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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【6】独りで戦う者の決意

 ティアを乗せて飛行魔術で辺りを飛んだフレデリクは、第一の塔〈白煙〉の真上辺りで空中静止した。

 高い所から見下ろすと、〈白煙〉は〈楔の塔〉を構成する三つの塔の中心にあるようでいて、少しズレていることが分かる。

 主となる塔は手前から〈金の針〉〈白煙〉〈水泡〉の並びだが、縦一列ではなく、〈白煙〉だけ少し西にズレているのだ。そうして開いた東の辺りに庭園がある。


「そろそろ降りようか。どこに降ろしてほしい?」


 フレデリクに訊ねられ、ティアは迷わず答えた。


「第三の塔の〈水泡〉前まで! オネガイシマス!」


「了解。それじゃあ……」


 フレデリクが「ふふっ」と少しイタズラっぽく笑う。


「しっかり掴まって、目を開けていて」


「ピヨ?」


「情報収集するんでしょう? 目を閉じたら勿体無いよ」


 フレデリクは城壁沿いに移動すると、先ほどみた庭園の辺りでグンと急降下した。そして地面スレスレのところで直角に曲がって、地面と水平に飛ぶ。それも高速でだ。

 道行く人を避け、庭園の木々の間を縫うように、体を少し捻るだけでバランスを取りながら飛んでいく。速い。速い。速い。

 進行方向には木が二本、かなり近い距離に植えてある。その僅かな隙間をフレデリクは一瞬で通り抜けた。


(すごい)


 ティアの首の後ろが興奮にチリチリする。

 あの狭い場所は、飛行用魔導具で通り抜けるのは無理だ。どうしても金属の羽が引っかかる。


「はい、到着」


 気がついたら目の前に第三の塔〈水泡〉があった。

 ティアはフレデリクの背を降り、ドキドキする胸を押さえる。

 すごかった。本当にすごかった。

 初めてフレデリクに乗せてもらった時は、久しぶりの空に興奮したけれど、今はそれだけじゃない。

 ハルピュイアを上回る高い飛行技術を体感し、全身の血が沸々している。


「情報収集できた?」


「すごくいっぱい! ありがとう、フレデリクさん!」


「どういたしまして」


 フレデリクは「じゃあね」と小さく手を振り、また飛行魔術で飛んで行った。

 今更ながらティアは気づく。フレデリクは飛行魔術の持続時間も、今のティアとは段違いだ。

 長距離飛行が得意なバレットには劣るのだろうけれど、それでも充分に長い。


(飛行用魔導具は、まだ長時間飛べない……)


 その部分も改善しなくては、フレデリクに追いつけないのだ。

 速く、高く、小回りも効いて、長時間飛べて──課題は多いけれど、不思議とワクワクしている。きっと、さっきのライバル宣言のおかげだ。


(今日も、飛行用魔導具の練習、頑張る!)


 ペフッ、と力強く息を吐いたティアは、ふと気がついた。

 第三の塔〈水泡〉の近くにある木の下に、見覚えのある二人がいる。

 とんがり帽子の少女と、赤毛のモジャモジャの男──ロスヴィータとローズだ。

 ロスヴィータは地面に座って木を削っており、その作業をローズがしゃがんで眺めている。

 ティアは二人に近づき、声をかけた。


「ピヨップ! ローズさん、ロスヴィータ、何してるの?」


「やぁ、ティア。オレは触媒作りを見学してるんだ」


 ローズが朗らかな口調で言う。

 ロスヴィータはナイフで木の枝を削っているようだった。その枝が触媒なのだろうか?

