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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
一章 楔の塔
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【5】曲刀使いの麗人


 この場所から少し離れよう、と提案したのはレンだった。

 地図に印がある場所なのだ。他の受験者が近づいてくる可能性は高いし、無策で鉢合わせたら勝ち目は薄い。

 足音を殺して移動しながら、ティアは辺りを見回した。

 走って逃げ回っていたから、正確な現在地が分からないのだ。


(地図を見るの慣れてないから、自信がないけど……なんか、ズレてる?)


 少し歩いたところで、レンが身を隠すのに丁度良い茂みを見つけた。

 二人は茂みの中にしゃがんで、小声で作戦会議をする。


「まず最初に、オレ達がやるべきことを確認しとくぞ」


「鍵を四つ集めて、〈楔の証〉を手に入れる!」


「まぁ、間違ってねーけど、まずはこの試験の仕様(、、)を確かめたい」


「……仕様?」


 ルールではなく、敢えて「仕様」という言葉を使ったレンの意図が分からない。

 レンは何かを考えている、難しい顔をしている。


「さっきオレは、鍵は四等分されてるけど、〈楔の証〉は三つだけだから、絶対揉めるって話をしたろ?」


「えっと、地図に書いてある×印が三つだけだったもんね」


「でも、それだと違和感があるんだよ」


 レンはサラリと流れる金髪を指先で弄りながら、ティアを横目に見る。


「試験は明後日の正午までで……実質、丸二日間だろ? 〈楔の証〉が三つしかないのに、丸二日は長すぎる。だから、何か仕様を見落としてる気がするんだ」


 試験をする側も、試験官の負担を考えれば、試験日数は短いに越したことはない。

 それなのに、わざわざ試験を二日かけて行うのは、何らかの意図があるのではないか、というのがレンの考えらしい。


「ちょっと一回、地図とか見直してみるかな……っとその前に。もし、〈楔の証〉を手に入れたらだけどさ」


「うん」


「どっちが先に〈楔の証〉を手にするかは、クジで決めようぜ。で、クジで勝った方は、〈楔の証〉を手に入れた後も、もう一人が〈楔の証〉を手に入れるまで、ちゃんと手伝う」


「うん、それでいいよ」


 頷いたその時、ティアの耳が足音を捉えた。

 ティアは咄嗟に、レンの口を両手で塞ぐ。

 レンは「むがっ」と呻いて何か言いかけたが、ティアの意図に気づいたらしい。

 二人は茂みの隙間から、足音の方を見る。

 こちらに近づいてくるのは、腰から剣を下げた茶髪の中年──先ほど、ティアとレンを追いかけてきた、ザイツだ。

 ザイツの視線と迷いのない歩き方を見て、ティアは悟った。


(居場所、バレてる)


