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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
三章 因縁の兄弟
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【26】ピョフピョフペッペポー


 ロスヴィータは小柄で華奢な少女だ。とんがり帽子を被っているので、つい背が高いと錯覚しがちだが、体格はレンとさほど変わらない。

 そんなロスヴィータが、自分よりずっと大柄なダマーを見上げ、怒りに満ちた声で告げる。


「さっきの言葉を取り消せ。ママは逃げてなんかいない」


「逃げたんだろ。〈原初の獣〉が怖くなって」


 ロスヴィータがマントの中から数本の小枝を取り出す。その顔は怒りを通り過ぎて、憎悪にどす黒く染まっていた。

 そんなロスヴィータに、ダマーがニヤニヤ笑いながら、自身の顔の傷を親指で指し示す。


「この傷が何を意味するか、お前なら分かるだろう? 〈原初の獣〉と戦って生き延びた俺を相手に、見習い風情が勝てると思うのか?」


「へぇ、勝ってもいないのに、生き延びたことを誇るんだ。それでよく、戦士の誇りだなんて言えたものね。笑っちゃう」


 ロスヴィータの切り返しに、今度はダマーが頬を引きつらせた。

〈原初の獣〉とは何だろう。あの×印の傷にはどんな意味があるのだろう。

 分からなかったので、レンは素直にオットーに訊ねた。


「オットーさん。〈原初の獣〉って? なんかヤバい魔物のこと?」


「そうそう。そいつがねぇ、戦って気に入った相手には、ああやって顔に印をつけんの。だからあの傷は、〈原初の獣〉に認められた証ってわけ」


 共通授業でも、魔物の習性については少し触れている。

 魔物の中には、気に入った獲物に印をつけて、何度も狙うことがあるらしい。印のつけ方は様々だ。傷をつけたり、体の一部を奪ったり。

 なるほど、あの傷は〈原初の獣〉に敗北していると同時に、強者として認められた証でもあるのだ。

 だから、ダマーはそれを誇っているし、ロスヴィータは勝ってもいないのに、と皮肉を返したのだろう。

 ダマーは憎たらしげにロスヴィータを睨みながら、腰の後ろに手を回した。

 彼は腰の後ろに革製の鞭をぶら下げている。乗馬鞭ではなく、蛇のように長い鞭だ。

 ここは魔法戦の結界の中で、物理攻撃は効かないはず──そこまで考えて、レンはハッとする。

 ダマーが口の中で何か詠唱しているのだ。


(鞭で魔法剣みたいなことする気じゃ──!)


 魔導具を使った攻撃は、魔法戦の結界内でも有効なのだ。怪我はしないかもしれないが、当たれば相当痛い。

 オットーとセビルが険しい顔で駆け出す。おそらく、間に割って入ろうとしたのだろう。

 だが、離れた場所にいる二人より先に、ダマーとロスヴィータの間に割って入る者がいた。

 ついさっきまでレンの近くで震えていた、黒髪の小柄な少年──フィンだ。


(あいつ、いつのまに……!)


 フィンは真っ青な顔でガタガタ震えていた。

 それなのに、短い両腕をめいっぱい伸ばして、ロスヴィータを背中に庇っている。


「そ、そういうの、振り下ろしたら、い、痛い、からぁ……っ」


 フィンは涙目で鼻水を垂らしながら、引きつった声で言う。

 ロスヴィータがギョッとした顔で、フィンの肩を掴んだ。


「ちょっと、そういうことしなくていいから! これは、アタシとそいつの問題で……!」


「だ、だってぇ……う、うぅぅ──……っ」


 流石にこれは、あのダマーとかいう男も毒気が抜かれただろう、とレンは思った。

 だが、ダマーは薄ら笑いを浮かべたまま、鞭を振り上げる。フィンとロスヴィータに鞭を振り下ろすつもりなのだ。

 一度は足を止めたオットーとセビルが、剣を手に動いた。

 だが、二人が近づこうとした直前、ダマーがそちらをチラリと見た。すると、ピシィッと鋭い音がして、オットーとセビルの足元に衝撃が起こる。

 まるで、見えない鞭がもう一本あって、それがオットーとセビルを牽制したかのようだった。

 二人が足を止めた隙に、ダマーが鞭を振り下ろす。

 黒蛇のような長い鞭が風を裂いて、ロスヴィータとフィンを狙った。


 ──その時、誰かが二人の前に立ち塞がる。


 前髪の長い少年、ゲラルトだ。

 彼は手にした木箱を掲げて、ダマーの鞭を受け止めた。

 鞭と木箱がぶつかった瞬間、小さな爆発が起こる。おそらく、炸裂する火の魔術を鞭に付与していたのだ。


(見習い相手に、そこまでするかよ!? なんてやつ……!)


 ここは魔法戦用の結界の中なので、木箱に引火することはない。

 ゲラルトも無傷だ。長い前髪には焦げ跡一つない。


「……あの。お届け物に、きました」


 ボソボソと言いながら、ゲラルトは木箱を差し出した。

 ダマーは太い眉をひそめて、ゲラルトを睨む。


「その荷物は管理室に手入れさせた、討伐室(うち)の武器だな?」


「……はい、お届けに」


「管理室から預かった物を、盾にするとは良い度胸だな? ……処分ものだぞ」


 ダマーが鞭で地面をピシャリと叩いた。

 ゲラルトは俯きながら「すみませんでした……」とボソボソと謝る。

 そこにようやく追いついたオットーが、割って入った。


「ダマーさん、そのへんにしときましょう。相手は見習いなんですから」


「うるせぇ、守護室の腰抜けは黙ってろ」


「まぁまぁまぁ」


 オットーは穏やかにたしなめるが、ダマーはなかなか苛立ちを収めない。明らかにオットーの方が年上なのだが、年長者を敬う気持ちはないらしい。

 このままでは埒が明かない。

 ようやく追いついたレンは、セビルに早口で話しかけた。


「オレ、ひとっ走り〈金の針〉に行って、偉い人呼んでくるっ」


「……待て、レン。声がする」


 誰のだよ、と言いかけてレンは口をつぐんだ。

 レンの耳にも届いたのだ。


「ピョフピョフペッペポーーーーーーーーーー!!」


 悲鳴なんだか、鳴き声なんだか、奇声なんだか分からない、ティアの声が。

 レンとセビルは声の方に目を向ける。空だ。空から何かが降ってくる──グルングルンと回転する白髪の少女が。

 セビルとレンは同時に声を上げた。


「ティア!」


「何やってんだあいつ──!?」


 金属製の箱に鉄板を複数つけた物を背負ったティアは、グルグルと前転しながら弾丸のように飛来した。

 その足に、ダマーが振り上げた鞭が絡まる。


「ピョフゥゥゥゥゥ!!」


 それが、タイミングが良かったのか、悪かったのかは分からない。

 ただ、地面に追突するかに見えたティアの体は、足首に鞭が絡まった途端、グングンと急浮上を始めたのだ。

 絶叫するダマーを、足にぶら下げたまま。

 レンもセビルもオットーも、ロスヴィータもフィンもゲラルトも、誰もがポカンとした顔で空を見上げている。


「ピョロロッロ! ピョロロッロ! 飛んでる! わたし、ちゃんと飛んでる!」


「ギャアアアアアア! 下ろせぇぇぇぇ!!」


 ご機嫌なティアの声と、ダマーの悲鳴が青空に響き渡った。



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