背負ったままで槍を振るうのは難しい。ひとまず、おんぶ紐案は保留にしてもらって良いだろうか?」


「分かった。必要なら早めに言って」


「うむ。まずは、飛行用魔導具の調整を優先してくれ」


 おんぶ紐は保留。飛行用魔導具で操れる風や、翼の広げ具合の段階調節が最優先。

 ──と、そこまで決まったところで、再びセビルが挙手をする。


「もう一つ、わたくしに作ってもらいたい物がある」


 セビルは上着のポケットから分厚い革の手袋を取り出して装着し、それから腰に下げている曲刀を抜いた。

 ティアは気づく。なんだか、セビルの曲刀が以前と違う気がするのだ。本当に僅かだが魔力を帯びている。


「ピヨ……セビル、曲刀に何かしたの?」


「魔法剣に耐えられるようにしてもらったのだが……難点があってな。まぁ、見ていろ」


 セビルが詠唱をすると、曲刀が白っぽく輝き始めた。氷の魔力が剣を覆っているのだ。

 魔法戦は物理攻撃が無効となるが、剣に魔力付与した魔法剣なら攻撃が通る。

 しかも、闇雲に広範囲に攻撃魔術を放つより、魔力密度の高い攻撃ができるのだ。


 ──が、すぐにティアはこれは駄目だと気がついた。


 剣を覆う冷気が、曲刀の柄の部分に達してしまっているのだ。

 セビルは革手袋に氷の膜が張ったところで、魔法剣を解除した。


「この通り、わたくしの魔法剣はまだ安定していない。柄の部分まで冷気が下りてきてしまうのだ」


 しばらくは革手袋でしのげるが、もう少し長く使っていると、手が凍りついてしまうらしい。

 それは確かに、実戦では使えない。

 カペル老人がセビルに近づき、曲刀をまじまじと眺める。


「あー、そりゃ、魔法剣使いにはよくあるやつだな。刀身だけに魔力付与をとどめとくのは、案外難しいんだ。こういうのは鍔の辺りに細工をしてやれば、冷気をとどめることができるが……金がかかるぞ?」


 そう言ってカペルは、ゲヒヒヒヒと笑った。

 人間の欲を煮詰めた、とっても素敵な下卑た笑みだ。


「わたくしは、手持ちはそれほど多くないのだ。請求は家にツケておいてもらおう」


「カーッ! それができたら、苦労はせんわい」


 ぺっぺっと唾を吐くカペル老人に、バレットが「まぁまぁ」と取りなすように口を挟む。


「実際、この手の加工は材料集めが大変なんだよ。特殊な加工をした宝石だの、火竜の鱗だの、簡単に手に入るもんじゃないでしょ。下手したら、材料の取り寄せだけで一年近くかかっちまう」


