【14】○○○○を賭ける男達
ローズとオリヴァーがレンを連れてきたのは、第一の塔〈白煙〉の中にある談話室の一つだ。
テーブルと椅子があるだけの簡素な部屋だが、それなりに使われていて、今もテーブルの前で談笑している人達の姿がチラホラある。
ローズは部屋の隅にある丸テーブルの前に座ると、椅子を動かしてレンとオリヴァーにも着席を促した。
丸テーブルを三人で囲うように座ったところで、ローズが上着のポケットから小さな箱を取り出す。
「これやろうぜ!」
箱には綺麗な模様が印刷されていた。模様は細やかだしインクの発色が鮮やかで、田舎の片隅で作られた物ではないと一目で分かる。
「カードゲーム?」
「そうそう! オレの故郷で流行ってるやつ!」
実家の兄達が、こういうので遊んでいるのを見たことがある。
ローズの手の中にあるのは、兄達が持っていたのと遜色ない、立派なカードだ。
箱からカードを取り出すローズに、レンは恐々訊ねた。
「……これ、オレ、触っていいの?」
「触んなきゃ、ゲームできないぜー」
ローズは明るく笑いながら、カードの束をレンに手渡した。
手触りの良い上質な紙の感触だ。レンはドキドキしながらカードを一枚ずつ捲る。
カードには竜の爪や羽などが描かれていた。とても精緻な絵柄で、色も綺麗だ。
「かっけー……」
レンはウズウズする気持ちを抑えて、ローズを見る。
「なぁ、これってどうやって遊ぶの?」
「最初に手札を配って、それから順番に山札からカードを引いてくんだ。それで一番最初に役を完成させたやつの勝ち。役にも色々あってさ、難しい役ほど勝ち点が増えるんだぜ」
ローズは紙箱から、折り畳んだ紙を取り出した。
そこには細かい文字で、役と得点が書いてある。ただし、外国語だ。
「これって……リディル王国語?」
「そうそう。翻訳して読み上げよっか?」
「いや、ちょっとだけなら読める」
家に閉じ込められていた頃、隙あらば家中にある古紙を集めて、読んだりなぞったりしてきたのだが、その中にリディル王国語の物もあったのだ。
リディル王国は帝国の西に位置する国で、帝国の商人との取引も多い。
紙に書いてある字は崩しのない几帳面そうな字で、とても読みやすかった。
「えーと、これって役が竜の種類なんだな……黒竜と白竜が一番高得点、であってる?」
「正解!」
この手の得点計算が発生するゲームは、大抵金を賭けるものだ。
レンはちょっと困惑した。
「オレ、あんましお金持ってないんだけど……」
「問題ない」
そう断言したのはオリヴァーだった。彼は懐から小さな布袋を取り出し、机に乗せる。
「俺達はこれを賭けるのだ。特別に融通してやろう」
オリヴァーは机に乗せた布袋を、スッとレンの方に寄せた。
金の代わりに賭ける物──一体何だろう。
(宝石とか? それとも何かヤバい薬だったり……)
レンはおっかなビックリ布袋の中を覗き込む。
中に詰まっているのは、小さくて丸くて艶々した茶色い木の実──ドングリだ。
ドングリに偽装した何かだろうか? レンが中身を一つ摘まんで観察していると、オリヴァーがフッと笑った。
「安ずるが良い。きちんと茹でてある。虫対策は万全だ」
「いや、そういう心配してんじゃなくて……え、賭けるの、これ?」
「あぁ、丸くて大きいドングリは、小さいドングリ十個分。帽子付きは五倍の価値になるのだ」
困惑するレンに、ローズがニコニコしながら言う。
「得点計算するなら小石とかでも良いんだけどさ、ドングリの方がちょっと特別感あるだろ?」
良い年した大人二人が、ドングリを対価に賭けカード。
(……なんだこの状況)
ドングリを握りしめてレンが呆然としている間に、ローズがカードをシャッフルして配り始める。
「試しにやってみようぜ。その方が、覚えるの早いからさ」
「あ、うん……」
色々とツッコミたいが、金を賭けろと言われるよりは安心できる。レンはローズの説明を聞きながらゲームを始めた。
初めてのカードゲームは、楽しかった。
レンは物覚えが早い少年なので、すぐにルールを理解し、三ゲーム目では役を完成させて、立派な帽子付きドングリを手に入れた。
「やったぜ!」
「レン、覚えるの早いなぁ〜」
「へへっ、そうかな。あっ、今度は俺がシャッフルしてみていい?」
「いいぜ!」
