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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
四章 空を飛ぶ
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【2】拙いポッポー


 共通授業が終わった後、教室には微妙な空気が漂っていた。

 朝一番にヒュッターが話した、代表者決めを皆意識しているのだ。


「あのさぁ」


 レンがいつもより大きい声で言う。ティアとセビルに話しかけるというより、教室全員に聞こえるようにするための声だ。


「昼飯食った後に、談話室で話し合いしない?」


「いいよ!」


 ティアが迷わず頷くと、レンが少しホッとしたような顔をする。

 ローズ、オリヴァー、セビルの大人三人もそれに同意した。


「賛成! そこで代表者決めしようぜ!」


「否はない」


「話し合いをするのなら、早い方が良いだろう。全員、文句はないな! 予定がある者は今ここで言うが良い!」


 最後のセビルの言葉に、ロスヴィータが椅子を鳴らして立ち上がる。

 とんがり帽子の下の目は、どこか挑発的にセビルを見ていた。


「話し合いなんて、必要ないわ。アタシが代表になる。それで良いでしょう?」


「それは許容できんな」


 セビルも立ち上がり、ロスヴィータと向き合う。

 皇妹殿下に相応しい威厳を漂わせ、セビルは宣言した。


「何故なら、わたくしも代表者になりたいからだ! デザートの権利は譲らん!」


 実にセビルらしい宣言であった。

 レンが美少年顔をクシャクシャにして頭を抱える。


「そうだった。こいつ、わがままお姫様だった……」


「ピヨッ。セビル、甘い物好きだもんね」


 セビルは甘い物と肉と芋が好きだ。少食のティアと違って、気持ち良いぐらいよく食べる。

 そんな彼女は、時折販売されている大人気の焼き菓子を、混雑に負けず勝ち取る猛者でもあった。


「なによりわたくしは、人の上に立つのが好きだ。軍で指揮を執った経験もある。わたくしが代表者になり、次の魔法戦でお前達を勝利に導いてやろう」


「ククッ、この〈楔の塔〉は魔術師の塔。ならば、魔術の素養に優れた者が代表になるべきではないか?」


 ユリウスが着席したまま、静かに言う。

 彼は蛇のような目で、ロスヴィータをチラリと見た。


「特に今期の見習いは、近代派魔術を学ぶ者が多い。ならば、近代派の魔術の使い手である俺が代表となるのが自然ではないか?」


「ふぅん、弱い奴ほど群れたがるって本当ね」


「魔法戦における連携を考えれば、妥当な判断だろう? ククッ……」


 ロスヴィータとユリウスの間で、一触即発の空気が生じる。


(空気がピリピリしてる。みんな、代表になりたいんだなぁ……)


 張り詰めた空気の中、ティアがピリピリする己の頬を撫でていると、すさまじい音が響いた。


 ──グゥゥゥゥゥォォォォ……ォォォォ。


 魔物の唸り声ではない。腹の虫の音である。

 耳の良いティアは、すぐに音の主を見つけた。

 今まで黙して座っていた、前髪の長い少年──ゲラルトだ。

 注目を浴びたゲラルトは、俯きがちにボソリと言う。


「……あの。まずは昼食に行きませんか………………空腹で…………芋」


 最後の一言が切実だった。

 それを聞いたセビルが、にこやかに頷く。


「最後の一言で好感度が上がったぞ、ゲラルト。わたくしも芋は好きだ」


 誰も彼もが好き勝手に発言をし、まとまらない教室の中、今まで黙っていたルキエがターバンをいじりながらボソリと言う。


「……ねぇ、話し合いは食事の後なんでしょ。だったらここで騒ぐだけ時間の無駄だわ」


「皆さん! まずは食堂に移動しましょう! お昼ご飯の時間がなくなってしまいます!」


 真面目なエラの言葉に、全員同意した。



 * * *



「……で、談話室で話し合いして、何か進捗はあったか?」


 午後の個別授業の教室で、ヒュッターはどこか楽しむような口調で訊ねる。

 ティアはピョロロロロ……と情けない声を漏らした。そういう声が出てしまう程度には、何も決まらなかったのだ。

 レンが机に頬杖をついて言う。


「いやもう、全然駄目。マイペースな大人二人はデザートは何が美味しいか談義始めちゃうし、セビルとロスヴィータとユリウスは自分の主張しかしないし……」


「何を言う、代表を決める場で自分の主張しないで何を言う!」


「そうだけどさぁ……」


 セビルの主張にレンはグッタリしていた。

 レンは群れ全体の様子や、仲間の顔色を気にする性分なのだ。ハルピュイアの群れにも、そういう気の利く者はいる。

 群れのボスとは違うけれど、それはそれで大事な役割だ。


(わたしは代表者にならなくていいけど、誰が代表者になるのが一番良いのかって言われると…………うーん……難しい)


