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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
二章 新人教師と見習い魔術師達の日々
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【8】ヘーゲリヒ室長は強い人(敵にしたら逃げること)

 見習い達の集合場所にと指定されたのは、第一の塔〈白煙〉一階にある部屋だ。

 部屋の前方には黒い板があって、あれは何だろう? とティアが不思議に思っていたら、セビルがあれは黒板と言って、文字を書くことができる物だと教えてくれた。

 それと、こういう勉強をするための部屋を、教室と言うのだということも。


(教室、にいっぱい人が、入ってくる)


 教室には三人がけの大きな机が縦二列で四つずつ、全部で八つ並んでいる。

 ティアは窓の近くが好きなので、窓際の席に座っている。その横には、先ほど知り合ったばかりのゾフィーとエラが座っていた。レンとセビルはその一つ後ろの机だ。

 やがて教室に、他の生徒達も入ってきた。ティアも含めて全部で十二人。皆、ティアと同じ見習い魔術師なのだ。

 まだ話していない者もいるので、挨拶をしようかな、と思った。挨拶は大事だ。

 だが、ティアが挨拶をしに行くより早く、前方の扉が開いて、指導室の魔術師達が入ってくる。全部で五人。先頭にいるのは試験の時に見かけた金髪おかっぱ眼鏡のヘーゲリヒと、前髪の短いレームだ。


「ピヨッ、ヘーゲリヒしつちょー! おはよーございます!」


 ティアが元気に挨拶をすると、ヘーゲリヒは「うむ」と小さく頷いた。


「挨拶結構。合格者は全員揃っているかね?」


 ヘーゲリヒは室内を見回し、全員揃っていることを確認して「結構」と頷く。


「これより、〈楔の塔〉入門試験に合格した十二名に、今後の説明と、教室分けの発表を行う」


 教室分けってなんだろう、とティアは思った。

 この部屋が教室だから、この教室をみんなで分けるのだろうか。


「まず初めに、諸君らには入門試験、合格おめでとうと言っておこう」


「ピヨップ! ありがとー、ございます!」


 ティアは元気にお礼を言った。お礼は大事だ。

 ヘーゲリヒは「んんっ」と咳払いをし、丸眼鏡を指で持ち上げる。


「礼を言えるのは結構だがね。最後まで喋らせたまえよ、君ぃ」


「はぁい」


「〈楔の塔〉は、水晶領域から出てくる魔物達から帝国を守る防衛線でもある。その役目を念頭に置き、自分が魔術師として、どのような道を進むのかを考えながら、学びたまえ」


 そこでヘーゲリヒが一歩後ろに下がる。

 代わりに前に進み出たのは、フワフワした茶髪に前髪の短いお姉さんのレームだ。


「それでは、これからのことについて説明しますね。まず初めに、皆さんのことはこれから、名前で呼ばせていただきます」


 ヘーゲリヒやレームなど、〈楔の塔〉の魔術師達は大抵ファミリーネームで呼び合っている。

 だが、見習いの内は名前で呼び合うという慣習があるらしい。


「これは、どのような家の出身であっても、まずは自分を一個人として見つめ直して、どのような魔術師になるかを考えてほしいからでもあります」


 レームの言葉に、室内の何人かが反応した。セビルもだ。楽しそうに笑っている。


(セビルは皇妹殿下……つまりは、お姫様? なんだっけ)


 セビルの名前はとても長くて、周りの人々は彼女のことをアデルハイト殿下と呼んでいた。

 だけど、セビルはアデルハイト殿下と呼ばれるより、セビルと呼んでほしいのだという。

 きっと、セビルはセビルという名前が好きなのだ。


「続いて、これからについてです。まず皆さんはこれから一年間、見習い魔術師として〈楔の塔〉で魔術の基礎について学び、一年後、いずれかの部屋へ配属されます」


 そう言ってレームは黒板に文字を書く。



 第一の塔〈白煙〉

 総務室、財務室、指導室、医務室(第二分室)


 第二の塔〈金の針〉

 守護室、討伐室、調査室、医務室(本室)


 第三の塔〈水泡〉

 整備室、管理室、蔵書室、医務室(第一分室)



 その文字を眺めながらティアは、この〈楔の塔〉に来た時のことを思い出した。


(そういえば、ここって大きな塔が三つあったっけ……)


