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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
三章 因縁の兄弟
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【1】見習い魔術師達の朝


 朝、いつもより少し早めに目を覚ましたレンは、二段ベッドの上の段からそぅっと下りて、下の段を覗き込んだ。ベッドは空だ。寝具の類は畳んで端に寄せられている。

 狭い室内に、レン以外の人の姿はない。

 宿舎でレンと同部屋の見習いは、ゲラルト・アンカーという少年だ。

 年齢はレンより少し上。多分十五、六歳ぐらい。黒髪を前髪だけ伸ばし、顔を隠しているのが特徴で、とても無口だ。

 他人と目も合わせないし、口も利かないしで、人に懐かない犬みたいな雰囲気がある。

 見習い魔術師生活が始まって一週間以上経つが、レンはいまだゲラルトと打ち解けていない。

 ゲラルトは部屋にいる時は殆ど無言で本を読んでいるし、レンよりずっと早起きをして、剣の訓練に行ってしまうのだ。

 そして、夜寝るのが早い。ほぼ確実にレンより先に寝る。


(折角、昨日、魔力濃度調査に行って、魔獣と遭遇したんだぜ、って話をしようと思ったのに……オレが戻った頃にはもう寝てたしさー)


 昨日の出来事は衝撃の連続で、まだ上手に消化しきれていない感情も沢山ある。

 だけど、それはそれ、これはこれ。

 自分がすごい体験をしたという興奮を、同年代の少年と分かち合いたいという気持ちだって、レンの中にはあるのだ。

 食事の時によく同席になるのは、男性陣だとローズとオリヴァーだが、あの二人は大人だ。レンは同年代の友達が欲しいのだ。

 レンは部屋を見回し、ため息をつく。


(きちんとしてる奴だとは、思うんだけどなぁ……)


 ゲラルトは部屋に私物を散らかしたりはしないし、使った寝具や衣類もしっかり畳んでいる。多分、そこそこ厳しく躾けられているのだ。

 ただ、貴族や、魔術の名家出身にありがちな、気位の高さはあまり感じない。


(オレ個人が嫌いっていうより、人とあんまり話したくなさそうなんだよな)


 踏み込まれるのが嫌いという気持ちも、まぁ分かる。レンとて、あまり楽しく話せるような境遇ではなかったのだ。

 ただ、もう少し当たり障りがなくて良いから、「今日の朝飯の腸詰め当たり。茹でたてだった」とか「課題の量ヤバくね?」とか「うちの教室の先生、面白くてさぁ」みたいな何気ない会話がしたいのだ。

 レンは割と人との交流に飢えている少年なのである。


「よし、散歩行くか」


 レンはテキパキと身支度をし、サラサラの金髪を頭の高い位置で結う。時々気紛れにおろしたり、編み込んでみたりもするが、最近はこのスタイルが定番だ。

 そうして髪をしっかり結んだら、宿舎を出る。

 朝の散歩をして、ゲラルトを見かけたら話しかけようと思ったのだ。

 なんで散歩なんてしてるんだと言われたら、こう言えば良い。


 ──だって、美少年が朝の散歩をしたら、絵になるだろ?



