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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【2】な、なんだってぇぇぇ!?


 ヒュッター達を発見したダマーは、村の奥にある集会所のような建物に、一行を連れてきた。

〈楔の塔〉の魔術師はそれなりの人数がいるので、村一つに収まるものではない。なので、天幕を張って野営している者もいるらしい。

 重症者や一部の人間は、空き家を借りて休ませているという。

 入り口のあたりではあまり人の姿を見かけなかったが、居住区の多い方まで移動すると、ヒュッターも見覚えのある顔が幾つかあった。

 いつも世話になってる食堂のおばちゃんもいたので、「無事で良かった」と伝えたら、おばちゃんは涙ぐんでいた。


(見たところ、士気は相当低いな……)


 突然の襲撃で魔物達に拠点を奪われたから。というのもあるだろう。

 だがそれ以上に、魔術師達の精神的支柱であるメビウス首座塔主とミリアム首座塔主補佐が重傷であることが響いているらしい。


(それと、気になることが幾つか……)


 一番の懸念点は、見習い達の姿が見えないことだ。

 ランゲの里にいるオリヴァーを除くと、ローズ、ユリウス、ゲラルト、フィン、エラ、ロスヴィータ、ゾフィーの七人が〈楔の塔〉に残っていたはずだ。

 怪我をしていないのなら、簡単な雑用や連絡係をさせそうだが、一人も姿が見えないのはどういうことか。

 まして、ヒュッター達が戻ってきたのだ。誰か一人ぐらい出迎えに来ても良さそうなのに。

 ……ということを、ティア達も考えているのだろう。皆、強張った顔で、村の中に仲間の姿を探している。


「ヒュッター先生!」


 その時、聞き覚えのある女の声がヒュッターの名を呼んだ。こちらに駆け寄ってくるのは、鮮やかな金髪を一つに束ねた女性──守護室室長ベルだ。

 普段はキリッとした顔にきちんと化粧をしていた彼女だが、今は化粧はしておらず、目の下には隈が浮いている。


「ベル室長。ご無事でしたか」


「えぇ、ヒュッター先生も……無事に戻ってきてくれて、良かった……オットーも、護衛任務お疲れ様」


 守護室室長であるベルは、オットーにとって直接の上司でもある。

 オットーは小さく会釈をして訊ねた。


「ただいま戻りました、ベル室長。現在の状況についてお聞きしたのですが、メビウス首座塔主の容態は……」


「それについては……いいえ、全てについて(、、、、、、)、これから説明があるらしいわ。集会所に行きましょう」


 そう口にして歩き出したベルがふらついた。

 ヒュッターが咄嗟に支えると、ベルはズルズルとその場にしゃがみ込む。

 彼女は両手で顔を覆い、啜り泣いていた。

 いつもあんなに気丈で、強い女性である彼女が、今は頼りない子どものように悲しい声で泣きじゃくっている。


「ベル室長……」


 ヒュッターがしゃがみ込んで、気遣うように声をかけると、ベルは嗚咽まじりに呟いた。


「……ごめんなさい。でも、どうして……どうしてリーゼが……」


 リーゼ──指導室の指導員アンネリーゼ・レームの名を、ベルは悲痛な声で繰り返す。

 その呟きで、ヒュッターは事情の一部を察した。

 ……見習い達と話した最悪の予想は、当たってしまったのだ。



 * * *



「指導室のカスパー・ヒュッターです。ダーウォック王城奪還任務を中断した後、ランゲの里経由でただいま戻りました」


 ヒュッターがオットーと、ティア達見習いを連れて入室すると、全員の視線が集中した。

 場所は集会所の会議室。室内には〈楔の塔〉の上層部──塔主と室長達が集まっていた。ただし、不在の者も多い。怪我人がいるのだろう。

 ヒュッターが室内の顔ぶれを確認していると、ヘーゲリヒが口を開いた。


「……無事で何よりだ。見習いの諸君も怪我はないかね」


 そう言うヘーゲリヒ自身、顔や手足に血の滲んだ包帯を巻いている。

 皆、大なり小なり怪我をしているが、この中では特にヘーゲリヒが一番重傷に見えた。

 ティアがピョェ……と喉を鳴らす。


「ヘーゲリヒ室長、とっても痛いのを我慢してる声」


「ふん。私は比較的軽傷なのだよ、君ぃ? それと、留守番をしていた他の見習い諸君も……」


 ヘーゲリヒはそこで少し顔をしかめて、言葉を濁した。


「……重傷者はいない、と言っておこう」


 その言葉はヘーゲリヒの甘さであり、優しさでもある、とヒュッターは思った。

