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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【11】職人の戦い、商人の戦い

 レンとゲラルトが管理室に入るのを躊躇っていると、背後から声をかける者がいた。


「ちょっといいか。中に入りたいんだが」


 レンの背後に立っているのは、四十歳ほどの黒髪の男と、二十代の金髪の青年の二人組だ。声をかけたのは年上の男の方である。

 年上の男はローブではなくスーツを着て、色ガラスを使った眼鏡をかけている。

 若い男は派手な柄の入ったシャツの上にローブを羽織るという、チグハグな格好をしていた。

 レンとゲラルトが道を譲ると、スーツを着た男がノックをして管理室の扉を開ける。

 部屋の中では、室長のカペル老人をはじめ、数人の魔導具職人達がそれぞれ作業をしていた。その中に、ターバンで金髪をまとめたルキエの姿もある。

 柄シャツの若い男と、スーツを着た年長の男が交互に言った。


「ちーっす、どもっす。財務室のヘルっす」


「同じく財務室のカウフマンだ。出荷する商品の進捗を確認に来た」


「げ」


 あまり芳しくない雰囲気の声を上げたのは、他でもない管理室室長のカペルである。

 カペル室長はそそくさと机の上に広げていた設計図を端に寄せた。その設計図を見て、柄シャツの若い男──ヘルが声をあげる。


「カウフマンさん、こいつらやべーっすよ。こっちが依頼してないモンばっか作ってますよ」


 カウフマンと名乗ったスーツの男も眉根を寄せた。


「どうやら、お楽しみ中のようだが……カペル室長、こちらが依頼した商品は間に合うんだろうな」


「あー、うっさいうっさい。言われんでも間に合わせるわい」


 カウフマンの小言に、カペル室長はシッシッと虫を追い払うような仕草をする。

 カウフマンは色付き眼鏡を指先で持ち上げ、淡々と言った。


「前回は納期を三日破られている。前々回は二日、前々々回は四日。ここ一年、平均して三日前後は遅れている」


「カウフマンさんは、納期の遅れを十年分覚えてるし、俺の遅刻した回数も全部覚えてるんだぜ。こいつはマジだぜ」


 カウフマンの背後で、ヘルが偉そうな顔をする。それは威張るところなのか、とレンは密かに呆れた。

 そんな財務室の二人に、管理室のカペル室長はハン! と鼻を鳴らす。

 その顔には、大変太々しい笑みが浮かんでいた。


「どうせお前らは、締め切りに余裕を持たせとるんだろ。なら、あと一週間は遅れても余裕だな!」


(うわ……)


