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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
九章 塔の攻防
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【6】アタシ達、ずっと仲間だよ!


 蔵書室の一室で寝泊まりすることになったゾフィーは、部屋の窓辺に椅子を寄せた。囚われのお姫様は、窓から空を見上げて、自由を願うと決まっているからだ。


(誰か私を連れて逃げて、って願ったら……王子様とか来てくれないかなぁ)


 ゾフィーは暗い目で自嘲した。そんな都合の良いことが起こらないことぐらい、知っている。

 ゾフィーが寝泊まりしている部屋は、外から鍵をかけられたりはしていないが、常に部屋の外に人がいて、ゾフィーの行動を見張っていた。当然、宿舎に帰らせてはくれない。


(どうして、こうなっちゃったんだろ……)


〈楔の塔〉に来てからの自分は、良い感じだと思っていたのに。

 勿論、最初はルームメイトのルキエとなかなか会話できなかったり、呪術師の仕事の話になって、仲間達の前で大泣きしてしまったり、上手くいかないことも沢山あった。

 それでも、そういった失敗を乗り越えて、最近は楽しく過ごせていたのに。

 ゾフィーは自分の手首に巻いた組紐の飾りを見下ろす。以前、ルキエが作ってくれた物だ。


(ルキエ……家を飛び出したのもアタシの選択だって、尊重してくれたよね。でも、駄目だったよ……飛び出した先でも、アタシは同じ道を辿ってる)


 また、じわりと涙が滲んできた。


(……呪術師は呪い殺すことしかできないんだ。アタシには、それしかできないんだ)


 嫌だ、そんなのやりたくない、と泣いて大騒ぎをすれば、ユリウスを呪うことはしなくて良いかもしれない。

 だけど、結局ゾフィーはシュヴァルツェンベルク家に連れ戻されて、呪術師として誰かを呪い殺さなくてはいけない。

 そしてユリウスも、別の人間に殺されるだけだ。ゾフィーがあがいても、未来は何も変わらない。


(ユリウスのお父さん殺したの、お祖父様だったんだ……ユリウスはそのこと知ってるのかなぁ……多分、気づいてたよね。ユリウス、頭良いもん)


 ユリウスは、ゾフィーのことをどんな目で見ていたのだろう。

 尊敬する父を殺した男の孫娘。そして、自分を殺す呪術師──最悪だ。


 ──コツン。


 窓に何かがぶつかり、小さな音を立てた。小石よりも軽い音だ。


 ──コツン。


(……どんぐり?)


 そういえば、オリヴァーさんが茹でてたっけ。なんて懐かしんでいたゾフィーはハッと窓に張りつき、下を見た。

 大柄な人影が見える。塔の灯りに微かに照らされる、モジャモジャの赤毛とヒゲ。


(──ローズさん!)


 ローズは唇に指を当てて、「静かに」のジェスチャーをすると、そのまま手をパタパタと動かす。窓を開けろ、ということだろうか。

 ゾフィーは音を立てないよう、静かに窓を開けた。


(でも、ここ二階だし、飛び降りるのはちょっと無理ぃ……)


 オリヴァーやティアがいたら、飛行魔術や跳躍用魔導具で、どうにかできたかもしれない。或いはユリウスかロスヴィータがいたら、魔術で上手いことどうにかしてくれただろう。だが、ローズにできるのは防御結界を張ることだけなのだ。

 どうしたら良いの、とゾフィーが目で訴えていると、ローズは右手を前に、左手を後ろに伸ばし、体を斜めに傾けた。

 何故、体を斜めに傾けているのか。どう見ても、不審者の動きである。

 その時、キィン、と微かに澄んだ音がして、窓枠の辺りに何かが生じた。ゾフィーは咄嗟に窓の外に手を伸ばす。


(さわれる……! これ、防御結界を坂にしてるんだ!)