〈楔の塔〉は帝国の東端にある自治区にある。大半の物資は近くの町や村を経由し入手しているので、時間がかかってしまうらしい。

 どうしても急ぎの物がある時は、財務室の対外交渉班が動くというが、流石に見習いの魔法戦のために動いてもらうのは無理だろう。


「あー……えっと、あのさぁ……」


 ボソボソと気まずそうに言ったのはレンだ。

 レンはポケットに右手を入れて、カペルに訊ねる。


「魔導具の材料って……使い回しはできる?」


「物によるな。例えば竜の鱗なら、生きたまま剥いだ物なら使い回せるが、死骸から剥いだ物は無理だ」


「……これって、まだ使えるかな」


 そう言ってレンがポケットから取り出した物を見て、ティアは目を丸くした。



 * * *



 管理室のカペル達に曲刀と、それを強化するための素材を託したところで、ヒュッター教室の三人──ティア、レン、セビルは庭園の辺りに移動した。

 行き先は別にどこでも良かったのだが、なるべく人に話を聞かれない場所が望ましかったのだ。

 少し歩いて人の姿が見えなくなったところで、セビルが口を開く。


「よもや、わたくしのブローチをお前が回収していたとは思わなかったぞ、レン」


 魔導具の素材になる物、と言われてレンがポケットから取り出したのは赤い欠片で、それを見た瞬間、カペル室長は目の色を変えた。

 最高級の火竜の鱗。

 それは上位種の魔物であるジャックに追い詰められた時、ティアがハルピュイアの姿で魔力を込めて、暴走させ爆破した、あのブローチに使われていた物だ。

 てっきり粉々になったと思っていたのだが、レンが回収していたらしい。


「黙ってて悪かったよ……うー……」


 レンは気まずそうに唇をグニグニ動かし、口ごもりながら言った。


「あのブローチ、セビルは気に入ってたんだろ? でも、オレが考えた作戦でぶっ壊しちゃったからさ……管理室の人と仲良くなって、綺麗に直してもらってから返そうって思ってて……」


(レンはとっても人間だ)


 ティアは密かに感心した。

 ちゃんと、道具を大事にする気持ちを分かっている。エラに教えてもらうまで気づかなかったティアとは大違いだ。

 セビルは少し驚いた顔をしていたが、クシャリと顔を緩めて笑い、レンの頭をワシワシ撫でた。


()いやつめ!」


「あ、やめろって、髪がグシャグシャになるだろ! 奇跡の美少年はお触り禁止!」


 あの火竜の鱗を再加工して、セビルの曲刀のツバに取り付ければ、氷の魔力が柄に回るのを防ぐことができるらしい。

 その加工は、ルキエがカペル室長に教わりながら取り組んでくれるという。

 これでセビルは安心して氷の魔法剣を使える──問題を一つクリアしたのだ。

 見習い魔術師達は、攻撃手段を持つ者が少ない。だからこそ、セビルが魔法剣を使えるか否かは、勝敗に大きく関わってくる。

 じゃれ合うレンとセビルを見て、ティアはなんだか嬉しくなって、喉をペフペフ鳴らした。

 レンは一度髪紐を解き、セビルの手でグシャグシャにされた金髪を手櫛で直す。そうして手際良く髪を結び直しながら言った。


「そういやさ、ティアとオリヴァーさんの合体飛行だけど、あれって、オリヴァーさんの飛行魔術で高さを、ティアの飛行用魔導具で推進力を補ってるんだよな?」


「えっと……そんな感じ?」


「じゃあ、ティアが飛行魔術でひとまず高く飛べるようになれば、いつか一人でも飛べるんじゃね?」


 レンの言うことは理に適っている。

 そもそもティアが飛行用魔導具に頼ったのは、ティアの魔力放出が下手で、飛行魔術を使ったら高く吹っ飛ぶ可能性がある、と指摘されたからだ。

 今はオリヴァーに頼っている高さを出すための飛行魔術をティアが習得すれば、飛行用魔導具との合わせ技で、一人でも飛べる……が。


「……レン」


 ティアはペフヴヴヴ……と低く喉を鳴らし、真顔でレンに詰め寄った。


「飛行魔術、簡単じゃない。全然簡単じゃない。すごく、すごく難しい」


 まず、そもそもの大前提として、魔術は決して簡単なものではないのだ。

 基礎構文で苦戦しているティアが、簡単に習得できるものではない。

 飛行魔術は比較的魔術式が簡単と言われているが、それでもティアには全然簡単ではないし、なにより飛行魔術は繊細な魔力操作能力が問われる。

 飛行魔術と飛行用魔導具の二つを同時使用するには、頭をもう一つ生やさないと無理だ。

 ティアの剣幕に、レンが「お、おぅ」とたじろぐ。

 セビルがしみじみとした口調で言った。


「オリヴァーも、高く飛ぶだけで十年をかけたのだ。そう一朝一夕にはいくまい」


「でも、今から練習すれば、十年後には飛べるようになるかもじゃん。飛行用魔導具の技術だって、十年もすればだいぶ変わるぜ?」


 ティアはピロロ……と喉を鳴らした。

 空を自由に飛ぶのに十年。それでは駄目なのだ。


「駄目だよ、レン。わたし、そんなに長く生きられないもん」


「え」


「ハルピュイアの寿命って、人間の年齢でいうと、二十歳とちょっとぐらいだから」


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