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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【10】呪術師の事情

 リンケ室長に叱られたゾフィーがあんまりションボリしているものだから、レンは慌ててフォローの言葉を口にした。


「えーっと、魔物を生み出すのが深淵で、呪術師はその深淵ってのを操れるんだろ? それって、すごくね?」


「うへ、えへへ……まぁね?」


 ゾフィーが顔をユルユルと緩める。単純だ。

 レンはゾフィーに教わったことを頭の中で整理した。


「えーと、人の負の感情と魔力が結びついて生まれた世界の澱みが深淵。魔物はそこから生まれてくる。そして、深淵の一部が漏れ出したものが呪い……で、ゾフィーはそれを操れる、であってる?」


「そうそう。呪術師は、その深淵のドロドロ沼を体の奥に持っててぇ、そこから必要な分だけドロドロを引っ張りだして呪術として使う、みたいな?」


 そこまで言って、ゾフィーはハッとした顔をする。

 そうして彼女は特徴的な黒と紫の髪を振り乱し、早口で捲し立てた。


「だからって、アタシの中にある深淵から魔物が生まれてくるとか、そういうのはないからなっ!」


「お、おう」


 ゾフィーの顔は必死だ。まぁ、気持ちは分かる。

 話を聞いている限りだと、呪術師は魔物の生じる原因となる力を扱っているのだ。それはさぞ、偏見も多いだろう。

 実際、話を聞いたレンも「それってやべー力じゃん」と思った。

 そこまで恐怖せずにいられるのは、ここがあらゆる魔術の集う〈楔の塔〉で、この場にリンケ室長がいるからだ。

 リンケ室長はゾフィーの事情を知っていて、その力の扱い方を知った上で、ここに置いている──そうレンは感じたのだ。

 ゾフィーは机に肘をつくと、両手で頬を覆ってため息をついた。


「うちの家も大変なんだよぉ。ほらぁ、呪術師ってヤバイ奴って思われがちじゃん? 迫害の対象じゃん?」


「まぁ、確かに」


「だから昔は、皇帝に媚びまくって保護してもらってたんだよぉ。宗教をラス・ベルシュ正教に鞍替えしたり……わざわざ家名を国名に寄せて、帝国に忠義を誓ってますよアピールしたりさぁ」


 シュヴァルガルト帝国のシュヴァルツェンベルク家──なるほど、寄せている。

 長い家名で大変そうだな、とは思っていたが、そんな事情があったらしい。

 ……と、そこまで考えてレンは気づいた。


「でも、今は違うんだよな?」


 シュヴァルツェンベルク家が皇帝に保護されているのなら、ゾフィーは今頃〈楔の塔〉ではなく、城で働いているのではないだろうか?

 隣のリディル王国には、魔術師の頂点である七賢人という地位がある。国王の相談役で、特別な爵位を貰える高待遇だ。その七賢人に呪術師が含まれているらしい。

 それも、当主が代替わりしたら、その新当主が七賢人になれる──七賢人の席を、呪術師の家が常に一つ独占しているのだ。

 その呪術師の家は、七賢人という枠組みに自分達を組み込んで、生き延びることに成功したのだ。今のゾフィーの家とは真逆である。

 ゾフィーは下唇を突き出し、顔いっぱいに不平不満を浮かべて言った。


「百年ぐらい前、代替わりした皇帝が、すっごく信心深くてぇ〜」


「ふーん、良いことじゃん」


「その皇帝が『もっと教会と仲良くしたいから、不吉な呪術師とは仲良くしたくないんだよねぇ〜』みたいなこと言い出して、うちの家はポイ捨てされたんだよぉ……」


「うっわ……」


 帝国は複数の小国が集まってできた、という歴史があるので、帝国内で宗教が今ひとつ統一されていない。

 一応国教はラス・ベルシュ正教だが、帝国西部は精霊神教、南部はイーダ教、北部は竜信仰が入り乱れている。ちなみにレンはラス・ベルシュ正教だ。

 ゾフィーの家は皇帝の庇護を得るために、わざわざ国教のラス・ベルシュ正教の信者になったのに、肝心の教会側に「呪術師は不吉」と言われ、皇帝に邪険にされてしまったらしい。不憫すぎる。


「そうして行き場をなくしたシュヴァルツェンベルク家は、〈楔の塔〉に保護してもらったってわけなんだよぉ。〈楔の塔〉は深淵の力を操れる呪術師を欲していたから、丁度良かったんだよねぇ」