 * * *



 同室のゲラルト・アンカーを探して朝の散歩に出かけたレンは、意外と朝早くから活動している人間が多いことに気がついた。

 そもそも〈楔の塔〉は魔物に対する最終防衛線でもあるので、昼夜問わず見張りの人間がいる。

 それ以外でも、朝の時間を利用して修練に充てている者はそれなりにいるのだ。


「あれ、レンじゃないか。おーい、おはよう!」


 庭仕事用の手袋をした手を振っているのは、モジャモジャの赤毛と髭に顔を覆われた、筋肉質な体の男──見習い魔術師のジョン・ローズだ。

 見習い魔術師は基本的に名前で呼び合うが、彼だけは皆ローズと呼んでいるし、教師達もジョン・ローズとフルネームで呼んでいる。

 ジョンはありふれた名前すぎて、紛らわしいというのも理由の一つだが、最大の理由はヘーゲリヒ室長だ。

 指導室室長のヘーゲリヒのフルネームが、メルヒオール・ジョン(、、、)・ヘーゲリヒなので、ちょっと気まずいのである。

 なにより本人が、「ローズって呼んでくれよな!」と言っているので、今ではローズ呼びがすっかり定着していた。

 そんなローズは今、野良着に麦わら帽子という格好で、手には大きな鍬を持っている。朝の訓練をしているようには見えない。


「ローズさん、何してんの?」


「庭仕事! 庭園に野菜や花を植えて良いかって聞いたら、この辺に好きな物植えて良いって言われてさ」


 そこで、好きな物を植えるために、まずは土作りをしているらしい。

 レンは共通授業で習った、付与魔術の項目を思い出した。

 魔術の中には、付与魔術と言って物質に魔力を付与する技術がある。

 それを植物に使うと、成長速度が変わったり……すごい魔術師だと、植物を自由自在に操ったりもできるらしい。ただ、それだけのことができる魔術師はごく一握りだ。


「ローズさんは、植物に魔力付与する研究がしたいの?」


「ううん。〈楔の塔〉では近代魔術を勉強したいんだ。基本的な属性魔術とか防御結界とか。植物への魔力付与研究は……………………趣味だぜ!」


「なんか、頭良さそうな趣味だなぁ」


「そうかい? へへ、褒められちった」


 正直言うと、ローズのことはダメな大人その一。ぐらいに思っていたのだが、魔術に対しては結構真剣に向き合っているらしい。

 目標のないレンよりも、しっかりしている。

 ローズは泥だらけになった庭仕事用の手袋を外して、首からかけた布で汗を拭った。その様子をなんとなく見ていたレンはふと気づく。


「ローズさん、指輪してるんだ」


 彼の左手中指に、銀色の指輪がはめられていた。

 少し幅広で特に装飾らしい装飾はない、シンプルな指輪だ。


「うん、カッコイイだろ?」


「ちょっと意外。そういうの興味ないかと思ってた」


「あはは。そういえば、さっき向こう側でティアとセビルを見たぜ。レンはもう会ったかい?」


 ローズが口にした名前に、レンは少しだけギクリとした。

 ティアとセビル。まさに昨日、大事件に遭遇した二人ではないか。


「…………」


 レンは唇を噛んで俯く。


 ──ティアはハルピュイアだった。魔物だった。


 人間に捕まり、風切り羽根を切られて飛べなくなったティアは、飛行魔術を覚えるために、人の姿に化けた。その際に、繁殖能力を代償にしたのだという。

 疑問は幾つかある。

 ティアの風切り羽根を切った人間は、何者なのか。

 ティアを人の姿にし、ハルピュイアに戻るための飴を与えたのは何者なのか。それは魔物か、それとも人間なのか。

 魔物であるティアが、長時間〈水晶領域〉を離れて大丈夫なのか?


(正直、これ、かなりヤバい問題だぞ)


〈楔の塔〉は魔物と戦うための組織だ。そんな組織に魔物が入り込んでいるなんて、敵地に入り込んだスパイも同然。

 見つかれば当然に殺されてしまうだろう。

 正体を知って黙っていたレンとセビルも、ただでは済まない……皇妹であるセビルは許されるかもしれないが、レンはただの一般人なのだ。〈楔の塔〉を追放される可能性もある。

 それでもレンは、ティアの正体を〈楔の塔〉に明かそうという気にはならなかった。


(だって、ティアに人を害する気はないんだし……ないよな? いや、これ、確認した方がいいかも……)


 魔物は人間に執着する。ハルピュイアの場合、それは繁殖という行為に反映される。

 ハルピュイアは人間の男を攫って、交尾する生き物だ。

 ティアは、自分には繁殖能力がないから大丈夫だと言う。

 だが、レンは思ったのだ。


 ──じゃあ、お前の仲間が人間を攫ったら、お前はそれを止めるのか?


 その一言を、レンはあの時飲み込んだ。

 その問いかけは、残酷だ。ティアにとっても、レンにとっても。

 いつかは、しなくてはならないのかもしれない。でも、今じゃなくて良いだろう。とレンは逃げた。

 レンはまだ、ティアに対する感情に、上手く折り合いをつけられていない。

 昨日はとにかく生き延びたことにホッとして、〈楔の塔〉に戻った後も報告やら何やらで忙しく、そのまま疲れて寝てしまったのだ。

 ただ、空を飛びたいのだと切実に訴えるティアの言葉を聞いてしまった時から、レンはずっと思っている。


 ──空、飛ばしてやりたいな、と。


 思えば入門試験の時から、ティアはずっと言い続けていたのだ。空を飛びたい、と。

 目標のないレンと違って、ティアには明確な目標がある。

 それを叶えてやりたいと思うのは、自分のエゴだろうか。

 レンは己の胸を押さえて、自分の奥にある本音と向き合う。

 多分、レンの根っこの部分にあるのは、ティアに対して初めて抱いた気持ち。


(友達になりたいって、思ったんだよ……思ってるんだよ、今でも)


 ……と、そんなことを考えていたら、ローズがしゃがんでじっとレンを見ていた。なんだか気まずい。

 ローズが穏やかな声で訊ねた。


「セビルかティアと喧嘩したのかい?」


「そんなんじゃないし。ちょっと考えごとしてただけ! つーか、あいつら、あんなに朝早くから何やってんだ?」


「特訓、なのかなぁ? なんか、ティアがペフペフ鳴きながらすげー走ってた」


「…………はぁ?」


「あと、ペフポー! って鳴きながら、セビルにパンチしてた」


「はぁぁぁ!?」


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