表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
253/253

【12】歩く覇気(姫)


『今日はねぇ、蔵書室で本を借りてきたんだ』


『ほぅ? 何の本だ?』


『これ。ゾフィーのお勧めなんだって』


 フィンが取り出した本を見て、ユリウスは懐かしくなった。

 昔、まだユリウスがザームエルの息子になる前、ザームエルに借りたことがある。

 ワクワクして、ページを捲る手が止まらなくなった冒険小説。貧しい少年だったユリウスが、何度も何度も繰り返し、夢中で読んだあの本。


『良い本を借りたな』


『ランタンの灯り、ちょっと借りて良い?』


『あぁ、かまわん』


 自分が勉強を教えたフィンが、ついに本を読めるようになった。

 そうして、昔、ユリウスが夢中になって読んだ本を手に取った。

 そのことに、言葉にできない喜びを覚えた時、ユリウスは思ったのだ。


 ──なぁ、ザームエル。あんたが俺に本を貸した時も、こういう気持ちだったのか?



 * * *



(……少し、寝ていたか)


 毛布に包まり膝を抱えた姿勢のまま、ユリウスは目を擦る。

 どうやら、ぼぅっとしている間に、少しうたた寝をしていたらしい。

 一昨日の夜は地下への潜入、昨晩は魔物の襲撃と、騒動が続いたせいで、体はろくに休めていなかった。

 昔は──まだ浮浪児だった頃は、どこでも眠れたのに。

 同じ室内に閉じ込められている見習い魔術師──ローズ、ゲラルト、ロスヴィータ、ゾフィーはどことなく気まずそうにユリウスを見ていた。気を遣われている。

 ローズは隣国の〈茨の魔女〉で、ゲラルトはヴァルムベルク辺境伯の弟だった──その事実以上に、フィンが魔物であったという事実が、ユリウスを打ちのめしている。


(……全部、嘘だったのか)


 違うだろう。とユリウスは確信している。

 だって、フィンの向上心は本物だった。字が読めるようになった時、書けるようになった時、本当に嬉しそうだったのだ。

 いつも自信無げなフィンに、「自信」を与えてやれたことが、ユリウスも誇らしかった。

 父ザームエルに与えてもらった知識を、別の誰かに伝えることができたみたいで。


(……俺は、どうしたらいいんだ)


 ユリウスが猛勉強をし、〈楔の塔〉にやって来たのは、父の追放の理由を探るためだった。

 だが、その理由はもう分かってしまった。

 父の仇め──と誰かを憎めたら良かったのに、それすらできない。

 強いて言うなら、〈楔の塔カリクレイア〉が必要になった原因である、魔物を憎めば良かったのかもしれない。

 だが、自分はフィンを知ってしまった。

 優しくて、勇敢で、思いやりのある、あの素朴な少年を、ユリウスは憎めない。


 父は死んだ。フィンは裏切った。アグニオールは姿を消した。


 立ち上がり方が、分からない。

 ボンヤリした思考のまま、もう一度まどろんでしまおうかと目を閉じたその時、張りのある声が響いた。


「待たせたな、皆のもの! わたくしの帰還だ、盛大にもてなすが良い!」


 歩く覇気ことセビルが、勢いよく扉を開けて室内に入ってくる。

 その後にティア、レン、ルキエが続いた。廊下の方では、エラが見張りの男にペコペコ頭を下げているのが見える。


(遠征組が帰ってきたのか……)