 ペウゥゥゥ、と唸るティアの横で、レンが唇を尖らせてぼやく。


「つーか、話し合いに一週間かけるって決めた奴、性格悪いだろ。その場で多数決にしちまえば、消極的な奴も適当に投票してひとまず決着つくのにさぁ。一週間も猶予作ったら、揉めるに決まってんじゃん」


 ブツブツと文句を垂れ流すレンに、ヒュッターは誠実そのものの大人の顔で言う。


「きっとヘーゲリヒ室長には、深いお考えがあるんだろう」


「あー、やっぱ室長の案かよー! 畜生ー、意地悪いなぁー!」


「そう言うな。ヘーゲリヒ室長はいつも、お前達のことを考えてるんだから。はい、今日のこれからの予定の確認な。俺はちょっと大事なお仕事があるから、お前らは各々、お目当ての部屋に行ってこい」


 ヒュッターはレンを諭し、テキパキと午後の予定の確認をする。


 ティアは第三の塔〈水泡〉の管理室で、飛行用魔導具の訓練。

 レンは第三の塔〈水泡〉の蔵書室で、筆記魔術について話を聞く。

 セビルは第二の塔〈金の針〉の守護室で、魔法剣の訓練。


 ──という説明を聞いて、ティアはペウッと声を漏らした。


「筆記魔術って? レン、新しいお勉強するの?」


「まだやるかどうかは決めてねーけどな。どんなことができるか、蔵書室のリンケ室長に話を聞いてみるつもり」


 そう言ってレンは、ティアとセビルを見る。


「ティアは飛行魔術、ちょっと掴めそうなんだろ」


「錘が大事!」


「セビルも魔法剣、目処立ってるんだよな?」


「まだ術式理解の段階だがな」


 ティアとセビルの言葉に、レンは唇をギュッと引き結び、そしてその顔に不敵な笑みを浮かべた。


「……見てろよ。すぐ追いついて、美少年の底力を見せてやっからな。決めポーズ付きで!」


「ピヨッ。決めポーズがあると、何か良いことあるの?」


「俺の美少年パワーに世界が平伏す」


 レンがちょっと元気になってる、とティアは嬉しくなった。

 最近のレンは、何か悩みごとを抱えて頭がグツグツしているように見えたのだ。

 太々しく美少年を主張してくるぐらいが、レンらしくていい。



 * * *



 第一の塔〈白煙〉を出たティアは、鼻歌まじりにペタペタ歩きながら、管理室を目指して歩く。

 飛行用魔導具はまだ自由自在に飛べるわけではないけれど、錘を得たことでコツを掴めたのだ。

 自分はもっと上手に飛べる、という確信がある。

 もっと速く、もっと高く──そのために、どう体を動かしたら良いかを考えるのが楽しい。

 ウキウキしながら管理室を目指して歩くティアは、どこからともなく聞こえる声に足を止めた。


(……これって、歌? かな?)


 ティアは歌が好きだ。誰かが歌っていると、それに声を重ねたくなる。

 ただ、聞こえてくる声は、歌と言って良いかは微妙な声だった。

 独り言のようにも聞こえる。だけど、よくよく耳をすますとリズムを取ろうとしているようにも聞こえる。


「ポッポポ……ポポポ……ヘイ」


 気になったティアは、ボソボソと聞こえる声の方に足を向ける。

 建物の陰、程よく木々が生い茂って人目につかないその場所で、一人の男が「ポッ、ポッ……」と歌のようなものを口ずさみながら、左右に移動していた。もしかしたらあれは、ダンスのステップだろうか。

 褐色の肌に三白眼の青年だ。ティアはその男の名前を知っている。


(……リカルドさん?)


 行き倒れるように寝ていたフレデリク・ランゲを回収していった人物だ。

 討伐室所属と聞いた気がするが、こんなところで一体何をしているのだろう?

 ティアは無言でリカルドを見守る。

 リカルドは「ポ、ポポ……」と歌のようなものを口ずさみながらターンした。手がバタバタ上下に動いているのは、そういう振り付けなのだろうか。


「ポッポー…………いぇあ……」


 やっぱり歌だ! と思ったので、ティアは満面の笑みで声を重ねた。


「ポッポー! ポッポポー!」


「──!?」


 即興で歌声を重ねたら、リカルドはギョッとした顔でティアを振り向く。

 リカルドは三白眼でキリリとした顔立ちの青年なので、そうしていると敵を威嚇しているようにも見えた……が、ティアは気にせず元気に挨拶をする。


「ピヨップ! こんにちは!」


「………………あの……」


 リカルドは褐色の肌を青ざめさせて、ボソボソと問う。


「今の、見て……」


「歌って踊ってた! 楽しそう! まーぜーてー」


「おぁあああああああ……」


 リカルドが悲鳴をあげて、膝から崩れ落ちた。



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