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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
二章 新人教師と見習い魔術師達の日々
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【22】後始末

 魔物と遭遇──調査室が放った狼煙が確認されてから数時間が経過した夜、森の中を三人の魔術師が移動していた。

 槍を持った細身で長身の男、斧を持った筋肉質で三白眼の男、長い杖を持った女の三人だ。いずれも年齢は二十代。彼ら、彼女らは討伐室に所属する魔術師だった。

 今日の午後、魔力濃度調査のため、見習いを連れて出かけた調査室の魔術師達は、この近辺で魔物に遭遇したらしい。

 報告だと、上位種の魔物が一体。雪猪と言われる魔獣が最低でも三体。

 内、上位種と雪猪一匹は、見習い魔術師達が手持ちの魔導具を使って倒したのだという。

 本来、上位種の魔物は、魔導具一つで簡単に殺せるものではないのだが、〈水晶領域〉を離れたことで弱体化していたのだろう、というのが調査室の見立てだ。

 その後、調査室の魔術師三名、見習い魔術師三名、指導室の担当指導員一名、護衛についていた守護室の魔術師一名──計八名は無事保護された。


「……保護された人達、ほとんど怪我はしてないらしいっすよ。遭遇した魔物の強さを考えれば、破格の幸運っすね」


 討伐室の三人組の一人、斧を手にした三白眼の男が、ボソリと言う。

 それを受けて、ローブを着て長い杖を持った銀髪の女が、か細い声で言った。


「きっと神のご加護があったのでしょう。でも、悲しいです……悲しいです……こんなところにまで、魔物が現れるなんて……悲しいです……夜仕事に駆り出されて睡眠時間を削られてお肌が荒れて……嗚呼、悲しいです……悲しいです……」