 レンは大商人の息子である。そのためかは分からないが、思考が職人よりも商人に寄っているらしい。

 つまり、「あのジイさん、なんつー言い草だよ」である。腕が良くて締め切りを守らない職人は商人泣かせなのだ。

 悪びれる様子のないカペル室長に、カウフマンが低い声で告げる。


「次に遅れた場合、そちらに卸す材料に制限をかけることになる」


「うげっ」


「この状況が続けば、この先、管理室の予算削減もあり得るだろう」


「こいつはマジだぜ。アイゲン室長も言ってたからな」


 淡々と告げるカウフマンの背後で、柄シャツのヘルが「ヤバいぜ、マジだぜ」と繰り返す。

 カペル室長は太い眉をしかめて「ぐぬぬぬぬ」と唸っていたが、すぐにその顔に愛想笑いを貼りつけた。

 そうして、いかにも若者を諭す年長者のような口調で言う。


「いいか、カウフマン。物を作るのがワシら管理室の仕事。金を作るのがお前ら財務室の仕事だ」


「金は無からは生まれない。金を作るための商品を見せてもらおうか」


〈楔の塔〉は帝国自治区にある組織で、皇帝からの支援を受けていない。

 主な収入源は、自治区内にある有力者からの支援、魔術師組合から受けた依頼の報酬、そして管理室で作成した魔導具の売り上げだ。

 財務室は管理室で作った魔導具を商品として、卸す役割もしているらしい。

 カペル室長は舌打ちをし、室内にいる職人達に向かって怒鳴った。


「おい、誰か売れそうなモン持ってこい!」


 管理室の職人達はこの手のやりとりに慣れっこなのか、はいはい……と言わんばかりの顔で、それぞれの作品を持ってくる。

 持ち寄られたのは装飾品が多いが、中には武器や衣類もあった。衣類にも魔力付与した金糸銀糸の刺繍を施すことで、魔導具と同じ効果をもたらすことができるらしい。

 部屋に入らず扉の陰から見ていたレンは、思わず声をあげた。


「すっげ……あれ全部魔導具だとしたら、結構な額になるぜ」


「……そうなんですか? えぇと、馬を買えるぐらいに?」


 ゲラルトは驚いたような顔をしていた。どうやら彼は魔導具に馴染みがないらしい。

 レンは少し物知りぶって返した。


「馬どころか、魔導具は物によっちゃ家だって買えるんだぜ。流石にそこまで鑑定はできないけどさ」


「そ、そんなに……」


 ゲラルトが長い前髪の下で、机の上の魔導具を凝視する。

 最近気づいたが、ゲラルトはあまり裕福とは言えない環境で育ったように見える。やけに食い意地が張っているし、高価な物を見るとギョッとした様子で遠ざかるのだ。

 その時、カウフマンが机の上からブレスレットを手に取った。あれは、ルキエが机にのせたものだ。


「これはお前が作った物か?」


「はい」


 頷くルキエの顔と、手元のブレスレットをカウフマンは交互に見る。

 そしてボソリと呟いた。


「ふむ……悪くない」


 その呟きに、ルキエの唇の端が僅かに持ち上がる。

 自分が作った物が認められたのだ。嬉しいに決まっている。


(ルキエが笑うとこ、初めて見たかも……)


 ルキエはとっつきづらい性格だが美人だ。少し微笑むだけで、「おっ」と目を惹く可愛らしさがある。

 カウフマンはブレスレットを手にしたまま、カペル室長に言った。


「カペル室長。彼女を一週間貸してくれ。売り子をさせる。この美人職人が作ったという触れ込みにすれば、各商品にいくらか上乗せできるだろう」


 ルキエの笑顔が強張った。

 ターバンの下で、細い眉毛がキリキリと吊り上がり、カウフマンを睨みつける。


「お断りします。私は、そんな売り方をするつもりは……」


「分かっていないな」


 ルキエの反発をカウフマンは冷めた顔で聞き流し、手にした腕輪を軽く掲げる。


「この商品に、材料費以上の価値はない。だからこそ、凡作には付加価値をつけて売るんだ」


 あまりにも残酷な言葉に、ルキエの顔からさぁっと血の気が引く。

 カウフマンは色眼鏡を指先で持ち上げ、鋭い声で告げた。


「商品の売り方は俺が決める。素人は口を挟むな。不満があるなら売れる物を作れ」


(うわ、きっつ……)


 きつい言い方だと思うけれども、カウフマンの考え方は商人としては正しい。

「この世に一つしかない」「かの皇帝陛下も愛した逸品」「悲劇の天才職人の遺作」──そうやって言葉で飾って商品の価値を吊り上げるのは、商人なら当たり前のことだからだ。

 寧ろ、それをしないのは営業努力の放棄とも言える。


(……だけど、ルキエの気持ちも分かる)


 精魂込めて作った品物が凡作と叩かれ、自分の容姿で売り込めなどと言われたら、腹の一つも立つだろう。

 そんなの職人の腕を評価されず、容姿だけが取り柄と言われたようなものではないか。

 ルキエは怒鳴り返したりしなかったが、唇を噛んで、顔いっぱいに不満を張りつけている。

 そんなルキエの前で、カウフマンは己のスカーフを留めるブローチを外し、掲げてみせた。


「これは、数年前に中央で買った物だ。作ったのは、当時十五かそこらの無名の小娘だった。だが、俺は有り金をはたいてこれを買った。それだけの価値があると思ったからだ」


 それは宝石を使わず、金属だけで作られたブローチだが、非常に精緻な装飾が施されている。

 レンは思わずソロソロとカウフマンの背後に忍び寄って、ブローチを眺めた。


(すっげぇ……なんだあれ! 裏にも、めちゃくちゃ細かい装飾が入ってる!)


