【7】(分からないこと訊けてエライ!)
ヒュッターが鳩に思いを馳せている間も、エーベルによる古代魔導具の説明は続く。
「次に、古代魔導具〈離別のイグナティオス〉……魔物に修復不能な傷を与える剣です。あまり自己主張をせず、使い手も特に選びませんが、魔力は消費するので、魔力量の少ない人間が触れるのはやめておいた方が良いでしょう」
現状、一番使いやすそうなのが、この〈離別のイグナティオス〉だ。
魔物に修復不能な傷を与える──対上位種と戦闘になることを考えると、是が非でも取り戻したいところである。
「最後に〈愚者の鎖デスピナ〉。各種封印結界を扱い、また、魔物を本に封印して使役することができます。封印は非常に細かく使い分けることができ、個別に封印解除術式を設定することができます」
封印術式については、少しややこしい話だ。ヒュッターは、付け焼き刃のにわか知識でなんとか理解しようとした。
個別に封印解除術式を設定する──つまりは個々の封印ごとに、鍵となる合言葉を設定できるということだ。その合言葉があれば、誰でも解除できるし、合言葉を知る契約者が死ねば、解除は不可能となる。
亡きリンケ室長は、〈楔の塔カリクレイア〉の機能の一部に、この封印を施している。
(ミリアム首座塔主補佐が〈楔の塔カリクレイア〉に強制干渉して壁を復旧。そこにリンケ室長が封印措置を施して、壁を消せなくした。ただし、〈楔の塔カリクレイア〉も古代魔導具だ。三日あれば、封印をぶっ壊せる……ってとこか)
〈愚者の鎖デスピナ〉はできることが多く、汎用性も高いように思える。
だからこそ、魔物側が使ってきたら、非常に厄介だ。
「〈愚者の鎖デスピナ〉の使用者は、深淵に触れる技術が求められます」
エーベルの説明を聞いたヒュッターは思った。
ここで挙手して、「深淵に触れるってなんですか」と質問したら、馬鹿と思われないかなー……と。
そこに挙手をした勇気ある者がいた。レンだ。
「あのー、深淵に触れるってなんですか? 呪術師となんか関係ある?」
ナイス美少年。ありがとう、ありがとう。
レンの質問に、エーベルは少し考えるような仕草をする。
「深淵に触れる技術は、呪術師の能力の根幹に関わる部分です。故に〈楔の塔〉は常にシュヴァルツェンベルク家の者を招き、その技術の一部を継承してきました。もっとも、それを呪術として扱えるのはシュヴァルツェンベルク家の人間のみですが」
やはりゾフィーは〈楔の塔〉にとって価値ある人物なのだ。
それなのに、この場にゾフィーがいないことが、ヒュッターは気になった。
エーベルが話の流れを戻す。
「〈愚者の鎖デスピナ〉を扱えるのは、現状、ミリアム首座塔主補佐と、見習いのゾフィーのみと考えて良いでしょう」
ふむふむ、とヒュッターは頭の中で古代魔導具と使用者の関係を整理する。
〈楔の塔カリクレイア〉→実質フィーネのみ。
〈離別のイグナティオス〉→誰でも可。ただし、魔力消費有り。
〈愚者の鎖デスピナ〉→ミリアム首座塔主補佐、ゾフィー。
〈嗤う泡沫エウリュディケ〉→聖女ヘレナ。
案の定、古代魔導具は使い手を選ぶらしい。
下手に魔物に使われるよりはマシかもしれないが、なかなかに厳しい状況だ。
ヒュッターは念のために、挙手をした。
「すみません、私が部外者であることは承知の上で、発言の許可をいただきたいのですが」
「ヒュッター指導員。お前の有能さは聞いている。遠慮なく発言してくれ」
ローヴァインはあっさり許可をくれた。話が早くてありがたい。
ヒュッターは敢えて、遠慮がちな態度で発言をする。
「私の立場でこのようなことを言うのは心苦しいのですが……魔物が壁を越えてくる可能性がある以上、皇帝陛下や近隣の有力者に助力を求めるべきかと」
「もうしてる。だが、おそらく間に合わん」
なるほど、これはローヴァイン塔主の独断だな。とヒュッターは判断した。