 おそらくローズは、ゾフィーのいる部屋の窓から地面に向かって、板状の防御結界を斜めに傾けて展開したのだ。

 体が斜めに傾いていたのは、上手く角度をつけられなかったからだろう。

 魔力操作が苦手な者の中には、攻撃魔術の軌道に合わせて体が動いてしまう者もいるという。だが、防御結界の角度に合わせて体を傾ける人は初めて見た。ちょっと間抜けな光景である。


(これ、滑り落ちてこいってこと……だよね)


 ゾフィーはゴクリと唾を飲んだ。防御結界は透明なのだ。目に見えない滑り台で、二階から滑り落ちる……ちょっと、かなり、すごく怖い。


(でも、グズグズしてたら……誰かに、見つかっちゃう)


 ゾフィーは手首に巻いた腕飾りをギュッと握りしめた。


(い、行くぞぉ、アタシはヒロイン! ヒロインは華麗にピンチを抜け出して、素敵な王子様と結ばれる!)


 窓の下まで迎えに来たのは、王子様とは程遠いモジャモジャ男だが、そこには目を瞑っておく。

 ゾフィーは滑り落ちた先で、素敵な王子様が両手を広げて待っている妄想をした。よし、いける。


(待ってて、アタシの王子様!)


 ゾフィーは窓枠によじ登ると、目を瞑り、防御結界の上を滑り落ちた。

 怖かったけれど、滑り落ちるのはあっという間だ。


「ゾフィー、こっちだ」


「ローズさぁん……」


 芝生の上で尻餅をついているゾフィーを、大きな手が掴んで立ち上がらせる。


「今、ゲラルトとフィンが、人が来ないか見張ってくれてるんだ。まだ合図はないから大丈夫だと思うけど、急ごう」


 ローズはゾフィーを連れて、木々や茂みの陰を選んで移動する。ゾフィーは焦った。


「ちょっと待って、ローズさん。ローズさんは事情を知ってるの? アタシが……」


 ユリウスを呪えと言われたことを──その言葉が喉につっかえて、上手く出てこない。

 唇を噛むゾフィーに、ローズはいつもの彼らしい大らかな口調で言った。


「ロスヴィータがさ、ゾフィーのこと心配して、水の魚を飛ばしてくれたんだ」


「……ロスヴィータが?」


 ゾフィーは驚いた。ロスヴィータを意地悪だとは言わないが、他人のために骨を折るタイプだとは思っていなかったのだ。


「古い名家の者同士、思うところがあるって。水の魚で情報収集してくれたんだぜ」


 ロスヴィータが操る水の魚は、術者と視界を共有できる。

 音まで聞き取ることはできないが、それでも「ゾフィーが何かを命じられていた。ゾフィーは酷く取り乱し、その後は蔵書室に軟禁状態」という状況で、事態を把握してくれたらしい。

 同時に彼女は水の魚を飛ばして、ユリウスやアグニオールが捕まっている場所も調べたのだという。

 そして夜、見習い魔術師達は同時に行動を起こしたのだ。

 ローズは庭園近くの城壁前で足を止め、茂みの中に身を潜めた。他の仲間達とは、ここで合流する手筈になっているらしい。


「ローズさん、アタシ、勢いで飛び出してきちゃったけどさ……行くとこなくて……家に帰っても、呪い殺す仕事させられる……から……」


〈楔の塔〉に残ればユリウスを呪い殺せと命じられ、家に帰れば知らない誰かを呪い殺せと言われる。

 ゾフィーにはもう、どこにも行く場所がないのだ。頼れる親類縁者も思いつかない。


「アタシ、呪術以外にできることないし……」


「ゾフィーはさ、解呪ってできるかい?」


 ローズは庭仕事用の手袋を外すと、左手をズイとゾフィーの前に突きつけた。

 月明かりが頼りなのでハッキリとは見えないが、左手中指に指輪があることは分かる。


「この呪具、解呪できないかな?」


「それ、呪具なの……?」


 ローズの指輪に指先で触れる。

 表面上は分からないよう、リングの内側に色々と加工しているのだろう。ゾフィーは自分の中から深淵の力を引き出し、その力で指輪の呪いに触れてみる。そして、底の見えない闇の深さにギョッとした。

