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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
三章 因縁の兄弟
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【24】お悩み美少年


 レームの個別指導を受けたレンは指導室を出た後、そのまま目的もなく第一の塔〈白煙〉をブラブラしていた。

 レームが提案していた筆記魔術について、本格的に学びたいのなら、向かうべきは蔵書室だ。だが、レンはまだ筆記魔術を学ぶか否かを決められずにいた。


(筆記魔術の強みってなんだろ……詠唱が要らないから静かに発動できることぐらい? 正直、あんまりメリットがないんだよな……)


 特に筆記魔術は、紙に書いたらすぐ発動しないといけない、というのが痛い。

 レームの話だと、紙に魔術式を書き終えてから、およそ一分以内に魔力を流し込んで発動しないといけないらしい。不便すぎる。そりゃ廃れもするだろう、というのがレンの率直な意見だった。

 この筆記魔術を発展させ、時間が経過してからでも発動できるようにしたのが現代の魔導具にあたるらしい。

 筆記魔術は古典派魔術だが、近代付与魔術の礎でもあるのだ。


(つまり筆記魔術って、詠唱で発動する近代魔術と、魔導具の劣化版みたいな感じなんだよな……)


 古典派、近代派問わず、筆記魔術を基礎の一環として学ぶ者はいるという。ただ、彼らはわざわざ魔法戦で筆記魔術を使わない。

 詠唱の方が簡単だし、威力も出せるのだから当然だ。


(筆記魔術ならではの利点が欲しいんだよな。こう……多少不便でも、ここぞって時にパチッとはまる使い方ができたらカッコイイじゃん)