 そう言ってゾフィーは、目の前に広げていた本のページを指でなぞる。

 すると、文字が紫がかった色に光りだした。

 魔術式に魔力を流し込む──筆記魔術だろうか、と思ったが記されている文字が明らかに違う。


「魔物を封印する技術には、深淵の闇を操る力が必要なんだよぉ」


 詳細は秘密ね、と言いながらゾフィーは本を閉じる。

 彼女がこうして蔵書室を訪れているのは、深淵を操る技術を錆びつかせないためなのだという。


「じゃあもしかして、ゾフィーって第二とか第三図書室にも出入りしてんの?」


「そうだよぉ。大きな声では言えないけどね」


 第二、第三図書室は本来、見習いは入室できない部屋だ。

 見習い代表になれば、これらの部屋に入れる特権が得られるが、実はゾフィーにはあまりメリットのない話だったらしい。


「だから、アタシは代表になる気はないんだよぉ。デザートは欲しいけど。すごく欲しいけどぉ〜〜〜……レンは代表になりたいの?」


「デザートは魅力的だけど、あの三人の中に割り込んで勝てる気はしないよな……」


 あの三人──セビル、ユリウス、ロスヴィータである。

 ゾフィーも納得顔で相槌を打った。


「だよねぇ〜。みんなすごい人ばかりだもん〜」


「いや」


 レンは一度唇をギュッと引き結び、ゾフィーを見る。


「ゾフィーもすげーじゃん。俺より年下なのにさ、ちゃんと家のために役目果たしに来たんだろ」


 ゾフィーは使命を胸に抱いて、〈楔の塔〉の門を叩いた人間なのだ。

 何より、彼女は〈楔の塔〉に必要とされている。

 それを羨ましい、と思ってしまう自分が、少し後ろめたかった。


「うひ、うひひひひ……なんだよぉ、良いこと言うじゃん」


 ゾフィーはニヤニヤ笑いながら、レンの背中をバシバシ叩いた。



 * * *



 蔵書室でゾフィーと話をした後、レンは室長のリンケから筆記魔術の基本について簡単に教えてもらい、術式を書いた本を何冊か貸りた。

 筆記魔術は紙に書くことで発動する魔術だ。ただし、正確に書かないと術が発動しない。つまり反復練習が必要なのだ。

 基礎の本を借りたら、次に必要なのは紙とインクである。筆記魔術には専用の紙とインクがいる。

 これは魔導具の管理・製作をしている管理室に頼むのが良いだろう、と言われたので、レンは借りた本を胸に抱いて、管理室に向かった。


(魔術が発動するまで漕ぎ着けたら、色々と試してみたいことがあるんだよな……まぁ、まずは発動させなきゃ話にならないけど)


 筆記魔術は書き溜めできないのが難点だ。紙に書いたら、すぐに発動させないといけない。

 ただ、この「すぐに」というのには少しだけ個人差がある。

 仮に三十秒でも、ずらすことができるなら、それは新しい可能性になると思うのだ。


(あとは、紙を折ったり、切ったり、貼りつけたり……工夫の余地は、絶対にある)


 その工夫の余地を考えてみたら、段々と楽しくなってきた。

 心持ち軽くなった足取りで歩くレンは、管理室の扉の前に一人の少年が佇んでいることに気がつく。

 前髪の長い黒髪の少年──ゲラルトだ。

 そういえば彼は、よく管理室の手伝いをしていると聞く。


「よっ、ゲラルトじゃん。中、入んないの?」


 レンが声をかけると、ゲラルトはどこか困ったように口をモゴモゴさせた。


「……いえ。中でルキエが作業してるので」


 職人気質のルキエは、ゲラルトと同じアルムスター教室の所属だ。

 同じ教室なんだから、遠慮することもないだろうに、何を躊躇っているのだろう。

 ふと、レンは気がついた。


「もしかしてお前、ルキエが苦手?」


 ちなみにレンはちょっと苦手だ。

 ルキエからはいつも、必要以上に話しかけるな、という空気を感じる。人見知りというより、人との交流が煩わしいのだろう。つまりレンとは逆のタイプなのだ。

 教室でも、ルキエが誰かと雑談をしていることは殆どない。精々、優等生のエラと授業内容の確認をしているぐらいか。


「…………」


 ゲラルトは黙り込んでいた。肯定のような沈黙だ。

 ルキエが苦手でなかったら、ゲラルトはすぐに否定していただろう。


「僕は……」


 言いかけて、ゲラルトは口をつぐむ。

 レンの言葉を否定できない、だけど、ただ苦手意識を持っているのとも違う……というゲラルトなりの葛藤を感じた。

 ゲラルトは服の胸元を掴み、ボソボソと呟く。


「僕は、戦うことが嫌で、〈楔の塔〉に逃げてきたので……ルキエみたいに、信念をもって〈楔の塔〉に来た人を見ると、酷く申し訳ない気持ちになるんです」


 そう口にするゲラルトは、本当に苦しそうな声で、「その気持ち分かるよ」と軽率に同意できない切実さを感じた。

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