【15】〈煙狐〉の手帳
見習いの代表者がエラ・フランクに決まった。ついでにレンが補佐になるという。
その報告を共通授業の前に聞いたヒュッターは、(知ってる〜)という内心を隠し、「意外な結果でしたね」とヘーゲリヒに真顔で言った。
(一週間も猶予をやれば、近代派と古典派で派閥が分かれるもんだと思ってたが……)
昨日、壁にコップを当てて聞いていたやりとりを思い出し、ヒュッターは肩を震わせる。
見習い達の話し合いは、案の定混迷していた。
この調子で拗れてくれた方がそれぞれの本音を聞けて良い。いいぞ、もっと拗れろ若者どもよ……なんて考えたりもしていたのだが、話し合いに飽きたティアが歌い出した辺りで風向きが変わった。
(多分、あの辺りでセビルとレンが気づいたんだな。自分達が揉めるように仕向けられてるって)
それを察して、ユリウスとロスヴィータも認めそうなエラをセビルは代表者に推したのだ。あれは良い人選だったな、とヒュッターは思っている。
エラは派閥争いに否定的で、魔術に関する知識がある。比較的年長者寄りで、周囲の人望も厚い。
何よりエラは自分に足りないものを理解し、他者を頼れる人間だ。
頭の回転が速くて口の上手いレンを補佐にしたのも良かった。
(優秀だなー、俺の生徒達)
ティアはそこまで考えていないのだろうけれど、あの独特のマイペースさは場の空気を緩めてくれるし、セビルやレンが頭に血が上った時、一度場を仕切り直して冷静にさせる効果がある。上手いこと噛み合った三人だ。
……なんてことを考えつつ、午後の個別授業の時間、ヒュッターは大きな鞄を抱えて、共通授業の教室に移動した。
昨日、代表者が決まったことで、見習い魔術師達はそれぞれ、討伐室との魔法戦に向けた準備を本格化させている。
ティアはオリヴァーと協力することで、飛行用魔導具を安定させる方法を模索しているらしい。
セビルはエラやユリウスと作戦立案をしつつ、魔法剣の訓練。
レンは情報収集と筆記魔術の勉強。
他の教室の者達も、それぞれができることをしている。
(やー、忙しいなー、見習い達ー)
共通授業の教室で、ヒュッターは教卓にもたれて手帳を開く。
手帳に書いてあるのは、それほど重要なことではない。
生徒の傾向や、将来的に進むと思われる部屋についてなど──仮に手帳を覗き見られても、生徒の記録をつけていると思われる程度の、当たり障りのない内容だ。
* * *
ジョン・ローズ
赤毛のモジャモジャ。デカい。
近代魔術をやりたいっぽい? 防御結界だけ使える。
※趣味で植物への魔力付与研究。管理室に出入りしている。
ユリウス・レーヴェニヒ
クックックって笑うやつ。近代魔術が得意。契約精霊は上位の炎霊。
※父親が〈楔の塔〉にいたっぽい。総務室希望?
ゲラルト・アンカー
黒髪で前髪長い無口な奴。目が悪くなるから前髪は切った方が良いと思う。
剣持ってるけど、使ってるところは見たことないから腕前は分からん。
※管理室の手伝いをしていることが多い。魔法剣に興味はない?
フィン・ノール
黒髪のチビっ子。最年少。木こりの息子らしい。
学力はティアと同程度。足が悪いがそこそこ力持ち。
※管理室と整備室の手伝いをよくしている。
オリヴァー・ランゲ
見習いで一番背が高い。槍使い。〈赤き雨〉ってなに? 先生怖いんだけど?
魔物狩りの一族の人間らしい。その辺、よく分からん。
※討伐室希望。兄が討伐室に所属。
レン・バイヤー(見習い代表補佐)
自称美少年。割と空気を読んで、気をつかう性格。
魔力量が一番少ないので要注意(レーム先生の指導済)
※筆記魔術に興味あり? →蔵書室か管理室
ゾフィー・シュヴァルツェンベルク
呪術師の家の人間。少し前まで祖父が〈楔の塔〉にいたが死亡。入れ替わりで〈楔の塔〉に来た。
※蔵書室によく出入りしている。祖父同様、蔵書室の所属になるか?
ルキエ・ゾルゲ
職人気質。人付き合いが嫌いなタイプ。もう少し丸くなれ。
※魔導具職人希望(特に彫金が好きっぽい)→管理室でほぼ確定。
ロスヴィータ・オーレンドルフ
古典魔術が得意。マントの中に枝がいっぱいぶら下がってた。なにあれ怖い。
※討伐室志望。母親も討伐室に所属していたが引退。
エラ・フランク(見習い代表)
魔法学校出身。古典と近代、両方に興味を持っている。多分、レーム先生と同じタイプの魔術馬鹿。
ロスヴィータやルキエみたいな、我の強い奴とも割と親しい。
※魔力操作に難有り→進路に不安あり?
