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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
三章 因縁の兄弟
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【12】愛を拒む権利

 レンは目の前の光景に呆然としていた。

 授業が終わり、指導員達が教室を出て行った後、机の上を片付けたレンは、真っ先にティアに話しかけるつもりだった。

 ティアが魔力操作が上手にできないのは、多分ティアが魔物であることが原因だ。だから、その対策を話し合おうと思ったのだ。

 だが、レンが話しかけるより早く、ユリウスがティアとエラに話しかけた。

 ユリウスは魔力操作技術を教えてやるから友達になろう、などと胡散臭い話を切り出し、ティアの腕に腕輪をつけた──馬鹿か、こいつ。そんなんで友達なんて作れるかよ。とレンは密かに失笑した。

 きっと、ティアにトンチンカンなことを言われて、困惑するに決まっている。

 それともティアならあっさり、「いいよ!」なんて頷いたりするだろうか。その時は、怪しい誘いに騙されるなよ、と忠告してやろう……そんなことを考えていたら、ティアが叫んだ。


「お前は嫌なヤツだ! 嫌いだ! 嫌いだ! 嫌いだ!」


 ティアはユリウスに飛びかかり、贈られた腕輪を床に叩きつけた。

 あのティアが、あんなにも憎々しげに。


「よくもわたしに、こんな物をつけたなッ! いらない! いらない! いらない!」


 いつも朗らかに笑うティアが、まなじりを吊り上げ、歯を剥いて、怒りを露わにしている。


「いらない! いらない! いらない!」


 ティアは片足でユリウスの胸を踏み、叫んだ。


「友達なんていらないっ!!」


 その一言に、レンの思考が止まった。


(えっ……)


 そこから、次の考えが出てこない。

 レンが馬鹿みたいに立ち尽くしている間に、素早く動いたのはセビルだった。


「ティア! やめろ!」


 ティアはシュウシュウと喉を鳴らしながら、己の肩を掴むセビルを見た。

 大きく見開かれていた目が、吊り上がっていた眉が、いつもの位置に戻っていく。

 ティアは「しまった」という顔で、琥珀色の目をキョロキョロさせた。

 上手に人間のフリができていない、と気づいた顔だ。


「………………ピヨ……」


 ティアはフラリと立ち上がり、教室を飛び出す。膝を曲げない、ペタペタ走りで。

 追いかけなくては、と思った。なのに、レンの足は動かない。

 冷や水を浴びせられたみたいに、全身が冷たくなる。


 ──友達なんていらないっ!!


 血を吐くようなティアの叫びが、ずっと頭の中でこだましていた。



 * * *



 教室を飛び出したティアは、そのまま第一の塔〈白煙〉を出て、外をがむしゃらに走った。

 走っていれば頬に風が当たるから、少しだけ空を飛んでいる時の気持ちを思い出せる。

 ムシャクシャする。飛びたい。空を飛びたい。飛びたいのに、羽根がない。


(あいつらのせいで、あいつらのせいで、あいつらのせいで!)


 ティアの羽根に剣が振り下ろされる。羽根が、サクリと嘘みたいに簡単に切り落とされた。

 本来、ハルピュイアの羽根は何度も生え変わるものだ。だけど、これはもう生えてこない。そう本能で分かった。


(返せ返せ返せ、わたしの羽を返せ!!)


 首輪をつけられ、目隠しをされ、どこかに連れて行かれた。

 目隠しを取られると、そこには白いドレスを着た女の子がいて……。


 ──まぁ、可愛い小鳥さん!


 殺してやる。と思った。


「うー……うぅぅぅ、うー……」


 ティアは唸りながら、トボトボ歩く。そうして足を止め、その場にペタンと座り込んだ。

 膝を折り曲げて、体に引き寄せて──この座り方だと、膝に顔を埋めて隠せるのがいい。

 だって、今の自分はきっと、上手に人間ができていないから。


(……レンとセビル、ビックリしてた。わたし、間違えたんだ。人間のフリ、上手にできなかったんだ)