ローズに褒められ、レンは満更でもない気持ちで、綺麗な柄のカードを集めて、辿々しくシャッフルする。
そうして手を動かしながら、レンはポツリと言った。
「……あのさ」
「なんだい?」
「……もしかして、オレ、気ぃつかわれてる?」
ローズがモジャモジャ赤毛の下で、チラッとオリヴァーを見る。
オリヴァーはいつもの泰然とした態度で頷いた。
「ティアとユリウスの諍いで落ち込んでいたお前を元気づけようと、ローズが提案したのだ」
「あー、はは、やっぱそうか……」
レンは俯き、カードをシャッフルしながら苦笑する。
大人に気を遣われてしまったことが悔しい。恥ずかしい。カッコ悪い。
でも、気を遣われて嬉しいと思う気持ちも、確かにレンの中にあるのだ。
「オレ、金持ちの妾腹で、周りに友達いなくてさ……」
多分、この二人は自分を馬鹿にしたりしないだろうな、という確信があった。
だからレンは、ポツリポツリと本音を吐露する。
「ティアとは短いつき合いだけど……なんとなく、もう友達なんじゃないかって……思ってたんだよ」
だから、ティアの友達なんていらない、という叫びに傷ついた。
レンとて馬鹿ではない。ティアは友達に嫌な思い出があるのだろう、ということはなんとなく分かる。
まして、ティアはハルピュイアなのだ。友達という単語を正しく理解しているかも危うい。
それでもレンは、ティアに思っていて欲しかった。ティアにとって、レンは友達なのだと。
ローズは「そっか」と相槌をうった。
レンの言葉を柔らかく受け止め、静かに共感してくれる、そんな優しい相槌だ。
ローズは何かを懐かしむような口調で言う。
「オレもさ、昔、友達が欲しくって……あの頃は、『友達になろうぜ!』って言わないと友達は始まらないと思ってたし、『オレ達友達だよな!』って確認しないと、ちゃんと友達になれてるか不安だったんだよな」
なんだそれ、と呆れる気持ちと、でもちょっと分かる、という気持ちが両方レンの中にある。
だってレンも確認したかった。オレ達、友達じゃないのか? と。
複雑な心境のレンに、ローズは穏やかに笑う。
「でもさ、レンとティアは、そうやって仲良くなったわけじゃないんだろ?」
「……うん」
「きっとティアは、友達に嫌な思い出があると思うんだ」
「……オレもそう思う」
「だからさ、ティアが友達が嫌じゃなくなるまで、のんびり待とうぜ。一緒に勉強したり、ご飯食べたり……こうやって、カードゲームをしたりしてさ!」
ローズの言葉には、上から諭すような響きはなく、レンと同じ目線で考えてくれているのを感じた。
他人事ではなく同期として、一緒にティアを待とうと、ローズは言ってくれているのだ。
「……今度、ティアとセビルも誘っていい?」
「勿論! ゲームは大勢でやった方が楽しいんだぜ。他の奴らともやりたいな。なぁ、オリヴァー!」
オリヴァーは「うむ」と頷き、レンを見る。嘘のない真っ直ぐな目だ。
「お前がティアを友達と思いたければ、思い続けて良いのだ。俺が兄者に何と言われようと、兄者を兄者と思っているように」
レンは思わず唇を尖らせた。
「オリヴァーさんは、もうちょっと話し合えよ。殺されかけてたじゃん」
「否。喉と足を潰されかけただけだ」
「兄弟喧嘩にしては物騒すぎるよ」
ふとレンは思い出す。そういえば、セビルも腹違いの兄にクーデターを仕掛けたばかりなのだった。
レンも腹違いの兄達には散々苛められたものだが、それにしても、周りの兄弟喧嘩の例が物騒すぎる。感覚が麻痺しそうで怖い。
(でも、オリヴァーさんなりに、励ましてくれてるんだよな……)
それがレンにはちょっぴり嬉しかった。
ローズみたいな柔らかさはないけれど、オリヴァーもまた、誠実に子どもと向き合ってくれる大人なのだ。
レンはシャッフルしたカードの束を、艶々した上質な紙をそっと撫でる。
ゲームをして、何かが解決したわけではない。だけど、この時間は刺々していたレンの心に、ちょっとだけ余裕をくれた。
ティアが友達を嫌じゃなくなるまで待ってみよう……と、そういう余裕だ。
「ありがと、ローズさん、オリヴァーさん。ちょっと元気出た……うん、美少年パワーが戻ってきた感じだ」
ローズとオリヴァーは穏やかに笑っている。
そうしていると、やっぱり二人は大人なんだな、とレンは思った。