 おそらく、想定していた裏切りはあったのだ。その上で、仲間を心配しているティア達のために、留守番をしていた見習い達に重傷者はいないと教えてくれている。


「それでは、見習いの皆さんは別室に……」


 最奥に座るエーベルが促したその時、声を張り上げる者がいた。セビルだ。


「否。わたくし達も、この場に立ち合わせてもらおう」


 セビルは一歩前に進み出ると、室内にいる全員を見回し、有無を言わさぬ態度で言い放つ。


「わたくし達は道中魔物に遭遇し、ランゲの里の顛末も目撃している。情報共有は迅速かつ円滑に行うべきであろう」


 エーベルはしばし無言でセビルを見つめた。

 第一の塔〈白煙〉塔主のエーベルは、温和な老婦人といった印象の人物だ。だが、今は彼女が不在のメビウス首座塔主、ミリアム首座塔主補佐に代わる責任者であり、進行役なのだ。

 彼女は一つため息をつくと、「良いでしょう」と言って、見習い達にも着席を促した。


(いやー、こういう時、セビルがいると話が早いなー……敵に回すとほんと嫌だけど)


 ヒュッターが言いにくいけど言わなくてはならないことを代弁してくれるのは、大変に楽なのだ。しかも皇妹殿下の威光つき。

 ヒュッターは「うちの生徒がすみませんね」という顔でヘラヘラ笑って着席する。

 そうして、この場に不在の人間を確認した。


(メビウス首座塔主、ミリアム首座塔主補佐、蔵書室のリンケ室長、整備室のクルーガー室長、あとは医務室の室長達が全員不在か)


 メビウスとミリアムが重傷であることは聞いている。

 整備室のクルーガーも元々体調を悪くして引退寸前だった身だから、この場にいないのは自然。

 医務室の関係者は、おそらく怪我人の処置にあたっているのだろう。


(となると、蔵書室のリンケ室長は重傷か、或いは……)


 エーベルが神妙な顔で告げる。


「まずは一つ報告を。蔵書室のリンケ室長が塔の使命に殉じ、逝去されました」


 室内の空気が重くなる。やはりか、とヒュッターは胸の内で呟いた。

 トップ二人がこの場に出られぬほどの重傷。そして室長が死亡。それはさぞ士気に関わるだろう。


「ここで皆さんに話さなくてはならないのは、〈楔の塔〉の使命についてです。既にご存知の方もいるかと思いますが、改めて……」


 エーベルは言葉を切り、室内にいる全員を見回す。

 穏やかな老婦人の目には、明確かつ強い意志があった。


「〈楔の塔〉の正式名称は、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉。魔物を退ける巨大な結界を張る過去最大級の魔導具であり、我々を守っていた西の壁は、〈楔の塔カリクレイア〉の力によるものなのです」



 * * *



 エーベルが明かした〈楔の塔〉の真実に、レンは「あー!」と声をあげそうになった。


(ユリウスが言ってた〈楔の塔〉の四番目って、それか……! 四番目の古代魔導具! あ〜、クソっ、ちょっと違和感はあったけど、言われるまで気づかなかった……!)


 セビルは〈楔の塔〉の機能と役割から、己の父──先帝が何を考えたか。そして、〈楔の塔〉が先帝と断絶した理由を悟った。


(これが、〈楔の塔〉が隠蔽していた事実……なるほど、父上が何をしたか読めたぞ)


 ティアは、古代魔導具には使い手がいることを知っている。

〈嗤う泡沫エウリュディケ〉をヘレナが扱っていたように、古代魔導具には定められた使い手がいるのだ。

 故に、大嫌いなあの子の正体に気づいた。


(分かった……古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉の使い手が、あの子(、、、)なんだ。だから、メビウス達(あいつら)はあの子を地下に隠してたんだ)


 職人であるルキエは驚きつつも、比較的冷静に〈楔の塔〉が古代魔導具である事実を受け入れた。


(ずっと不思議だったのよ。〈楔の塔〉にある魔力炉……あれって、魔力が潤沢な土地から、魔力を引いてこないとできないもの。どこから魔力供給してるんだろうって思ってたけど、おそらくその古代魔導具が発する魔力を再利用してたんだわ)


 ──と、見習い達が各々、驚きつつも冷静にその事実を受け止めている中、三流詐欺師の煙狐は……。


(な、なんだってぇぇぇ!? 〈楔の塔〉が古代魔導具だぁぁあ!?)


 この場の誰よりも驚いていた。

 ただただ純粋に驚いていた。

 これが〈楔の塔〉が抱えていた秘密だったなんて、三流詐欺師が扱うには重すぎる。


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