 銀髪の女が今にも泣き出しそうな顔で嘆くが、「悲しいです」はこの女の口癖みたいなものなので、二人は取り合わなかった。

 その時、先を歩く三人目が足を止める。槍を手にした彼は「見つけた」と呟き、口の中で詠唱を始めた。飛行魔術の詠唱だ。

 飛行魔術は非常に扱いの難しい魔術だ。操作を一つ間違えると墜落死しかねない。

 それなのにその男は、見通しの悪い夜の、しかも障害物の多い森の中で、迷うことなく飛行魔術を発動する。

 細身の長身がフワリと浮き上がり、次の瞬間加速した。

 障害物となる木々をスイスイと避けて進んだ先、男は獲物を見つける。

 白い毛皮を持つ、異様な巨体の猪。通称雪猪。毛皮はところどころ焦げた跡があった。守護室のオットーの魔法剣による攻撃を受けたのだろう。

 魔物は人間以上に夜目がきく。

 雪猪は急接近する敵にすぐさま気づき、ブフォォと荒い息を吐いた。


「遅いよ」


 呟き、男は手にした槍を雪猪の背中に穿つ。飛行魔術で下方向に加速した一撃は、雪猪の胴の半ばまでグサリと刺さった。


「残念。串刺しにしてやろうと思ったのに……」


 柔らかな声で呟き、男は笑う。

 穏やかで優しげな顔に、残忍な笑みを貼りつけて。

 背中を刺されてもなお、雪猪は生きていた。寧ろ今まで以上に凶暴に唸りながら、ガムシャラに走り出す。

 男は飛行魔術で高く飛んで、振り落とされるのを回避した。

 背中に槍が刺さった雪猪は、届かぬ空に逃げた獲物に殺意を飛ばす──その全身を透明な水でできたロープがからめとった。

 銀髪の女の魔術だ。彼女の持つ杖は、淡い青色に輝いている。


「あぁ、悲しいです……悲しいです………………同期が、連携をする気皆無のゴミクソで」


 斧の男が前に進み出る。


「自分が仕留めましょうか、フレデリクさん?」


「いいよ、僕がやる」


 そう言って飛行魔術を使っていた男──フレデリクは詠唱をしながら下降し、暴れる雪猪の背中に着地した。

 その背中に刺さった槍を握り締め、魔術を発動する。


「……喰い殺せ、風の牙」


 次の瞬間、断末魔の鳴き声が響いた。

 フレデリクは刺した槍を起点に、大鎌のような刃を複数作り出し、体内から雪猪を切り裂いたのだ。

 雪猪の全身から血が溢れだし、フレデリクの全身を赤く染める。その生温かい血に、フレデリクは顔をしかめた。


「気持ち悪い。これじゃあ今夜は血生臭くて、眠れたものじゃない」


 ぼやきながら、フレデリクは苛立ちをぶつけるように槍をグリグリと捩じ込む。

 その光景に、仲間の女が大袈裟に嘆いた。


「あぁ、なんて残忍な殺し方……悲しいです、悲しいです……わたくし、とっても、悲しいです、同期がこんな残虐非道の悪魔みたいな男で」


「やめてくれる? 悪魔って、つまりは魔物じゃない」


 フレデリクは心外そうに眉根を寄せて、憎悪に満ちた声で呟く。


「僕をあんな奴らと一緒にしないで。おぞましい」



 * * *


 深夜、第一の塔〈白煙〉の一室に四人の人物が集まっていた。

 第一の塔の責任者達、〈白煙〉塔主エーベル、総務室室長シャハト、財務室室長アイゲン、そして指導室室長のヘーゲリヒの四人だ。

 魔獣の襲撃には、指導室の魔術師カスパー・ヒュッターが居合わせている。

 故に、ヒュッターから事情を聞き出した指導室室長のヘーゲリヒが、まずは第一の塔の責任者に報告をする流れとなっていた。


「以上が、〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターから聞き出した現場の状況です」


 ヘーゲリヒが報告を終えると、総務室室長のシャハトが皺の浮いた顔をしかめる。


「俄かに信じがたいですね。見習い魔術師が魔導具だけで、魔物を撃退したなど」


「しかも、報告では上位種らしき者もいたというではないか。弱体化していたとは言え、本当に可能なのか……?」


 財務室室長のアイゲンも、たるんだ顎を撫でながら、難しい顔で唸る。

 穏やかな顔で報告を聞いていたエーベルが、口を開いた。


「カスパー・ヒュッターは、魔物と遭遇していない……そう、本人は仰っているのですね?」


「はい。自分はお花摘みに行っていて、戻ったら、生徒達が魔物を倒していたと……」


 頷きつつ、ヘーゲリヒはヒュッターのことを疑っていた。


(そんなタイミングの良いことがあるだろうか?)


 もしや、ヒュッターは陰に隠れて、魔物を倒したのではないか?

 その実力を隠すために、全ては生徒達の功績ということにしたのではないか?

 ヘーゲリヒと同じことを、塔主エーベルも考えていたらしい。


「やはり、何かあるようですね。〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッター……このまま警戒を続けてください。ヘーゲリヒ室長」


「承知いたしました」


 ヘーゲリヒは内心頭を抱えた。

 本来魔物が出ない地域に魔物が出た。しかも上位種。

 それだけでも頭が痛いのに、見習いには特大問題案件であるアデルハイト殿下と、ユリウス・レーヴェニヒがいる。

 そして部下であるカスパー・ヒュッターも警戒しなくてはいけない。


(なんなのだ、この状況は……!)


 とりあえず、医務室に行って胃薬を貰おう、とヘーゲリヒは密かに決めた。



 * * *



 二段ベッドの上の段で、ティアは小瓶に移した飴玉を、大きい瓶に戻していた。

 今日持って行ったのは五つ。使ったのは三つ。残った二つを大きい瓶に戻し、ティアは飴玉の詰まった瓶を持ち上げる。


(ちょっと減ったけど、まだいっぱい……)


 そこまで考えて、ティアは反省した。

「いっぱい」ではなく、ちゃんと数えてみようと思ったのだ。


(数字の把握は、生存率を上げるのに、大事!)


 瓶を持ち上げて飴を数える。一つ、二つ、三つ……だけど、瓶に入った状態だと数えづらい。

 ムムムと唸り、ティアは飴の小瓶を鞄にしまった。数えるのは明日にしよう。流石に今日は眠い。

 今日はいっぱい歌ったから、その余韻が体に残っている。もっともっと歌いたい。できれば空を飛んで、うんと高いところで。

 姉達と、一緒に。


「…………」


 思い出したらなんだか寂しくなって、ティアは二段ベッドの下の段を覗き込んだ。


「ねぇねぇ、セビル」


「どうした?」


「今日は、一緒に寝ていい?」


「いいぞ」


「ありがとう!」


 枕を持って下の段に下りる。人間の文化にはまだ慣れないけれど、枕は良い文化だ。横たわって寝る時に枕があると、幸福度が上がる。

 セビルの横に枕を並べ、布団に潜り込んだティアは、ペフフゥ……と嬉しい吐息を漏らした。


「今日は、いろんなことがあったね」


「うむ。ティアには驚かされてばかりだ……が」


 セビルがゴロリと寝返りを打ち、ティアを見る。

 いつもキリッとした顔のセビルだけど、今は少し眠いのか、トロリとした目をしている。可愛い。


「驚くことは、ティアだけではないな。ここでは、何もかもが新鮮だ」


「セビル楽しい?」


「あぁ。ティアはどうだ?」


「楽しいよ。セビルもレンもヒュッター先生も、楽しい」


「なら良かった」


 セビルが目を閉じたので、ティアもそうした。

 温かな体温、近くで聞こえる寝息、幸せだ。

 その晩ティアは、首折り渓谷の横穴で、姉達と寄り添い合って眠る夢を見た。夢の中でも寝てるなんて不思議だなぁ、と思っていたら、すぐ隣にいた姉が微笑み、ティアを撫でる。


『──…………』


 姉が何か言った。ティアはそれを聞き取れなかったけど、姉がいるだけで嬉しくて、そのまま夢の中でも寝てしまった。


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