 その「パチッとはまる使い方」が、レンにはイメージできないのだ。

 モヤモヤしながら歩いていると、廊下の前方に、見覚えのある人物が佇んでいるのが見えた。

 真っ直ぐな黒髪、重厚感のあるローブを着た、蛇のような雰囲気の少年──ユリウス・レーヴェニヒ。

 先ほど、ティアに友達になろうなどと持ちかけて、足蹴にされた人物である。


「ククッ……レン・バイヤー。魔力量の少ないお前は、魔術師としての道に迷っているのではないか」


「それがなんだよ」


 つい喧嘩腰になるレンに、ユリウスが薄く笑いながら言う。


「俺の指導方法に従えば、魔力量を底上げできる。下級魔術師相当の魔術を一年で一通り習得できるだろう。どうだ、俺の派閥に入る気はないか?」


 なるほど、それは魅力的な提案だ。

 だけどレンはベェッと舌を出した。お行儀が悪いが、美少年は何をしても美少年だから良いのだ。


「オレ、入門試験の会場に割と早めに着いててさ。受験番号、大体覚えてるんだ」


 レンはユリウスを睨み、低い声で問う。


「お前の番号に続いてた傭兵っぽいやつ二人。茶髪と金髪のオッサン。あれ、お前が雇ったんだろ」


 最初にティアに話しかけて、鍵を騙し取ろうとした男と、その仲間の男。

 あの二人は合格者の中にいない。彼らは金で雇われた傭兵で、雇用主であるユリウスを合格させることだけが目的なのだ、とレンは踏んでいた。

 レンの指摘に、ユリウスは肩を震わせ、楽しそうに笑った。


「クックック、お前を侮っていたようだな、レン・バイヤー。思いのほか目端が利く」


「……オレら、お前が雇った傭兵に襲われたんだぜ?」


「ククッ、試験のルールに反してはいないはずだが?」


「だから、入門試験のことは忘れて仲良くしましょうってか。ふざけんな」


 レンが怒りを露わにしても、ユリウスは余裕のある態度を崩さず、指輪をはめた手を差し伸べた。


「別に仲良くする必要はない。必要な知識の共有、〈楔の塔〉における近代魔術師の地位の確立、そのための同盟のようなものだと思えばいい」


 ユリウスの手元で指輪がチカチカと瞬いた。彼は上位精霊と契約していて、指輪の中に精霊が宿っているのだと、噂で聞いたことがある。

 上位精霊との契約は、上級魔術師相当の実力と魔力量がないとできないことだ。

 それができるユリウスは、本当に優秀な魔術師なのだろう。彼の派閥に入れば、魔力量が増えて、いろんな魔術が使えるかもしれない。

 ……でも、おもしろくない。


「オレ、同盟組むんなら、仲良くやれる奴とがいいから。お前とは無理」


 レンは早足でユリウスの横をすり抜け、第一の塔〈白煙〉を出ていく。

 格好良く啖呵を切ってやったぜ、という気持ちと、ほんのちょっとの罪悪感が胸にあった。


(ちょっと、言い方きつかったかな。ローズさんやオリヴァーさんみたいに、余裕をもって接した方が良かったかも……いや、でも、大人二人のあれって本当に余裕? 余裕であってる? マイペースなだけじゃね?)


 早足で歩きながら、レンは小さく唸る。

 これから、討伐室との魔法戦で協力しなくてはいけないことを考えると、ユリウスをあそこまで突き放すのは良くなかったかもしれない。


(でも、上から目線で教えてやるって言われたらさぁ、面白くないじゃん……)


 モヤモヤを抱えながら外に出て、レンは深呼吸をした。

 体の中の空気を入れ替えたら、少しだけスッキリした気がする。


(ユリウスに攻撃魔術を教われば、実戦で役に立つかな……でもオレの魔力量じゃ、ショボい威力の魔術を一回か二回使って、魔力切れになりそうだし……)


 レームが提案してくれた筆記魔術を、魔法戦でどう活かせば良いのだろう。

 実際に魔法戦を見てみたらイメージが掴めるだろうか?

 そう考えたレンは第二の塔〈金の針〉に足を向ける。

 途中通りかかった小さい訓練場でも、討伐室と守護室の魔術師達が各々の武器を手に訓練をしていた。

 実戦訓練をしている者は、剣や槍などの武器に魔力付与して戦う者と、炎や雷を飛ばして戦う者と大体半々ぐらいだ。

 前者の技術は、物質に魔力付与する付与魔術と呼ばれる技術である。特に魔法剣と呼ばれるものが有名だ。

 魔力付与した武器は、物理攻撃無効の魔法戦でも有効となる。

 炎や雷を飛ばすタイプの魔術に比べて、付与魔術は消費魔力が少なくて済むのも特徴だ。そういう意味では、魔力量の少ないレンに向いている気がする。


(ただ、魔法剣ってカッコイイけど、今から剣術と魔術両方学ぶのは、現実的じゃないんだよなぁ……)


 身近な例でセビルを思い出す。

 レンはセビルが軽々と振り回している曲刀を持たせて貰ったことがあるが、あれはかなり重いのだ。

 とてもではないが、セビルみたいに振り回すなんてできない。

 セビル以外でレンの周りにいる剣士と言えば、宿舎で同室のゲラルトだ。

 前髪の長い少年。彼はいつも早起きをして、剣の訓練に行く。


(でもオレ、あいつが剣振ってるとこ見たことないんだよな……)