 今、ティア達がいるのが第一の塔〈白煙〉。

 入り口側にあるのが、戦闘任務が主の第二の塔〈金の針〉。

 一番奥にあるのが蔵書や魔導具を管理する第三の塔〈水泡〉。

 更に各塔内で、細かな役割ごとに部屋が設けられているらしい。


「各部屋については、追々説明しますが、自分がどこに所属したいかは考えておいてくださいね」


 それは難しいなぁ、とティアは思った。

 ティアはただ飛行魔術を覚えて空を飛べればそれで良いのだ。それ以上のことなんて考えていなかった。

 一年以内に飛行魔術を覚えて、首折り渓谷に帰る──それが、ティアの目標だ。


(レンやセビルは、そういうの、ちゃんと考えてるのかな……考えてるんだろうな、二人ともすごく頭がいいから)


「次に、これから一年間行われる授業についてです」


 レームが黒板の余白に、「共通授業」「個別授業」と書き加える。


「皆さんには、私を含めて四人の指導員の下に、それぞれついてもらいます」


 個別授業の横に、更にレームは文字を書き足した。


 レーム教室

 ゾンバルト教室

 アルムスター教室

 ヒュッター教室


 この四つだ。教室名はそのまま担当指導員の名前らしい。


「午前中は全員この教室で共通授業を、午後は担当指導員の個別授業を受けてもらいます。それでは、各教室の組み分けを……」


「待ってください」


 レームの言葉を遮ったのは、オレンジ色の髪を二つに分けて結い、とんがり帽子を被った少女──今朝、食堂で揉めていた人物だ。

 ティアの隣に座ったゾフィーが小声で言った。


「ロスヴィータ・オーレンドルフだよぉ。古典派の名門の……」


「……古典派? ピロロロロ……」


 ティアは首を右に左に傾けた。古典派。知らない単語だ。

 今度はエラが小声で教えてくれた。


「旧時代以前の魔術を使う魔術師のことですよ。古典派は、歴史ある家の方が多いんです」


 エラはロスヴィータと同室なので、彼女のことを気にかけているらしい。ハラハラした様子で、とんがり帽子のロスヴィータを見守っている。

 ロスヴィータは四人の指導員を鋭く睨み、キッパリと宣言した。


「私は古典派の魔術以外、学ぶつもりはありません」


「それも踏まえて、組み分けをしているのだよ、君ぃ」


 室長のヘーゲリヒがしかめっ面で口を挟む。


「今年の指導員はこの四名。その内、レーム君とアルムスター君は、近代と古典、両方の魔術を研究している。君はレーム君の教室だ」


「……古典専門の指導員はいないんですか?」


「古典派の魔術師は、稀少なのだよ」


 何故か、ロスヴィータの表情がますます険しくなった。

 彼女はキッとまなじりを吊り上げて、ヘーゲリヒに問う。


「指導室に古典派魔術師がいないのは、室長の貴方が近代派の魔術師だからですか?」


「それは出過ぎた発言だ、ロスヴィータ君」


 ヘーゲリヒが丸眼鏡の奥で目を細める。

 あれは強い生き物の発する、力のある眼光だ。


「私はそういった無駄話を好まない。分かるかね?」


 その時、ティアの首の後ろあたりがチリチリした。

 ヘーゲリヒ室長は強い人だ。もしここが森の中で、ティアが空を飛べたら、すぐに飛んで逃げている。

 勝ち気そうなロスヴィータも流石に気押されしたのか、反論せず口を閉ざした。

 ヘーゲリヒはフンと鼻を鳴らし、針のような鋭さを引っ込める。


「指導室室長である私は、君達の指導方針を一任されている。私の方針に不満があるのなら、荷物をまとめて出て行きたまえ──君を止める者は誰もいない」


 最後の一言には、相手を突き落とす冷たさがあった。

 きっとあのロスヴィータという娘は、魔術に自信のある人間なのだろう。

 それでも、指導方針に従わぬなら塔を追い出す。ヘーゲリヒの言葉には、腹を括った者の覚悟があった。


「……申し訳ありませんでした」


 ロスヴィータは素直に謝罪し、それ以上は何も言わなかった。

 ヘーゲリヒが視線でレームに続きを促す。レームは小さく頷き返し、説明を続けた。


「それでは、組み分けを発表しますね。この後は、担当教師の教室に移動してもらいます」



 レーム教室

 ロスヴィータ・オーレンドルフ

 エラ・フランク

 ゾフィー・シュヴァルツェンベルク


 ゾンバルト教室

 ユリウス・レーヴェニヒ

 ジョン・ローズ

 オリヴァー・ランゲ


 アルムスター教室

 ルキエ・ゾルゲ

 フィン・ノール

 ゲラルト・アンカー


 ヒュッター教室

 アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィング

 レン・バイヤー

 ティア・フォーゲル



(わたしは、ヒュッター先生のヒュッター教室)


 ティアの後ろの席で、レンが小さく「よっしゃ」と呟く。

 振り向いたティアに、レンが机から身を乗り出して、「一緒の教室じゃん」と耳打ちした。


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