 ティアが物珍しげに見ていると、ロスヴィータが木を削る手を止めてティアを見た。


「……ねぇ」


「なぁに?」


「あれから討伐室のダマーに絡まれてない? あんたが昨日、足に引っ掛けて飛んだやつ」


 ダマーなら、まさについさっき見かけたばかりである。

 ティアは正直に答えた。


「さっき会ったよ! 絡まれる? は分かんないけど、なんか、じっと見てたら避けられた気がする」


「なにそれ。まぁ、絡まれてないんなら、良いんだけど。あれはアタシが売った喧嘩だったし……」


 どうやら心配してくれたらしい。ティアはピョフッと喉を鳴らした。

 ロスヴィータは再び黙々とナイフを動かし始める。小指程の太さの小枝だ。長さはフォークやスプーンと同じぐらいだろうか。短杖というには少し短すぎる。


「ピヨ? それって杖?」


「違う。魔術の触媒。うちの家ではナナカマドって決まってて、調達方法に困ってたら、ローズが管理室に頼んでくれたの。正直助かったわ」


「オレ、管理室にはよく出入りするからさ!」


 ローズがモジャモジャヒゲを動かして快活に笑う。

 ヒュッター教室以外の者も、個別授業の時間は、それぞれ自分が勉強したい部屋に赴くことが多いらしい。

 それはさておき、気になるのは触媒である。

 ティアはロスヴィータの手の中の小枝をジッと見た。


「触媒ってなぁに? 魔導具とは違うの?」


「部分的に似てるけど違うわ。流派によるけど、古典魔術って触媒が必要なことが多いの。魔術の骨組み……一番大事な部分ね」


「……ピヨ? 魔術で大事なのは、魔力とか魔術式じゃないの?」


「それは近代魔術の考え方ね。オーレンドルフの魔術は、こう使うのよ」


 ロスヴィータは小枝を一つ手に取り、詠唱を口にする。

 耳の良いティアは、その詠唱が近代魔術とは別物であることに気がついた。

 オットーの魔法剣やフレデリクの飛行魔術など、近代魔術の詠唱は数式に似ている。

 一方、古典派魔術師であるロスヴィータの詠唱は、喩えるなら詩や歌だ。


(まるで、誰かに語りかけてるみたいな……)


 ロスヴィータの詠唱には独特の韻があった。抑揚の付け方も近代魔術とは違う。多分、発音に重要な意味があるのだ。

 それならティアにも分かる。ハルピュイアの歌もまた、発音や抑揚は大事だから。


「『不合理な献身、宿る雨、(まなこ)を失くした魚達、泳ぎて映せ』」


 ロスヴィータの手の中の枝が水に包まれる。そうして、水は枝を中心に魚の形となった。

 水の魚はティアの周りをクルクル泳いでいたが、やがて高く飛び上がり、木々の間をスイスイ泳いで見えなくなる。

 ロスヴィータが目を閉じて、言った。


「第三の塔〈水泡〉の窓からレンの姿が見えるわ。蔵書室に行くみたいね。アタシ達の後方、塔の角を曲がった辺りではオリヴァーが訓練してる……ねぇ、なんであいつ、馬鹿みたいに高く飛んでるわけ? ……まぁいいんだけど」


 やがて魚がロスヴィータの手元に戻ってきた。ロスヴィータが閉じていた目を開くと、水の魚は崩壊し、触媒の枝が地面にポトリと落ちる。

 ティアは目をパチパチさせて訊ねた。


「ロスヴィータは、あの魚が見たものが、見えてるの?」


「そうよ。視覚の共有。主に偵察用の魔術ね」


 ティアとローズは、おぉ……と感動の声を漏らした。

 ローズは少しウキウキした様子で、ロスヴィータに訊ねる。


「あの魚は、ロスヴィータの意思で操れるのかい? それとも勝手に泳いでる?」


「アタシの意思。でなきゃ、使いものにならないじゃない」


「ひゃああ、すごいなぁ! それって、すっごく難しいだろ?」


 まぁね、と返すロスヴィータは満更でもなさそうな顔をしていた。ツンと上を向いた鼻がピクピクしている。


「触媒がいる、っていうのを近代派の奴らは弱みみたいに言うけど、触媒があるからこそ、これだけ高度な魔術が使えるってわけ」


「うちの故郷にも、そういう魔術師がいるぜ。植物に魔力付与して操るやつ」


 ローズの言葉に、ロスヴィータが地面に落ちた小枝を拾いながら「知ってる」と返す。


「〈茨の魔女〉でしょ。植物への魔力付与の天才。薔薇の花を自在に操るリディル王国の七賢人」


「そうそう、ロスヴィータは詳しいなぁ! まぁ、リディル王国じゃ、古典魔術って言葉はあまり使わないんだけどさ。その家独自の魔術って扱いで。そういう古い魔術師の家も、殆ど残ってないし」