 そのままじっとしていて、どれぐらい経っただろう。

 天気が良くて、ポカポカと暖かくて、このまま寝てしまおうかな、なんてことを考えていたら、ポフリと頭に何かのせられた。


「……ピヨ?」


 草と花の香りがする。ティアは恐る恐る頭にのせられた物を手に取った。野の花を編んで作った花の輪っかだ。

 ティアの背後には、セビルが立っている。

 見上げるティアに、セビルがニヤリと笑った。


「花冠というのだ。お前には金属の腕輪より、こちらの方が似合うな」


「セビルぅ……」


「どうだ? 意外と上手くできているであろう?」


 草の汁で汚れたセビルの手を見ていたら、胸がキュッとなった。

 ティアは花冠を自分の頭にのせ直し、セビルを見る。


「……ギュッとしていい?」


 セビルがティアの横に座って、両手を広げた。


「来い!」


 ティアはセビルに飛びつくように抱きついた。

 顎の辺りをセビルの肩に擦りつけ、ペフゥと喉を鳴らす。そんなティアの背中をセビルがポンポンと叩いた。


「友達に嫌な思い出があるのか?」


「わたしの飼い主だった子が、いつも言ってた。わたしのこと、友達って」


 セビルはなるほど、と呟き、少しだけ黙った。

 ティアはペフゥペフゥと喉を鳴らしながら、セビルの肩で顎を擦る。セビルからは良い匂いがした。化粧の匂いと、草原の匂いだ。


「ティア、人間の言う友達には、色々と種類があるのだ」


「友達の、種類?」


「親友、学友、悪友……わたくしは、おまえのことを共に戦った戦友だと思っている」


「戦友……」


「お前が嫌なら、友という言葉は避けよう。だが、わたくしにとって、お前とレンは共に戦った得難い存在で、愛しく思っていることは覚えておけ」


 ティアは眉根を寄せた。

 また、ティアの肌に馴染まない言葉が出てきたからだ。


「愛しく……ペヴゥゥゥ……」


「愛も嫌いか?」


「あの子がよく言ってた。わたしのこと、愛してるって」


「そうか。だがな、ティア……」


 セビルが少し身を離し、ティアの顔を覗き込む。

 美しい顔はどこまでも真摯に、ハルピュイアのティアと向き合っていた。


「お前を閉じ込めた者の愛も、わたくしがお前に向ける愛も、必ずしも受け取らねばならぬわけではないのだ。お前には、向けられた愛を拒む権利がある」


 セビルは噛み締めるように、静かに繰り返す。


「何を受け取るかはお前が決めること。お前が嫌なら、その愛を拒んでも良いんだ」


 ティアはセビルに言われた言葉を反芻した。

「友達」も、「愛してる」も、人間はとても素晴らしいものであるかのように語る。それを拒絶するのは、酷いことなのだと言わんばかりの態度で。

 だけどセビルは、愛してるを拒んでも良いのだという。

 ティアはゆっくり考えた。

 自分の胸に問いかけて、心の動きを恐る恐る確かめて、そして呟く。


「……セビルの言う『戦友』とか、『愛しく思う』は、あんまり嫌じゃない」


 セビルはパッと破顔した。


()いやつめ!」


 そう言ってセビルがティアの頬を撫でるみたいにこねたので、ティアはペフフゥと少し嬉しい声を漏らす。

 今の「愛いやつめ!」も嫌じゃなかった。


(人間の作る言葉は、難しい)


 短い言葉の一つ一つにいろんな意味がある。解釈がある。

 魔物は人間の言葉を真似るけど、本質を知らぬまま、上っ面を真似ることしかできない。


(いっぱい勉強したら、もっとちゃんと分かるのかな。気持ち悪い愛してると、嫌じゃない愛してるの違い、分かるかな)


 その時、背後から「あの……」と控えめな声がした。

 ティアとセビルはひっつきあったまま振り向く。

 二人の背後に佇んでいるのは、黒髪の小柄な少年だ。小柄だけど痩せているわけではなく、少しずんぐりした印象がある。身につけているのは簡素な貫頭衣とズボンだ。

 セビルが少し意外そうな顔をした。


「お前は、フィン・ノールか。あまり話したことはなかったな」


 フィンはティア達と同じ見習いの一人だ。ゾフィーと同じ十三歳で、最年少でもある。

 気弱な雰囲気のフィンは、セビルとティアにジッと見つめられ、気まずげに俯いた。


「オイラ、お願いしたいことがあって……」


 フィンは俯いたまま、あまり口を開かずボソボソと言う。


「ユリウスのこと、あんまり嫌わないで欲しいんだ……」


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