【4】討伐室内キレたらヤバい人ランキング、ツートップが同期
リカルドの話を聞きながら、ティアは考えた。
リカルドの妹の死は悲しい話で、芸人の話は優しくて……こういう感情を言葉にするのはとても難しい。
「なんか、暗い話してすみません」
「ピヨ? えっと、うーん……ちょっと待ってね……今、言いたいことがモフッと出てきそうで」
「モフ……?」
獣の毛が喉に詰まった時、モフッと毛玉を吐き出したくなるあの感覚だ。
ティアはピロピロ鳴きながら、自分の気持ちを整理する。
「あのね。妹さんが死んじゃう話は悲しくて、でも、芸人さんの芸で、リカルドさんは救われて」
「……はい」
「わたし、歌や踊りが、誰かのためになるって、考えたことなかったの」
ハルピュイアのティアは、物心ついた頃から毎日歌って生きてきた。
それは誰かのためではない。自分が楽しいから、そうしたいから歌っているだけだ。
時に、ハルピュイアにとって歌は武器になる。自衛したり、獲物を得たりするための手段だ。
「だから、歌や踊りで救われた人がいるの、すごいことだって……なんか、そういうの良いなぁって思ったの」
リカルドはティアの話を静かに聞いていたが、やがてポツリと呟くように言う。
「以前、フレデリクさんに、子守唄を歌ってくれたじゃないすか」
「うん。よく眠れるおまじない」
「……それは、誰かのためで良いんじゃないすかね」
なんと。とティアは口を菱形にして驚く。
飛行魔術で空を飛ばせてくれて、嬉しかったから、そのお礼ぐらいのつもりだった。
あまり深く考えずに歌った子守唄だが、それは誰かのためになったのだろうか。
「フレデリクさん、いつもニコニコしてるけど、本当は誰よりも魔物が怖い人なんで……夜はあんまり眠れてないんすよ」
「ピヨ……フレデリクさんは、魔物が怖い人?」
ティアは少し驚いた。
フレデリク・ランゲ。オリヴァーの兄で、飛行魔術と槍の合わせ技が得意な男だ。
ハルピュイアよりも速く飛び、槍を巧みに操るあの人が、魔物が怖いなんて。
「あの人はランゲだから……俺もですけど、魔物狩りの一族は魔物に狙われやすいんです。『褐色の肌のアクス』『手足の長いランゲ』……それはある意味、目印なんで」
ティアはちょっとだけ記憶を辿った。
肌の色が濃い人間は強いとか、手足が長い人間は怖いとか。言われてみれば、聞いたことがあるような気がしないでもない。
ただ、ハルピュイアは歌に関すること以外は割と忘れっぽいので、この手の伝聞は雑に伝わり、変化していくのが常であった。
(ピヨ……褐色の肌の長い手足が六本ある人間がいるとか、そんな話になってた気が……)
ただ、ある程度統率のとれている集団の魔物や知能の高い上位種達は、おそらく魔物狩り一族のことを正しく認識しているだろう。
悲しきかな、ハルピュイアは割と統率の取れていない能天気集団なのである。
「じゃあ、オリヴァーさんも魔物に狙われやすい?」
「そっすね……だから、フレデリクさんは弟さんが討伐室に来るのが嫌なんじゃないかな、と……」
なるほど、フレデリクは弟のオリヴァーが討伐室に来ることを酷く嫌がっていた。
もし、それがオリヴァーの身を案じてのことなら……と考えて、ティアは唸る。
兄弟喧嘩というには苛烈な、フレデリクの攻撃を思い出したのだ。
「ピヨ……オリヴァーさんを心配、してるのかなぁ? ……喉を潰して足を折るって言ってた……血の雨降ってた……」
「えぇと、次の魔法戦、フレデリクさんがやりすぎそうだったら、自分がなるべく抑えるんで……」
ティアはハッとする。
魔法戦の告知があった日、ヒュッターが言っていたことを思い出したのだ。
(魔法戦の、情報収集!)