「あっちは近代魔術が殆どでしょ。帝国だって、今じゃ〈楔の塔〉以外は似たようなものだわ」


 ティアはピョフッと喉を鳴らした。ロスヴィータもローズもすごい。物知りだ。

 ティアは共通授業で習ったことを思い出しつつ、訊ねた。


「えーっと……魔導具は近代の付与魔術……触媒を使うのは古典魔術……であってる?」


「大体そんな感じであってるぜ! 現代の魔導具は、鉱石とか金属に魔力付与することが多くてさ。だから塗料に金属粉混ぜたり、糸に金箔巻いた金糸使ったりしてるんだ」


「そうよ、植物に魔力付与するのは、すごく高度なことなんだから」


 そこまで言って、ロスヴィータは横目でローズを見る。


「ローズって古典魔術の知識もそこそこあるじゃない。近代魔術のゾンバルト教室でやっていけるの?」


「オレは元々、近代魔術の基礎を勉強したかったから問題ないぜー。今はゾンバルト先生に近代魔術教わりながら、植物への魔力付与の研究してるって感じかな」


「……それだと、近代の付与魔術と、古典の植物操作の両方の知識がいるわね」


「そうそう。だから、土や肥料の関係で、管理室にもお世話になってるんだ」


「ふぅん。勉強するなら古典魔術にしとけば良いのに……まぁ、古典魔術は血筋とか才能が絡んでくるから、無理強いはできないけど」


 古典魔術は旧時代からある魔術で、今では継承者がいなかったり、異端扱いされたりで廃れた魔術でもある。

〈楔の塔〉はそういう魔術を積極的に保護している組織なのだ。


「ピヨッ、ロスヴィータは、すごいんだね」


「そうよ。だから、次の魔法戦もアタシ一人で余裕よ」


「ピロロロロ……」


 それはどうだろう、とティアは思った。

 ロスヴィータは確かにすごい。ティアが知らない魔術を沢山使えるのだろう。

 だけど、フレデリクには飛行魔術の機動力がある。

 距離を詰められたら、ロスヴィータのような魔術師は不利なのだ。


「オレは、みんなで協力した方が良いと思うぜ。討伐室の人達は、そんなに簡単に倒せる相手じゃないよ」


 ローズがティアの気持ちを代弁する。

 年上らしく諭すような口調ではなく、穏やかな語り口であったけれど、それでもロスヴィータは険しい顔で言った。


「アタシは一人で戦えなくちゃ駄目なの」


 それは、自分に言い聞かせるような声だった。


「アタシはママの顔に傷をつけた、〈原初の獣〉を追ってるの。そいつを狩るために、〈楔の塔〉に来たのよ」


〈原初の獣〉──深淵の闇より生まれた魔獣。

 旧時代には〈原初の獣〉と呼ばれる存在は幾つかいた。

 それこそハルピュイアにだっていたはずなのだ。卵から生まれたのではなく、深淵の闇から生まれた最初のハルピュイアが。

 だが、そうした〈原初の獣〉達も次第に姿を消していき、今では一匹しか生き残っていない。

 狼の魔物達の先祖でもある、銀の狼がそれだ。

 ティアは思わずポツリと呟く。


「……ロスヴィータのママは、すごく強かったんだね」


 あの銀の狼は、本当に気に入った強者にしか爪痕を残さないというのは有名な話だ。

 人間達の伝承だけでなく、首折り渓谷にも、その話は伝わっている。

 ティアの呟きに、ロスヴィータは「そうよ」と返した。

 誇らしさと悔しさと悲しさと、色々な感情が複雑に混ざった声で。


「ママは天才で、美人で、頭が良くて、オーレンドルフ家の誇りで……本当にすごかったんだから。近代派の魔術師達が足を引っ張らなければ、負けたりなんてしなかった」


 絞り出すような声で言い、ロスヴィータはキッと顔を上げて宣言する。


「だから、アタシは一人で戦うって決めてるの。次の魔法戦も、〈原初の獣〉とも」


 ティアにはその声が、切実で、だけどどこか悲しく聞こえた。


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