【17】怒りを行動力に変え
第三の塔〈水泡〉の前で、ティアは飛行用魔導具を背負い、オリヴァーにおんぶしてもらう。
それを見守るのは、管理室のカペル室長とバレット。そして見習い魔術師のレンとセビル、そしてルキエだ。
ルキエだけは手元に紙と筆記具を用意し、飛行用魔導具や、ティアとオリヴァーの姿をスケッチしている。
「ピヨップ! それじゃあ、始めるね! オリヴァーさん、お願い!」
「うむ、ゆくぞ!」
オリヴァーが詠唱をし、飛行魔術を発動する。彼の飛行魔術はほぼ真上に高く飛び上がるだけのものだ。
オリヴァーの体が、塔の高さを超えたところで、ティアはレバーを操作する。
ティアの背中で、折り畳まれていた金属の翼が大きく広がる。
「飛行用魔導具展開! ペフッ、飛ばすね!」
飛行用魔導具が風を起こす。推進力が生まれ、金属の翼が風を捉えた。
二人の体は風にのり、〈楔の塔〉上空を大きく旋回する。
気持ち良い。楽しい。思いきり歌いたい気分だけれど、まだこの飛び方も安定しているわけではないのだ。
飛行用魔導具は推進力が強すぎて、小柄なティアは体が回転してしまいそうになる。それを、オリヴァーを錘にすることでバランスを取っているのだ。
更に高度が落ちてきたら、オリヴァーの飛行魔術で浮上するのだが、飛行魔術と飛行用魔導具の使い分けのタイミングが非常に難しい。
それらの微調整を、ティアは風を読んで、僅かな体の傾きで調整している。
空を飛ぶことに長けたハルピュイアのティアだからこそできる技術だ。
やがて二人は徐々に高度を下げ、地面に着地する。
ティアが金属の羽を折りたたむと、駆け寄ってきたレンがはしゃいだような声をあげた。
「すっ、げぇーーー! すげぇじゃん、ティア! めちゃくちゃ飛んでるじゃん!」
「ペフフフフ、うん、飛んだの。わたし、飛んだんだよ! オリヴァーさんと飛行用魔導具のおかげ!」
ティアは両手を体の横でパタパタと動かす。喜びの表出だ。
そんな中、管理室のカペル室長は、嬉しさ半分、悔しさ半分の複雑そうな表情をしていた。
「ぐぅ……道具の不足部分を他の魔術と技術で補う……方法として正しいが、こちらに不足があるのが気に食わん」
「つまり、負けず嫌いなんすよねぇ……」
バレットの呟きに、カペルはフンと鼻を鳴らした。
「まずは、出力をもっと微調整できるようにする必要があるな。正直、ワシが思っていた以上に、このチビは風を読む」
レンがはしゃぎ、カペルとバレットが話し合うその横で、セビルはルキエのスケッチを見て、何か考え込んでいた。
褒められ待ちのティアがペタペタとセビルに近づくと、ティアの視線に気づいたセビルが微笑みながら言う。
「ティア。一歩、前進だな。褒めてつかわす!」
「うん!」
セビルがティアの頭をワシワシ撫でる。それが気持ち良くて、ティアはペフフフフと喉を鳴らした。
「その上で、魔法戦に向けての運用方法を考えるぞ。現時点だとお前達の合体飛行は、次の魔法戦では運用が難しいのだ」
「ぺうっ!?」
「むぅっ!?」
ティアとオリヴァーが揃えて声をあげる。
セビルはいつも以上にキリリとした顔をしていた。これは、戦い方について考えている時の顔だ。
「問題点その一。オリヴァーが武器を持てない」
もっともな指摘だった。
オリヴァーがティアをおんぶする合体飛行は、オリヴァーの手が塞がるし、ティアも飛行用魔導具の調整に精一杯で、剣だの槍だのを振り回す余裕がない。
だが、その問題の解決方法をオリヴァーは既に考えていたらしい。
「それならば、俺に考えがある」
オリヴァーは腕組みをし、大人の余裕を漂わせて言った。
「槍を口に咥えられるよう、顎を鍛えるのだ」
「駄目だ、この人……ほっとくと努力の方向性を間違える天才だ……」
レンが天を仰いでボヤいたが、ティアにはそれほど悪くないアイデアに思えた。手が使えないなら別の部位を使えばいいのだ。
空を飛ぶのに翼を、歌を歌うのに口を使うハルピュイアは、基本的に足の鉤爪を武器にする。
(わたしが裸足になって、足で槍を持つとか……でも、武器を使うの慣れてないから、難しいかも)
何より、長い棒をぶら下げると、飛行時のバランスの取り方が大きく変わってしまうのだ。
槍を持って、あれだけ小回りの効く飛び方をするフレデリクは、かなりすごいとティアは思っている。
(確か、魔法戦は魔力を帯びた攻撃にしないといけないんだっけ……そうすると、ただ槍を持って突撃じゃ駄目なんだ)
魔法戦の最中、ただ飛び回っているわけにもいかない。魔法戦に適した攻撃手段を用意しないといけないのだ。
ハルピュイアの姿に戻れば、歌が使える。あれは魔力を帯びた歌声だから、多分通用するだろう──が、流石に魔法戦の最中にこっそり元の姿に戻るわけにもいかない。