少なくとも、エーベル塔主の了承は得ていないのだろう。エーベルが珍しく冷ややかな目でローヴァインを睨んでいる。
(ローヴァインのじーさんは、ゴリゴリの武闘派なだけあって、こういう時の判断が早い。ただ、昨日の今日だもんな……まぁ、間に合わねーわな)
元々、〈楔の塔〉は皇帝をはじめ、外部機関の干渉を拒んできた立場だ。それ故、よそに助けを求めるにしても、取り次ぎがスムーズにいかないのは容易に想像できる。
取り次ぎに一日。
既に絶滅したと思われている魔物が襲ってきた……という嘘みたいな事実を確認してもらうのに数日。
それから兵を集めるとして一週間は欲しいところだ。
……実のところ、その根回しをしていた男がここにいる。
カスパー・ヒュッターこと、三流詐欺師〈煙狐〉である。
ただ、その根回しの結果を握るポッポー四号が行方不明なので、根回しが実を結んでいるかが分からないのだ。
ローヴァインが室内にいる全員を見回した。
「今、ここにいる者達で、〈楔の塔〉を取り戻すしかない。それにあたり、敵戦力についてだが……」
ローヴァインが一瞬、セビル達を──見習い魔術師を見た。
それだけで、ヒュッターはローヴァインが言おうとしたことを察し、先手を打った。
「もしかして、レーム先生が裏切ったんじゃありませんか? 〈楔の塔〉に潜伏していた魔物はフィン・ノール。その正体は、入門試験に現れた黒い人狼だ」
一同が驚愕の目でヒュッターを見る。
指導室室長ヘーゲリヒが、動揺を隠せぬ声でヒュッターに訊ねた。
「気づいていたのかね、君ぃ……一体、いつから……っ」
「私は可能性の一つとして、想定していたに過ぎません。状況に基づき正確に推理したのは、うちの生徒の……」
ヒュッターはレンを目線で示す。
「この、レン・バイヤーです」
ヒュッターとしては、レンの推測をもとに今の状況を確認し、レームがいなくて、ベル室長が泣き崩れていたから確定だなこれ。と発言しただけに過ぎない。
ここでレンを売り込んでおいて損はないだろう。レンの評価が上がれば、ヒュッターの評価も上がる。
こんな状況だからこそ、信頼はできるだけ勝ち取っておくのが詐欺師の心得なのだ。
案の定、室内の全員が驚愕と動揺を露わに、こちらを見ている。
ローヴァインが「その通りだ」と低く唸る。
「指導室のアンネリーゼ・レーム、及び、見習いのフィン・ノールの裏切りが判明した。フィン・ノールは人狼。アンネリーゼ・レームは人間でありながら魔物側につき、潜伏していたフィン・ノールを支援していたらしい」
レームと親しかった、討伐室室長ハイドン、守護室室長ベルの表情が歪む。
指導室室長ヘーゲリヒが沈痛な顔で項垂れる。
この三人は特に辛い立場だろう。ハイドンとベルにとってレームは大事な仲間で、ヘーゲリヒにとってレームは部下。フィンは生徒なのだ。
ヘーゲリヒが苦痛を押し殺した声で言う。
「レーム君……ここではあえて、〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームと呼ぼう。〈百眼の魔女〉は極めて高度な感知と索敵の魔術を扱う。その上で、こちらの魔術発動を察知し、正確な反撃を叩き込んでくる……対魔術師戦闘でも強い魔術師だ。私もそれでやられた」
ヘーゲリヒはこの会議室で一番、怪我が多いように見えた。
特に顔と手が酷い。顔は半分ぐらい包帯で覆われているし、両手も動かしづらそうだ。
「〈百眼の魔女〉は、額と手のひらに水晶片を埋め込んでいた。おそらくあの水晶が、魔力器官が損傷した彼女に魔力操作を可能としているのだろう」
ここでも出てきた、水晶片。
魔物に刺せば、弱体化するも行動範囲を広げる。
人間に刺せば、魔力器官が損傷した人間に魔力操作を可能とする。
一体、そんな便利な代物を作ったのは、どこのどいつだ。とヒュッターは思った。
(なんか、発想が魔物っぽくねぇんだよな……人間心理を理解してる、クソ性格悪い奴の仕業って感じだ)




