【13】美少年の最大の懸念
「ゲラルト・アンカーは、とある大貴族の家で奉公をしている少年の名だ」
セビルはランタンを置いたテーブルを囲む、レン、ティア、ルキエを見回して言う。
レンはゲラルトの普段の行動を思い出した。確かに、ゲラルトはきちんとしている礼儀正しい少年だ。良い家の出と言われれば、納得はできる。
「その大貴族の家には、奉公に来ている若者が複数いたのだが、その中の一人が少し前に脱走したらしい。噂になったのは夏の半ば……わたくしが〈楔の塔〉を目指している最中のことだった」
つまり、その脱走した少年こそが、ゲラルトというわけだ──と思いきや、セビルの話には続きがあった。
「おそらく試験で偽名が必要だと気づき、咄嗟に奉公仲間であるゲラルト・アンカーの名前を借りたのだろう。ところが運の悪いことに、その試験には本物のゲラルト・アンカーを知るわたくしがいた」
「ピヨ? じゃあ、セビルは最初から、ゲラルトはゲラルトじゃないって気づいてたの?」
「いかにもその通りだ」
頷くセビルに、ルキエが問う。
「……それで、私達が知るゲラルト・アンカーの本当の名前は?」
セビルはフゥッと息を吐き、その名を口にする。
「ゲルハルト・ブランケ。剣聖の孫であり、ヴァルムベルク辺境伯の弟だ」
レンは心底ギョッとした。レンだけじゃない、ルキエですら目を丸くしている。
ティアだけはよく分かっていない顔をしていた。
「ピロロ……へんきょーはくは偉い人? 貴族?」
「うむ。世が世なら、独立して一国の王になることもあり得るぞ」
そう、セビルの言うとおり大貴族なのだ。
しかも、ヴァルムベルク辺境伯と言えば、かつて隣国との戦争を前線で食い止めた英雄ではないか。
(戦争があった頃は先代か、先々代か? なんにせよ、皇帝陛下も無下にできない大物貴族の家じゃんか! やべぇぇぇ、オレ、ゲラルトにまぁまぁ失礼な発言しまくったよな? 「無礼者!」って怒られない?)
目の前に皇妹殿下がいることも忘れてレンが焦っていると、ティアがピロロロロと鳴いた。
「ピヨップ! 思い出した! ヴァルムベルクへんきょーはくは、セビルのダーリン!」
レンは「なんだって?」と真顔になった。
セビルは笑顔だ。これ以上ないぐらいに良い笑顔だ。
「いかにも、その通り! よく覚えていたな、ティア。褒めてつかわす!」
「ピョフフン」
「つまり、わたくしにとってゲルハルトは未来の義弟だ。故に素性をつまびらかにせず、心に秘めていたというわけだ」
未来の義弟という恐ろしい言葉はさておき、レンは気になっていたことを訊ねた。
「なぁ、セビルはゲラルト……じゃなかった。えーと、ゲルハルト・ブランケと面識があるのか?」
「いや、ない。わたくしがヴァルムベルクを訪れた時、ゲルハルト・ブランケは既に奉公に出ていたからな」
セビルが知っていたのは、あくまで本物のゲラルト・アンカーの方らしい。
それでも、旅の途中でゲルハルト・ブランケの逃走の噂は聞いていたし、入門試験にはゲラルト・アンカーを名乗る同年代の少年がいる。
そこでセビルはゲラルトを名乗る少年の正体にピンときたらしい。
(そうだ、ローズさんのカードゲーム……あれ、得点表はリディル王国語なのに、ゲラルトは普通に読めてた! リディル王国に隣接してる西方伯の家の人間なら、そりゃ読めるよなぁぁぁ)
「あとは……わたくしが確信を得たのは剣だな」
セビルの言葉にルキエが反応する。
「あれ、良い剣よね。私は剣には詳しくないけど……あの剣は雑に作られた安物じゃない」
そうなのか。とレンは驚いた。
正直、ゲラルトを魔物と疑っていた時は、どこかから拾ってきたのだろう、ぐらいに思っていたのだ。
「ヴァルムベルク辺境伯の家は貧しくてな、弟を奉公に出す際も農耕馬しか用意できず、ゲルハルトは他家の者に散々馬鹿にされたらしい。そこでゲルハルトの姉は、せめて剣だけは良い物をと考え、己のドレスも髪も売り払い、一振りの業物を用意したのだ」
あー……とレンは声を漏らしそうになった。
レンの知るゲラルトが抱えていた自罰の感情、重い罪悪感──その理由が、今なら分かる。
ヴァルムベルクは土地が痩せていて作物が育たず、竜害も多い。故に、戦うことで糧を得るしかないのだ。現に今も、ヴァルムベルク軍は度々、南方の戦線に出兵している。
彼は戦うことが嫌いだが、辺境伯の家に生まれたからには、その責務から逃れることは許されない。