 パッと見ただけではそこまで派手ではないのだが、見れば見るほど手の込み具合に驚く。

 大豪商である父が身につけていた物に、勝るとも劣らない一品だ。

 ルキエもそのブローチの凄さに気づいたのだろう。彼女の目はブローチに釘付けだ。


「後に、その小娘は皇帝お抱えの職人となった。俺は自分の目が正しかったことを確信した」


 カウフマンは丁寧な手つきでブローチを留め直し、ルキエを見下ろす。


「このブローチは付加価値を付けずとも、買い手の心をかき乱すだけの力があったんだ。お前の作品にはその力がない。それが現実だ。分かったら大人しく売り子をしてもらおうか」


「カウフマンさんの言うことを聞いた方が良いぜ、見習い。こいつはマジだぜ」


 ルキエは体の横で拳を握りしめている。その手は、小さく震えていた。

 レンは、えぇいと腹を括り、思いきってルキエの前に飛び出す。


「ちょっと待った! ルキエを連れて行かれたら困るんだ!」


 色ガラス越しの鋭い目が、レンを見下ろす。あれは値踏みに慣れた人間の目だ。

 レンは敢えて、とびきり愛想の良い笑みを浮かべてみせた。

 刮目せよ、美少年スマイル。


「俺ら、討伐室との魔法戦を控えててさ。ルキエはオレ達見習いを勝利に導くための、秘密兵器を作らなきゃいけないんだよね」


「ほう……秘密兵器とは?」


 レンは唇に人差し指を添え、パチンとウィンクをする。

 くらえ、美少年ウィンク。


「なーいしょ。教えちゃったら、秘密兵器じゃないじゃん。秘密も付加価値でしょ?」


 秘密が秘密でなくなったら、付加価値が損なわれてしまう。

 そのことをカウフマンも承知しているのだろう。


(まぁ、秘密兵器なんて、何も考えてないけどな!)


 カウフマンが鋭く問う。


「その秘密兵器作りは、他の人間でも替えが効くのではないか?」


「駄目駄目、これはルキエじゃないと頼めないって!」


 だから諦めてくれよな、と言外に告げる。

 カウフマンは片手を持ち上げ、口元を覆った。手の下の口は微かに笑っている。


「……お前も売り子向きだな」


「ほんと? じゃあ、今度時間ある時に声かけてよ。売り子手伝うからさ。財務室の仕事も勉強してみたかったんだよね。でも、今は魔法戦の準備期間だから、その後でよろしく」


 よろしく、の一言を言いながら、とどめの美少年上目遣いスマイル。

 カウフマンは口元を覆う手を下ろし、「良いだろう」と短く応じた。

 その目はもう、ルキエを見ていない。

 カウフマンはヘルに命じ、作業机に並ぶ魔導具を鞄に詰めさせると、スタスタと部屋を出ていった。

 柄シャツのヘルも「っす、失礼しゃっす」と雑な挨拶をして、カウフマンの後を追う。

 パタンと扉が閉まったところで、今まで黙っていたゲラルトがレンに訊ねた。


「秘密兵器、初耳です。一体どのような物を……」


「うん。どうしような……なんか案ある、ルキエ?」


 レンはヘラリと笑って、ルキエを見る。

 ルキエは腕組みをして、凄まじい形相でカウフマンが立ち去った扉を睨みつけていたが、やがてターバンを毟り取って叫んだ。


「あんっの、クソッタレの性悪眼鏡っ!!」


 管理室にいた全員が、仰け反るほどの声だった。多分、廊下を歩いているカウフマンにも聞こえているんじゃなかろうか。

 レンはおっかなびっくりルキエに話しかける。


「びびったぁ……意外と汚い言葉も使うんだな」


「知り得る限りで、一番汚い言葉で罵ったのよ。これより汚い言葉があったら教えてちょうだい」


 次からそれを使うわ、と唸るルキエに、カペル室長が耳の穴を指でほじりながら言う。


「安心せい。ここで職人やってりゃ、嫌でも口が悪くなる」

【財務室の人々】


アイゲン室長:〈煙狐〉とイボ痔同盟を結んだオジサン。妻子持ち。

カウフマン:冷酷なスーツのおじさん。目利き。

柄シャツのヘル:ヤバいぜ、マジだぜ、の人。フレデリク達と同期。


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