 ティアは迷わず、レンの手を引いて走り出した。


「気づかれてる、走って!」


「げぇっ、マジかよ」


 ザイツは腰の剣は抜かぬまま、ティアとレンを追いかけてきた。

 ティアは鈍足だが、体力には自信があるので幾らでも走れる。一方、体力のないレンは、早くもヒィヒィと息を切らしていた。

 それでも、早めに気づいて飛び出したのが良かった。まだ距離は幾らかある──そう思った瞬間、二人の前方にある木陰から別の男が姿を現し、立ち塞がった。

 こちらは金髪だが、似たような雰囲気の中年男性だ。やはり帯剣している。

 挟み撃ちにされたことに気づいたレンが、舌打ちをした。


「畜生、オレのミスだ。あのオッサンに仲間がいることは、想定してたのに……」


 前方には金髪、後方には茶髪のザイツ、それぞれ帯剣した二人に挟まれながら、ティアは逃げ道を探した。

 ティアは鈍足だし、レンは体力がない。捕まるのは時間の問題だ。

 後方から追いかけてきたザイツの顔には、初めて出会った時の愛想笑いなど微塵も残っていない。ザイツはどこか気怠げな口調で言った。


「まったく、手間かけさせやがって……さぁ、命が惜しけりゃ、鍵と地図を出しな。お前らはまだ若いんだから、また三年後に受験すりゃ良い」


 レンが何か言い返そうとして咳き込んだ。走り疲れて息も絶え絶えなのだ。

 だから、ティアが言い返してやった。


「駄目。三年も待てないよ」


「そうか。なら、こっちも仕事なんでな……悪く思うなよ」


 ザイツは剣を抜かない。ただ、反対側に立つ金髪の男が鞘から剣を抜いた。

 そのシャリンという硬質な音に、ティアの背筋が震える。

 冷たい刃の音が、腹の奥から冷たい怒りを呼び起こす。

 ティアは下半身に力を込め、口を薄く開いた。飛びかかり、喉笛に噛みつこうと思ったのだ。

 だが、それを実行するより早く、涼やかな女の声が響いた。


「子ども相手に、剣を抜いたな」


 その声は、ザイツの仲間である金髪の男の背後から聞こえた。

 金髪の男がカヒュッと息の塊を吐くような声を漏らして、地面に倒れる。背後に回った何者かが、男の背中を強く打ったのだ。

 倒れた男の背後に佇んでいるのは、黒髪の女だった。緩く波打つ黒髪を背中に流しており、均整の取れた体に男物の軍服を着込んでいる。

 その右手には一振りの剣が握られていた。この辺りでは珍しい、刀身が弧を描く片手剣だ。その剣の柄で男を打って昏倒させたらしい。

 女はスラリと剣を構え、ザイツに告げた。


「貴様はまだ剣を抜いていないようだが……」


 美しい紫色の目が、ザイツを冷たく見据える。

 彼女が手にした刃よりも鋭い目だ。それでいて、紅に彩られた唇には楽しげな笑みが浮かんでいる。


「その子ども達に刃を向けるなら、貴様の腕を斬り落とす。わたくしは子どもに優しいのだ」


 その時、ティアは聞いた。ザイツが口の中で何かを呟くのを。

 悪態ではない。歌でもない。独特の節を持つそれが何かを、ティアは知っている。


(魔術の詠唱だ)


 先ほど、ザイツは剣だけでなく魔術も扱えると言っていたが、レンのようなハッタリではないらしい。

 詠唱に気づいた黒髪の女が、身を低くして駆ける。しなやかな体が地を蹴る様は、野生の生き物を思わせた。


「馬鹿め。わたくしの剣の方が、速いに決まっている!」


 黒い髪をなびかせて、女が剣を抜く。三日月のように湾曲した刃がギラリと輝く。

 女が剣を振り上げたその時、ザイツの足元の土が不自然に動いた。

 土は僅かに膨れ上がり、ボコボコと小さな隆起を繰り返している。


(あの土で、何かする気だ!)


 気づいたティアは素早く飛び上がり、両手を大きく広げて土の上に覆い被さった。


「ふん!」


 ティアの腹の下で、土がモゾモゾと動いた。おそらくこの土を操って、目眩しか足止めをしようとしたのだろう。

 だが、ティアが腹で土を押さえ込んでいるから、それも叶わない。ザイツが舌打ちをする。

 その隙に黒髪の女が素早く横に回り込み、剣の柄をザイツの顎に叩き込んだ。

 ザイツはゴロゴロと地面を転がったが、すぐに体勢を立て直し、背中を向けて逃げ出す。仲間である金髪の男には見向きもせず、だ。

 やがてザイツの姿が木々に紛れて見えなくなると、ティアの腹の下でモゾモゾしていた土の動きも止まった。

 黒髪の女は剣をおさめると、ザイツが逃げた方角を睨んで、フンと鼻を鳴らす。


「なんだ、逃げるのか。つまらん。気概のない奴め」


 不満そうに呟く女を、ティアは腹這いになったまま見上げた。お礼は大事だ。


「助けてくれて、ありがとう」


「こちらこそ、礼を言う。詠唱が終わる前に叩き斬ってやろうと思ったのだが、あの男の詠唱は、わたくしが思ったよりも短かったのだ」


 女はティアの前にしゃがみ、手を貸して立たせてくれた。

 美しい女だ。男物の軍服を着込みながら、その顔にはしっかり化粧を施している。それが彼女によく似合っていた。

 ティアは腹の辺りに付着した土を手で払う。

 そういえばレンは何をしているのだろう、と辺りを見回したティアは、倒れている金髪の男の荷物をレンが漁っていることに気がついた。

 さっきまで、ゼェゼェと息を切らしていたのに、こういう時ばかり素早い。


「追い剥ぎだー」


「このオッサンも、オレみたいな美少年に懐を漁られたら、満更でもないだろうぜ……おっ、あったあった。地図と鍵」


 レンは地図と鍵である木片を引っ張り出すと、探るような目で黒髪の女を見る。

 多分、レンは交渉の仕方を考えているのだ。

 この黒髪の女もおそらく受験生。先ほどは助けてくれたが、競争相手であることには変わらない。

 レンはしっかり地図と鍵を握ったまま、両手を軽く持ち上げた。


「おっと、剣を抜くのは勘弁してくれよ。こっちは、あんたと争うつもりはないんだ」


「わたくしも、お前と争うつもりはない。ただ、その男を倒したのはわたくしだ。それなのに、わたくしを差し置いて、その男の荷物を漁るのは……」


 女は紅で彩られた唇を、微かに持ち上げる。


「わたくしに対する敵対行為ではないか?」


 凄みのある、大変素敵な笑顔だった。

 淑女のように品のある喋り方でありながら、意気揚々と剣を抜く血の気の多さ。美しいが凄みのある笑顔。

 それが不思議とチグハグに見えないのは、彼女の在り方に確固たる信念が垣間見えるからだ。

 女の気迫に気押されたレンは顔を強張らせながら、それでも強気な態度で返した。


「なら、ひとまずこっちは、あんたに預けとくぜ」


 レンは奪い取った木片を女に放り投げた。

 女が木片を受け取り、懐にしまう。その僅かな時間で、レンはどうにか強気を取り戻したらしい。

 美少年を自負する顔に不敵な笑みを浮かべ、レンは提案する。


「オレ達三人で手を組まないか? オレはこの試験の仕様について、気づいたことがある」


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