(多分、優しい家族なんだ。あいつのことを、大事に思ってくれてる……)
ゲルハルトの姉は弟のために身を切り、立派な剣を用意したという。
だけど、戦うことから逃げたいゲルハルトにとって、その剣は重荷でしかなかった。
奉公先から逃げ出す時、ゲルハルトはその剣を置いていくことも、売ってしまうこともできたはずだ。だけど、それをしなかった。
「あの剣を見て、わたくしは確信したのだ。ゲラルト・アンカーがヴァルムベルク辺境伯の弟、ゲルハルト・ブランケであると」
「ピロロ……だからセビルは、ゲラルトと剣の訓練しなかったんだねぇ」
ティアの呟きに、レンは「あっ」と声を漏らした。
言われてみればその通りだ。見習いの中で剣士はセビルとゲラルトだけ。それならば、セビルはもっとゲラルトを剣の訓練に付き合わせてもおかしくないではないか。
だが、セビルがゲラルト相手に訓練を申し出るところを、レンは見たことがない。
(魔法戦の連携練習の時だって、ゲラルトは画板を盾にしていただけで、剣を使ってなかったし……)
剣を交えたら、出身地がばれてしまう。だからゲラルトは、セビルを徹底的に避けていたし、セビルも敢えて訓練を強要しなかった。
結果、剣を握るゲラルトを見る機会がなかったレンは、魔物ではないかと疑ってしまった。
「つーか、あれか! 最初の頃、ゲラルトがやけにオレのことを避けてたのって……」
「わたくしの手先と思われていたのであろうな」
入門試験合格直後から、レンとティアはセビルの一味みたいに思われていたのだ。
ゲラルトからしてみれば、自分の正体に気づきかねない皇妹殿下がいるわ、その一味らしき美少年がルームメイトになるわで、気が気ではなかっただろう。
「剣の訓練は、誰にも見つからぬよう、徹底して隠れてしていたのであろう」
「うーわー……ごめんゲラルト、マジで疑ってごめん…………でもさ」
レンは両手で顔を覆い、項垂れる。
ゲラルト(本名ゲルハルト)は人狼ではなかった。あぁ、良かった──で終わる話ではないのだ。
人狼候補は他にいる。
「仮に……仮にだぞ、見習いの中に人狼がいるとしたら……」
言葉を濁らせるレンに、ルキエが静かに言った。
「フィンでしょうね。流石にオリヴァーさんが人狼っていうのは、無理がある」
オリヴァーはランゲの里の人間に、本人であると認識されていたのだ。
仮に本物を殺して入れ替わったとしても、身内のフレデリクには気づかれるだろう。
ルキエは痛みを堪えるような顔をしていた。彼女は他人と関わることが嫌いな人間だが、それでもフィンとは、よく一緒に作業をしていたのだ。
いつだったか、フィンが綺麗な青いバンダナをしていたことがある。
『このバンダナ、ルキエにもらったんだぁ』
その時は、あのルキエにもそんな優しさがあるなんて、と驚いたものだ。
ルキエだけじゃない、見習い魔術師達は皆、フィンに優しかった。それはフィンが最年少だったからではない。優しくしてやりたい、と思える少年だったからだ。
ルキエは目を閉じ、感情を押し殺したような声で淡々と言う。
「フィンが魔物なら、水晶片の問題もクリアできる。だってフィンは『寝る時は靴下党』でしょ」
「ピヨッ、そっか! 足の裏に水晶片を刺せば、バレない!」
「そうよ。足が悪いってことになってるから、風呂場ですり足で歩いても誰も疑問に思わないわ」
レンは想像してみる。自分の足の裏に水晶片をブスリと刺して、歩き回る──想像を絶する痛みだろう。
フィンが足をひきずる動きに、違和感を覚えたことはない。多分、彼は本当に足が痛かったのだ。
(誰が人狼でも嫌だけどさ……やっぱ、フィンだったら……辛いだろ、そんなの……)
沈黙が暗い室内を支配する。レンは話を続けるか迷った。
ゲラルトの正体も、フィン=人狼説も、それなりにショッキングだったからだ。
そんな中、レンの迷いを断ち切るように、セビルが言った。
「……で、この話には続きがあるのであろう、美少年?」
「ピヨ? 続きがあるの?」
ティアが首を左右に傾ける。
ルキエも、セビルの意図が分からないという顔をしていた。
セビルがジッとレンを見る。
「レンは見習いの中に人狼がいるやもしれぬと疑っている──ならば、何故その話をわたくし達だけにした?」
「ピヨッ、そうだ。ヒュッター先生とオットーさんにも教えてあげないと!」
腰を浮かせたティアを、レンは慌てて止めた。
「待った! それはまずい!」