 真っ先に立ち上がったのはゾフィーだった。

 ゾフィーはそのピンク色の目を潤ませて、セビルに飛びつく。


「わーん! セビルぅー! セビルだぁー! ティアとレンもいるぅ〜!」


「ピヨップ! ただいま!」


「美少年の帰還だぜ」


 元気そうなティアとレンの後ろで、ルキエがボソリと言った。


「……ただいま」


「ルギエェェエ」


 ゾフィーがベショベショの泣き顔で、今度はルキエにしがみつく。

 ルキエはその額をグイグイと押した。


「ちょっと。鼻水つけないで。汚い」


「その対応、本物のルキエだぁ……」


 ゾフィの大騒ぎが一段落したところで、セビルは他の顔ぶれを順番に見回す。


「ロスヴィータ、昨晩は善戦であったと聞いた」


「……〈原初の獣〉には、敵わなかったわ……全然、届かなかった」


 絞り出すような声で呟き、ロスヴィータは唇を噛む。

 そんな彼女に、セビルは胸を張って告げた。


「まずは生き延びたことを誇れ。敗北から学び、何度でも挑めば良いのだ。わたくしはそうやって兄を引き摺り下ろす機会を狙ってきた」


 サラリと物騒な皇帝一族事情を暴露し、続いてセビルはゲラルトの前に立つ。

 ゲラルトは正座の姿勢のまま、背筋を伸ばした。長い前髪の下で、目が泳いでいる。


「ゲラルト、すまんな。わたくしはお前の素性に気づいていたのだ。既にレン達には語っている」


「……あ、はい、あの……」


「深く追求はせぬ。だが、そうだな……兄に叱られるのが怖くなった時は、わたくしを頼るが良い。わたくしは頼りになるぞ?」


 セビルはパチンとウィンクをして、次はローズを見る。


「ローズよ、わたくしの留守中によくぞ皆を守ってくれた」


「最終的に捕まって封印されちゃって、ごめんなー」


「構わぬ。それも作戦の内であろう。オリヴァーは不在だが、こうして誰一人欠けることなく……いや」


 そこでセビルは言葉を切り、静かに呟く。


「……フィンは魔物だったそうだな。誰ぞ聞かせよ。フィンは、お前達に牙を向けたのか?」


 ユリウス以外の全員が首を横に振る。

 セビルがユリウスを見た。

 やめろ、見るな、話しかけるな。とユリウスは声に出さず叫ぶ。


「酷い顔だな、ユリウス」


「…………」


「虚勢を張る余裕もないか」


 その通りだ。余裕がない時でも笑え、という父の教えは胸にあるのに。もう、指一本動かすのも億劫だった。

 セビルは腰を折り、ユリウスの顎を掴んで顔を覗き込む。

 そうして黒獅子皇の妹姫は、女獅子のように凶悪に笑った。


「その顔。なるほど、わたくしと同じ結論に行き着いたか。互いに、難儀な父を持つと苦労するな」


 その言葉に、ユリウスの体は勝手に動いた。

 己の顎を掴むセビルの手を、力任せに振り払う。

 怒りと不快感に眉が吊り上がる。


「やめろ……ザームエルは……」


 喉が、勝手に叫び出す。


「父さんは……お前の父親とは違うっ!」


「あぁ、まったくその通りだ」


 セビルは折り曲げていた腰を戻すと、いつもの彼女らしく胸を張り、ユリウスを見下ろす。


「答え合わせに付き合え、ユリウス。お前はもう分かっているのであろう? 先帝──わたくしの父と〈楔の塔〉の断絶の理由を。そこに、お前の父ザームエルがどう関わったかを」


 室内にいる者達は、話の流れが理解できず困惑している。

 セビルはレンを指名して、訊ねた。


「レン、先帝が──わたくしの父が世間でどのように評価されている人物であるか、忖度なく申してみよ」


「……忖度なしでいいんだな? 後で『不敬故に処刑!』とか言うなよ」


「言わぬ。さぁ、申せ」


 レンは気まずそうに唇を曲げる。そうして一度鼻から息を吐いて、腹を括った態度で言った。


「……女好きで戦争嫌い。美術品の蒐集とか保護には熱心だけど、そのせいで散財してた。戦争回避のためなら、平気で土地を切り売りして……」


「それだ」


 セビルの一言に、室内の空気が張り詰める。


「先帝は、火種になるぐらいなら、平気で土地を切り売りする人物だった」


 帝国では伝統的に、戦争好きと戦争嫌いが交互で皇帝になると言われていた。

 事実、先々帝は戦好きで、国土を広げることに執心した人物である。五十年以上前には、隣のリディル王国に戦争で勝利し、また南方の侵略も積極的に進めていった。

 だが、その次に皇帝になった先帝──セビルの父は、戦争嫌いだったのだ。


「そんな先帝が、〈水晶領域〉を手放したいと考えるのは、おかしなことではない。おそらく、北方のダーウォック王国辺りにでも、売りつけようとしたのではないか?」


 セビルの紫色の目がユリウスを見下ろし、告げる。


「お前の父、ザームエル・レーヴェニヒの提言でな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