ティア達はまだ、一ヶ月後に討伐室の人間と魔法戦をすることしか知らないのだ。
「リカルドさんも、魔法戦するの?」
「はい。フレデリクさんと、自分と、ヘレナさんっていう同期の三人です。ただ、戦うのはフレデリクさんだけで、自分とヘレナさんは防御と妨害だけって感じで……って、もしかして聞いてないんすか?」
「ヘーゲリヒ室長は教えてくれないから、自分で調べろって、ヒュッター先生言ってた」
リカルドは「あー……」と何やら納得したような声を漏らす。
「ヘーゲリヒ室長らしいですね。自分で調べるように仕向けるところ……ただ、ヘーゲリヒ室長、自分達に口止めはしてないんすよ」
「ピヨ?」
魔法戦の情報を教えてはくれないけど、周りに口留めもしていない。
それはどういう意味だろう。ヘーゲリヒの意図をすぐに理解できないティアに、リカルドは小さく笑って言う。
「ちゃんと考えて調べたら、答えが分かるようになってるんです。ヘーゲリヒ室長の課題って」
「じゃあ、情報収集していい? えっと、戦うのはフレデリクさんだけ? フレデリクさん、どんな戦い方する人?」
「飛行魔術と、槍に風をまとわせる戦い方をします。魔法剣の応用で、槍の先端に風の刃を作って大鎌みたいにすることもありますね」
「リカルドさんと、ヘレナさんって人は?」
「自分は土属性の魔術で足止めしたり、防御したり。あとは斧が武器なんで、直接攻めたり、敵が近づくのを待って返り討ちにしたりですかね」
フレデリクが飛行魔術で敵に突っ込んでいく戦闘スタイルなので、リカルドはフレデリクのフォローをしたり、ヘレナの守りをしたりと状況に応じて動いているらしい。
「ヘレナさんは水の魔術が得意で……攻撃、防御、妨害の大体全部が出来ると思ってもらえれば……」
一ヶ月後の魔法戦では、リカルドとヘレナは攻撃をしてこない。あくまで援護のみだ。
……だとしても、これはかなり手強いのではないかとティアは感じた。
おそらくフレデリク、リカルド、ヘレナの三人は個々で戦っても充分に強いのだろう。
その上で、フレデリクが前線に出て戦い、リカルドとヘレナはそのサポートというスタイルが普段から定着しているのだ。崩すのは簡単ではない──とそこまで考えて、ティアはピヨッと喉を鳴らした。
リカルドには、教えてもらいすぎた気がする。
「リカルドさん、こんなに教えてもらって大丈夫? 秘密にしなくて怒られない?」
「多分、誰に聞いても教えてもらえることなんで……その代わり」
リカルドは少し身を屈めて、内緒話をするように小声で言う。
「一つお願いしていいすか?」
これは、交換条件というやつではないだろうか。
そういうのは簡単に頷いちゃ駄目だぞ! ──と、脳内にレンの声が蘇る。
脳内美少年アドバイスに従い、ティアが黙っていると、リカルドは深刻な面持ちで言った。
「一ヶ月後の魔法戦、フレデリクさんさえ倒せば勝ちってルールらしいんです。なので……なるべく、ヘレナさんには攻撃しないでほしいんです」
「……ピヨ?」
リカルドの顔は真剣だった。まるで、誰かの身を案じるかのように。
ティアはハッとした。
「もしかして、ヘレナさんは体が弱い人? リカルドさんにとって大事な人?」
珍しく気遣いを発揮したティアに、リカルドは気まずそうな顔をする。
「いえ、そういうんじゃなくて……」
リカルドはユルユルと首を横に振り、遠い目をした。
「ヘレナさんがキレたら、自分、見習いさん全員を守れる自信がないんで……」
案じられていたのは、見習い魔術師達だった。恐ろしい事実である。
ティアがピョへェ……と情けない声を漏らしたその時、背後で足音が聞こえた。
わざと存在を主張する、荒々しい足音だ。
「おい、リカルド。見習い相手に何をくっちゃべってる。まさか、今度の魔法戦の情報を漏らしてんじゃねぇだろうな」
そう言って姿を現したのは、赤みがかった茶髪を短く刈った、顔に×印の傷がある男だ。
ティアは、あっと声を上げた。
「錘になってくれた人! コンニチハ!」
「…………」
男がすごい表情で黙り込む。
具体的には、悪意を煮詰めたような感じの、とっても美味しそうな顔だ。