 たとえるなら、目の前に水たまりがあったので木の枝でつついてみたら、底なし沼だった──そういう感覚だ。


「何この、ねっっっとりした呪い……」


「ねっとりしてるのかー」


「ローズさん、これ作った人にめちゃくちゃ恨まれてるよ、間違いないって!」


「急ぎで頼んだからかなー……」


 何を急ぎで頼んだか分からないが、この呪具が、恐ろしく実力のある呪術師が作った物であることは間違いない。

 シュヴァルツェンベルク家の作る呪具は「苦しめて殺す物」だが、隣国だと少し意味合いが違う。

 隣のリディル王国では、呪具というのは被術者を苦しめるか、行動を制限する物だ。魔力の使用を封じる物もあるという。


「解呪、できるかな?」


「ちょっと時間はかかるけどぉ〜……できると思う。この指輪の呪具、『呪術師なら解呪できる』って造りになってるもん」


 呪具の効果は様々だが、「絶対に外せないように念を込めた物」と「呪術師なら外せる物」に大別することができる。

 前者は個人的な恨みや殺意で使う物。後者は犯罪者の拘束等に用いられる物だ。

 呪具を調べるゾフィーに、ローズは珍しく真面目な口調で言った。


「ゾフィーにこれを解呪できるだけの実力があるんなら、雇ってくれる人に心当たりあるぜ。ツテって言えるか分かんないけど、オレから頼んでみるよ」


「もしかして……」


 ゾフィーは顔を上げてローズを見た。考えてみれば、思い当たる節は幾つもあったのだ。

 人相が分かりづらいモジャモジャの髪と髭、能力を封じる呪具。

 つまり、ローズの正体は……。


「ローズさんは隣国から逃げてきた……犯罪者?」


「なんで!?」


「だってぇ、呪具って犯罪者につけるもんじゃん……」


「あっ、ほんとだ!? 言われてみればそうだった!?」


 ローズは目に見えて狼狽えている。

 それでも優しいゾフィーは、彼を突き放したりはしなかった。


「大丈夫だよ、ローズさん。ローズさんがデリカシーの無いムキムキでモジャモジャの犯罪者でも、アタシ達、ずっと仲間だよ!」


「う、嬉しいけど、犯罪者じゃないぜー……」


 たとえ犯罪者であっても、ローズはこれからも仲間だ。

 そもそもローズは、おおらかでおっとりしていて、あまり犯罪者っぽくはないのだ。きっと、何か冤罪をかけられたとか、そういう事情があるのだろう。


「ところでさ、ローズさん。アタシ達、ここで隠れてていいの?」


「うん。『ゾフィーとユリウスを、〈楔の塔〉の外に逃そう作戦』なんだけどさ、オレ達誰も、飛行魔術を使えないだろ?」


「だよねぇ」


 オリヴァーかティアがいれば話は別だが、二人はいつ戻るか分からない状況である。二人の帰りを待つのは現実的じゃない。


「ユリウスとアグニオールさえ見つかれば、ちょっと乱暴だけど……城壁に穴を空けて、外に逃げられるだろ」


「ローズさん、それはちょっとじゃなくて、すごく乱暴だよぉ」


「う……でも、他に作戦がなくてさぁ……水路を使う手も考えたけど、水中移動はすごく難しいってロスヴィータが……」


 言いかけたローズが、ハッと足下を見る。少し遅れてゾフィーも気がついた。

 二人の靴が凍りついて、地面とくっついている。魔術による攻撃だ。


「己の勤めを果たさぬ者に、天国の扉が開かれることはありません」


 振り向いた先、こちらに向かって歩み寄ってくるのは、修道服の女──ミリアム首座塔主補佐だった。



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