ティア・フォーゲル
ピヨップって鳴く。飛行魔術を覚えたいらしい。鳥か。
特技は歌→歌が関係する魔術も勧める?(飛行魔術とは別なので様子見)
※現在は管理室で飛行用魔導具の訓練中。
アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィング
皇妹殿下で蛮剣姫。なんで来ちゃったの??
※魔法剣と精霊(の倒し方)に興味あり。現在は守護室で訓練中。
* * *
〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターもとい、三流詐欺師〈煙狐〉が黒獅子皇に命じられたのは、先帝と〈楔の塔〉で軋轢が生じた原因の調査だ。
……まぁつまりは、先帝が何をやらかして〈楔の塔〉を怒らせちゃったか、である。
(先帝との断絶の時期と重なるのが、当時、第一の塔〈白煙〉の塔主だったザームエル・レーヴェニヒ……ユリウスの父親の追放……)
黒獅子皇の部下であるハイディに調べて貰ったのだが、ザームエルは既に故人だ。〈楔の塔〉を追放されて少しした頃に病死したらしい。
ザームエル・レーヴェニヒは優秀で、魔法学校で教鞭をとっていたこともあり、魔術の特許で大儲けしたとか、魔法学校を牛耳っていたとか、黒い噂の尽きない人物だ。
そしてこれが重要なのだが、先帝と〈楔の塔〉の断絶は、ザームエルの追放と時期が重なっている。
この二つの事件は、何かしら関係があると見て間違いないだろう。
(恐らく息子のユリウスも、父親がなんで追放されたかは分かってないんだろうな……だから、それを調べるために〈楔の塔〉に来たんだ)
ユリウスの目的は〈煙狐〉と一致しているが、事情を明かしてまで協力する気はない。
三流詐欺師〈煙狐〉は基本的に、一人で行動する方が性に合っているのだ。
なにせ、少し前に仲間に裏切られて、黒獅子皇とご対面になったばかりである。
(ザームエル・レーヴェニヒと入れ替わりで塔主になった、あのおばちゃん……エーベル塔主は絶対に何か知っている)
〈楔の塔〉に来た初日に挨拶した、第一の塔〈白煙〉塔主エーベルは、温和で親切そうなご婦人だ。
だが、あの親切な笑顔にはきっと裏がある。
しばらくはユリウスを泳がせて、エーベル塔主を探らせるのが無難だろう。
(それともう一人、情報源になりそうなのが……)
〈煙狐〉は手帳に並ぶ、一人の少女の名に目を向ける。
ゾフィー・シュヴァルツェンベルク。
シュヴァルツェンベルク家の呪術師は、常に一人は〈楔の塔〉に在籍することになっているらしい。
ゾフィーの前に〈楔の塔〉にいたのは、ゾフィーの祖父だったという。
(これは勘だが、ゾフィーは〈楔の塔〉の暗部だの秘密だのには、まだ触れてない気がするんだよな。見習い期間中は、そういうのやらせないって感じがする)
いずれ〈楔の塔〉は、塔の暗部や秘密をゾフィーに触れさせるだろう。その秘密に、先帝とのいざこざが関わっているかもしれない。
帝国はかつて教会におもねり、呪術師を城から追放した過去がある。
(黒獅子皇は、使えるものは使うって性格だ…………なにせ、三流詐欺師の俺まで使ってるしな!)
その性格を踏まえて考えると、黒獅子皇は、呪術師という貴重な人材を手放したことを苦々しく思っているのではないだろうか。
数年前、隣のリディル王国で、呪われた王族を七賢人の呪術師が救った、なんて事例があったぐらいだ。
黒獅子皇が呪術師を手元に置きたいと思っているのなら、ゾフィーの存在は交渉材料としてかなり使える。
(しばらくは、ユリウスとゾフィーの動向に注意しとくか。指導室にも、ちょっと匂うやつがいるからな……)
指導室で目をつけている人間については、ハイディの調査待ちだ。こちらもまだ、挙動を見守るだけにとどめよう。
パタンと手帳を閉じたその時、少しだけ開けておいた教室後方のドアが勢いよく開いた。
ノッシノッシと入ってきたのは、顔に×印の傷がある大柄な男──先日、指導室に乗り込んできて「今年の新人は躾がなってない」と喚き散らしていった、討伐室のダマーという男だ。
「邪魔するぜ。〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッター」
そう言って、ダマーは嗜虐心を隠さない笑みを浮かべた。




