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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【5】ライバル宣言


「昨日は錘になってくれてありがとう!」


 ティアがニコニコしながら礼を言うと、×傷の男は額に青筋を浮かべ、腰の後ろに手を伸ばした。


「ダマーさん」


 リカルドが静かに口を挟む。傷の男──ダマーはギロリとリカルドを睨んだ。

 悪意に満ちた凄まじい眼光だ。だが、リカルドは顔色を変えるでもなく淡々と言う。


「見習い相手にダセェ真似したって、噂になってますよ。恥ずかしいんでやめてください」


「言うじゃねぇか、リカルド。俺はキレたら何するか分からないぜ?」


「だから、そういうのがダサいと……」


 ため息をつくリカルドのもとに、ダマーがのっしのっしと近づく。

 不思議と、ダマーはティアに近づこうとしない。

 ティアがしゃがんだままじぃっとダマーを見上げていると、ダマーは不気味そうに顔をしかめ、ティアから一歩距離をとった。

 そうしてティアの存在を無視し、リカルドに詰め寄る。


「寡黙なお前がべらべらとお喋りなんて珍しいじゃねぇか。こういうガキが好みなのか?」


「…………」


 威圧感を隠さぬダマーと無言のリカルド。そんな二人のやりとりをよそに、ティアはペタペタと回り込んでダマーの顔を観察した。

 やっぱり、とても良い面構えだ。ハルピュイア好みである。

 ダマーがさりげなくティアから顔を背けたので、ティアは反対方向に回り込んで顔を観察した。

 とても魅力的だ。この自分勝手な悪意が、トロリと溶け出した感じがとてもいい。

 ちょっと舐めてみても良いかなぁ、とティアは舌舐めずりをする。


「なぁ、リカルド。お前が怪我をしたら、一ヶ月後の魔法戦はどうなるだろうな?」


「…………」


「代わりに俺が出るのも悪くないと思わないか?」


「…………はぁ」


 リカルドはため息をついて、空を仰いだ。


「……だそうですけど、どうしますか、フレデリクさん?」


「知らないよ。そんなの室長に相談して」


 リカルドの問いかけに、冷めた声が応じる。

 静かに空から降りてきたのは、薄茶の髪のヒョロリと手足の長い青年フレデリク・ランゲだ。今日は槍を持っていない。

 ダマーが、舌打ちをしてフレデリクを睨んだ。


「フレデリク! お前、俺のことを尾けてたのか?」


「……なんで? 僕はその子を探してたんだよ」


 フレデリクは心底どうでも良さそうにダマーを一瞥し、その視線をティアに向けた。

 ティアはお土産候補の観察をやめて、フレデリクに挨拶をする。


「フレデリクさん、こんにちは!」


「こんにちは。この間は怖がらせちゃってごめんね。はい、これ」


 フレデリクが手にしていた小さな包みをティアの手にのせる。ふんわりとバターの良い香りがした。

 ティアはこの包みを知っている。第三の塔〈水泡〉で時々販売している嗜好品の焼き菓子だ。


「お菓子?」


「お詫び。この間の子達と食べて」


 お詫びというのは、ティア達の目の前でオリヴァーをボコボコにしたことを言っているのだろうか。

 そうだとすると、「この間の子達」はあの場に居合わせた者を指すのだろう。


(レンと、セビルと、ヘーゲリヒ室長呼んでくれたローズさんと……)


 それならばとティアは訊ねた。


「オリヴァーさんにもあげていい?」


「うわ……」


 フレデリクが顔をしかめた。ニコニコ笑顔が引っ込むと、彼は案外目つきが鋭くてオリヴァーと似ていることが分かる。

 それにしても、オリヴァーの名前を出しただけでこの態度。


(リカルドさんは、フレデリクさんが弟を心配してて、追い返そうとしてるって言ってたけど……)