更にセビルが指を二本立てて、次の問題点を挙げる。
「問題点その二。魔法戦の結界は、高さに制限があるのだ。更に会場は森……ともなると、今の二人の飛び方では、木に衝突して落ちてしまう」
「ペフヴゥゥゥ……」
これはティアも危惧していたことだ。
現状の合体飛行は、高所で発動することが前提、かつ小回りが利かない。高くて広い空を飛び回る分には良いが、次の魔法戦の会場は森の中。
セビルが言うには、魔法戦用の結界は、半球体型の透明な蓋を被せるようなものらしい。つまり、あまり高く飛びすぎると、この蓋に衝突する。
かと言ってあまり低く飛ぶと、今度は木に衝突してしまう。
森という舞台は、飛行魔術使いに対して、単純に不利なのだ。
(それでも、フレデリクさんは、きっと自由に飛べる)
フレデリクの背中に乗せてもらった時のことを思い出す。
『しっかり掴まって、目を開けていて』
『ピヨ?』
『情報収集するんでしょう? 目を閉じたら勿体無いよ』
そう言って、フレデリクは地面ギリギリの低空飛行をし、狭い木々の間を高速でスルリと通り抜けてみせた。
きっとフレデリクは、次の魔法戦の会場が飛行魔術使いには不利な森であることを知っていたのだろう。
その上で、ティアにあの高速飛行を見せて、教えてくれたのだ。
自分は魔法戦の会場が森でも、変わらず飛行魔術を使うぞ、と。
(やっぱり、わたし、情報もらいすぎてるよ。フレデリクさん)
それだけ、フレデリクは飛行魔術に自信があるのだ。
フレデリクの飛行魔術は速度、小回り、持続時間、全てにおいて抜きん出ていて、更に槍に魔力付与した攻撃もできる。
一方ティアは、オリヴァーと協力して、ようやく空に舞い戻ったばかりなのだ。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
ペンを動かす手を止めて、ルキエが言う。
彼女は合体飛行のお披露目をしている間もずっと、ペンを動かし続けていたのだ。
ルキエはカペル室長をチラリと見て、少し改まった態度で言う。
「飛行中、ティアが体を傾けてバランスを取っているのが気になりました。羽の角度を変えるために体を捻ると、どうしても不安定になります」
「ピヨッ……!」
ティアは驚きの鳴き声をあげた。
ルキエの言う通り、合体飛行の最中、ティアは体を傾けるという力技で羽の角度を調整をしていた。だが、ハルピュイアの時は、羽の傾きで調整する。
ルキエは手元の紙を、皆にも見えるように持ち上げた。
そこには、空を飛んでいるティアとオリヴァーの姿が、簡略化していくつも描かれている。主に飛行中の体の角度を描き写したものだ。
それを一つずつ指差しながら、ルキエは続ける。
「出力だけでなく、羽の角度も微調整できるようにした方が安定すると思います。あとは翼の開閉度合いも、段階的に調節できれば、狭いところでも対応がしやすくなるかと」
「ふむ。風を掴むのに精一杯で、そんな微調整なんぞできんと思っていたが……このチビなら、できるやもしれんな」
カペルの呟きに、バレットもうんうんと頷く。
「実際、かなり筋が良いですよ、この子。風を読む才能なら、俺以上かも」
「ペフフゥ」
空を上手に飛べることを褒められると、嬉しい。そう、とても嬉しいのだ。
飛べなくなって初めて、それを自覚した。
ハルピュイア達は当たり前に飛んでいるから、空を飛ぶのがすごいだなんて、互いに褒めたりしないし、すごいこととも思わない。褒められるのは初めて飛んだ子どもの時ぐらいだ。
「えっとね、翼の角度とか開き具合とか、細かく調節できたら、もっと上手に飛べると思う……けど、そんなことできるの?」
訊いてから、もしかしてこの質問はルキエを怒らせるかな、とティアは思った。
できないと思っているの! 私を馬鹿にしてるわけ? ──といった具合に。
だが、ルキエは怒っていない。口の端を歪めるみたいに、小さく小さく笑っている。
悔しさと、もどかしさと、だけど何かに挑もうとする気持ちと──そういう色んな感情が複雑に混じった笑みだった。
「この魔法戦のために、私、秘密兵器を作るらしいわよ」
そう言ってルキエは何故か、レンを見る。レンはぎこちなく目を泳がせていた。
「……ピヨ? ひみつへーき?」
「具体的に何を作るかは決まってないけど、『作る』ことに関しては、率先して携わるから、欲しい物があったら言って頂戴。できることは全てするわ」
ティアは気づいた。
ルキエは怒っているのだ。それが何に対してかは分からないけれど、ティアが空を飛ぶことが大事なように、ルキエにとって大事な何かにかかわることで、怒っている。
その上で、その怒りをメラメラと燃やして、行動力に変えようとしているのだ。
そういう生き物はすごく強い。だから絶対ルキエも強い生き物だとティアは思った。