 実際のところ、ゲラルトはどのぐらい戦えるのだろう──なんてことを考えていたら、前方にそのゲラルトの姿を見つけ、レンは大きく手を振った。


「おーい、ゲラルトじゃん! そんなとこで何してんの?」


 レンに声をかけられたゲラルトは、ビクッと肩を震わせて足を止めた。レンは素早くゲラルトのもとに駆け寄る。

 見習い魔術師ゲラルト・アンカーは、レンより少し年上の十代半ばの少年だ。

 いつも長い前髪で目元を隠し、俯きがちに歩く。

 ローブではなく、動きやすそうな袖の細い服を着た彼は、帯剣はしておらず、その手に細長い木箱を抱えていた。

 そういえば、レンは入門試験の時以外でゲラルトが帯剣しているのを見たことがない。

 同じ剣士のセビルは、授業の日も教室に曲刀を持ち込み、席のそばに置いているのだが、ゲラルトは朝の訓練の時に持っていくだけだ。

 レンがじっと見ていると、ゲラルトはレンの視線から逃れるみたいに顔を少し傾けた。


「……管理室の手伝いをしていたんです。これを、討伐室に届けてほしいと言われて……」


「へー。お前、剣士だから守護室か討伐室で訓練してるのかと思ってた」


「…………」


 返事はなかった。悪意をもって無視している、というより、返す言葉に困っているような空気を感じる。

 このままだと話が広がらないので、レンは自分から話題を振った。


「管理室の手伝いってことはさ、魔導具職人志望なの?」


「いえ……まだ、特には決めてないです」


 オレもそんな感じ、と同調するか、レンは少し悩んだ。

〈楔の塔〉には明確な目的を持って来ている者が結構いて、そういう者達に対し、レンは少しだけ引け目を感じている。

 ゲラルトはどういう事情で、〈楔の塔〉に来たのだろう。少し踏み込んで聞いても良いものだろうか。


「ゲラルトって剣士なんだろ? 魔法剣じゃ駄目なの? セビルが魔法剣習いに守護室行ってるぜ。一緒に訓練交ぜてもらったら? オレから、セビルに言っとこうか?」


「……やめてください。そういうのは、いいので……」


 迷惑という感情より、困っている空気の方が強い断り方だった。

 どうやら、レンの提案はゲラルトを困らせてしまったらしい。

 これは、話の振り方が難しいぞ……と悩んだレンは、話題を変えることにした。


「なぁ、その荷物、管理室で作ったやつ? 中身なに?」


「……武器らしいです」


「一人で持つの重いんじゃね? 手伝うよ」


「いえ、別にこれぐらい……大丈夫です」


 そう言ってゲラルトは一度だけ頭を下げ、第二の塔〈金の針〉に向かう。

 レンはすかさずゲラルトの横に並んだ。


「オレもさ、〈金の針〉の訓練見学しようと思ってたんだ。一緒に行こうぜ」


「……はぁ」


 曖昧な返事だが、強く拒絶する気配はなかったので、レンはゲラルトの横を並んで歩く。

 せっかく、宿舎で同じ部屋になったのだ。できればもう少し、自然な雑談ができるようになりたい。


「オレはさー、レーム先生に筆記魔術っての勧められたんだけど、なんかいまいち、ピタッとはまんなくて。ほら、今日の午前の授業で紙に魔術式書くやつやったじゃん? あんな感じで魔術使うらしいんだけど」


「……実戦では使いづらいですね。戦場で書き物している余裕なんてないですし」


 ボソッとゲラルトが呟いたので、レンはパッと顔を上げた。

 こんなにしっかりした返事が返ってくるとは思わなかったのだ。


「そう! それ! それな! 今度の討伐室との魔法戦でさぁ、ちょっとぐらい戦力になりたいじゃん? でも筆記魔術って実際どうなの? って感じで!」


「……罠として使うとか」


「それ、オレも考えた。ただ、罠って事前に仕込んでなんぼじゃん? 筆記魔術って書いてすぐ発動しないといけないから、事前に仕込むみたいな使い方ができないんだよ」


 話しながら、レンは少し嬉しくなった。

 だって、同室の人間とこうやって作戦会議みたいなことをしてみたかったのだ。

 ゲラルトはすぐに言葉を返すわけではないし、時々黙りがちになるが、それは無視しているのではなく、思案して言葉を選んでいるようだった。

 その時、ゲラルトが足を止める。

 前方にある、第二の塔〈金の針〉前にある広い訓練場を見ているのだ。

 剣や槍の動き、繰り出される魔術と防御結界の攻防、それらを前髪の下の目は恐ろしいほど真剣に追いかけている。

 その眼光の鋭さに、レンは少しだけゾクリとした。


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