 オリヴァーの身を案じて、追い返そうとしているにしては、何かが引っかかる。

 誠実なオリヴァーが心から兄を慕っているように見えるから、なおのこと。


「おい、フレデリク」


 無視されていたダマーが、苛立たしげにフレデリクにくってかかる。


「お前まで、魔法戦前に情報を垂れ流すつもりじゃないだろうな?」


「なぁにそれ」


 フレデリクはハッと息を吐くみたいに笑った。


「手札がバレたぐらいで、僕達が見習いに負けるとでも?」


 冷ややかで、だけど確固たる自信に満ちた声だった。

 赤みがかった目に浮かぶのは、ダマーに対する侮蔑。

 お前は情報が漏れたら負けるのか──とその目が言っている。

 フレデリクは冷ややかさを引っ込めて、ニコリと笑みの形に目を細めた。


「寧ろ情報戦で、こっちが不利になるぐらいのハンデをあげないと可哀想でしょ」


 そう言ってフレデリクは長身を折り曲げ、ティアと視線を合わせる。


「見習いさん……えぇと、ティアだっけ。いいよ。知りたいことがあったら、なんでも教えてあげる」


「情報収集していいの?」


「どうぞ」


 ティアは少し考えた。

 情報収集。知っておきたいこと──これだ。とティアは口を開く。


「じゃあ、フレデリクさん、また飛行魔術、やってもらっていい? 背中に乗っけてもらうやつ」


 フレデリクは少し驚いたような顔をしたが、柔らかく笑って頷いた。


「賢い子だね。敵の手の内を見るのなら、実際に魔術を使わせるのが一番だもの」


 ダマーが「おい、フレデリク!」と声を荒らげた。

 だがフレデリクはそれを無視して、ティアに背を向けるようにしゃがみこむ。


「どうぞ」


「ありがとう!」


 フレデリクはティアを背負うと詠唱をする。

 前にも聞いた、飛行魔術の詠唱だ。風が二人の体を包み込んで、フワリと軽やかに浮かび上がる。

 管理室室長カペル老人作の飛行用魔導具の、弾丸みたいな飛び上がり方とは大違いだ。

 フレデリクはそのまま、〈楔の塔〉の城壁沿いに空を飛ぶ。


「下ろす時は別の場所に下ろすね。ダマーに絡まれるの、面倒だし」


 フレデリクは親切で優しい人だ。

 この人が、オリヴァーに怒りを向ける理由が分からない。


(魔法戦に関することは、きっと、他の人からでも聞ける)


 だから、フレデリクに一番訊きたい質問はこれだ。


「フレデリクさんは、どうしてオリヴァーさんに怒ってるの?」


「……命懸けで魔物と戦ってる職場に押しかけられて、高跳び披露されて、『力になりに来た』とか言われたら、殺意湧かない?」


「フレデリクさん、オリヴァーさんが飛行魔術見せる前から怒ってた」


 ティアを背負うフレデリクの表情は分からない。ただ、肩が小さく動いたことにティアは気づいていた。

 フレデリクはしばし黙り込んでいたが、やがてポツリと答える。


「……ごめんね。言いたくないや」


「ピロロ……そっかぁ。じゃあいいや」


「いいんだ?」


「無理に聞き出した答えは、本当じゃないと思うから」


 素直に答えるティアに、フレデリクは肩を震わせて笑った。


「やっぱり君は、賢いね」


 その一言が、ちょっとホッとしているように聞こえたのは気のせいだろうか。

 ティアは目を閉じて、風を感じた。気持ち良い。やっぱりフレデリクの飛行魔術は巧みだ。

 なにより、人を背負っているのにこの安定感というのがすごい。


「じゃあ、いっぱい教えてもらったから、今度はわたしの話するね。わたし、今、飛行用魔導具の練習してるの」


「あぁ、管理室で作ってたっけ、そういうの。あそこのバレットさん、長距離飛行のすごい人だよ。隣の国で国内記録作ってたはず」


 なんと、とティアは目を丸くした。

 小回りのきく機動力の高さに秀でたフレデリクと違い、バレットは長距離飛行が得意だと聞いてはいたが、まさかそこまでだったなんて。


「ピヨッ、バレットさん、すごかった!」


「ね。飛行魔術って長距離飛行向きじゃないのに」


 そう言ってフレデリクが旋回する。

 フレデリクの背中におぶさりながら、ティアはその体を確かめた。

 細い手足、細い背中。

 この人は、飛行魔術のために体の肉を落としている人だ。ティアも同じだから分かる。

 身軽に飛ぶためには、必要以上に肉がついてはいけないのだ。

 この人の体は、飛ぶための体だ。


「フレデリクさん」


「なぁに?」


 今から口にする言葉のことを考えると、ちょっとドキドキした。 

 ドキドキする。不思議だ。自分は緊張してる。でも、言うのだ。


「わたし、今はまだ上手に飛べないけど……すぐに、フレデリクさんより上手に飛ぶよ。きっと飛ぶ」


「ふふ、それって、ライバル宣言?」


「……ライバル?」


 ティアはその単語を舌の上で転がすみたいに繰り返す。

 ライバル。意味は知っている。でも、誰かが自分のライバルなんて考えたことがなかった。

 ライバル、ライバル、競争相手──そう理解した瞬間、頭の奥がパチッとして、目の前が開けた気がした。


「そう、それ! ライバル! フレデリクさんは、わたしの初めてのライバル!」


 フレデリクは、もう隠さずに笑っていた。小馬鹿にしたような笑い方じゃない。

 純粋に楽しくて笑っているみたいな、そういう笑い方だ。


「ふふっ、ふふふふふ……そんなこと言われたの、初めてかも」


「わ、どうしよう。ライバルって、なんかすごくいい。こう……負けないぞー! って気持ちになる」


 フレデリクの体がグングン上昇する。風を切る速度が変わった。

 速い。だけど、この人はきっと、もっと速く飛べるのだ。

 繊細な魔力操作が要求される、高度な飛行魔術を維持しながら、フレデリクは楽しげに宣言した。


「じゃあ、勝ちにおいで。負けてあげる気はないけれど」


「うん、勝ちにいくね」


 こうして声に出して宣言するのは大事だ、とティアは理解した。

 声にした誓いは、ただ胸の中で呟くよりもずっと強い誓約となる。

 その誓約は、勝ちたいという気持ちを更に高めてくれるのだ。


(すごい、ずっと胸がドキドキしてる。怖い時のドキドキじゃない。ワクワクのドキドキだ)



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