【4】シュヴァルツェンベルクのお役目
「ゾフィー・シュヴァルツェンベルクに命じます。貴女の力で、ユリウス・レーヴェニヒを呪いなさい」
「…………へ」
ゾフィーは愛想笑いを浮かべようとして、失敗した。
シュヴァルツェンベルク家の呪術師は、人を呪い殺すのが仕事だ。だけど、〈楔の塔〉でお役目を果たせば、家の仕事はしなくて良いと言われた。だから、ゾフィーは〈楔の塔〉に来たのだ。
(〈楔の塔〉のお役目って、古代魔導具を使うことじゃなかったの……?)
こんな理不尽があって良いはずがない。それでも、ふざけるなと強気で言い返す勇気もなく、ゾフィーは引きつり笑いを浮かべて言った。
「あ、あのぉ……アタシ、ひ、人を殺す呪いしか……できなくってぇ」
「存じております。『苦しみを伴う死』それが、シュヴァルツェンベルク家の呪いでしょう」
胃をギュッと雑巾絞りにされた気分だった。吐きそうだ。
ゾフィーは助けを求める気持ちで、リンケ室長を見た。彼女は静かに、ただ粛々とミリアムに従っている。蔵書室室長リンケは、ミリアム首座塔主補佐を支持している人間なのだ。
ミリアムは神の教えを説く聖職者に相応しい威厳をもって、ゾフィーに告げる。
「〈楔の塔〉は魔物の侵略から人類を守る最後の砦。その存続に関わる大罪を犯した者は、シュヴァルツェンベルクの試練を与え、塔より追放するものと定められています」
試練を与えて塔から追放。それだけ聞けば、寛大な措置に聞こえるだろう。
だが実際は、苦しめながら殺す呪いをかけて、塔から追い出すのだ。シュヴァルツェンベルク家の呪いの強さを知っているからこそ、それがいかに惨い処置か、ゾフィーは分かる。
ミリアムは淡々と言葉を続けた。
「これは〈楔の塔〉とシュヴァルツェンベルク家の間で交わされた盟約なのです。かつて皇帝に迫害されたシュヴァルツェンベルク家は、自らが〈楔の塔〉の処刑人を務めることで身を立てた。〈楔の塔〉側はシュヴァルツェンベルク家の申し出に応じただけにすぎません」
他者を呪い殺すしかできない呪術師一族など、皇帝の庇護がなくなれば迫害の対象だ。故に、かつてのシュヴァルツェンベルク家の当主は、一族が生き残るため、〈楔の塔〉に処刑人を差し出すことを提案したのだろう。
(待って、そういえば、ユリウスのお父さんって……塔から追放されたんじゃなかったっけ?)
ゾフィーはただでさえ血の気の引いていた体を、ガタガタと震わせた。
だって、そんなの、あんまりではないか。
聞きたくない。知りたくない。だけど気づいてしまった以上、もう知らないふりはできない。
「……もしかして、ユリウスのお父さんも?」
「その通りです。ザームエル・レーヴェニヒは〈楔の塔〉を揺るがす大罪を犯した。よって、貴女のお祖父様が呪いをかけた後、追放刑に処しました」
膝から崩れ落ちてしまいたい。
それはつまり──ユリウスの父を殺したのは、ゾフィーの祖父だった、ということだ。
そして今、ゾフィーはユリウスを殺せと命じられている。
(ヤダ……そんなのヤダ……!)
呪いで人を殺すなんてしたくなくて〈楔の塔〉に来たというのに、こんなの詐欺だ。あんまりだ。
ゾフィーは痙攣する喉を必死で動かし、声を絞り出した。
「あ、アタシ、無理です……そんなの、できない……」
「貴女がそれをできぬと言うのなら、貴女をシュヴァルツェンベルク家に帰し、別の呪術師を招致するまでです」
どうあっても、ユリウスが呪い殺されることは変わらない。
そして、ゾフィーは呪術師としての定めから逃げられない。
(なんで? ……なんで、こうなっちゃうの? アタシ、そんなに悪いことしたかなぁ?)
ポタポタと涙の雫と、汗の雫が床を濡らす。
(アタシ、普通の女の子になれないの知ってたよ。それでもさぁ……誰も殺さなくていい自由ぐらい、あっていいじゃん)
しかも、その相手が同じ見習いの仲間だなんて。
やはりシュヴァルツェンベルク家は神様に見放されているのだ。
あうあう、と泣きじゃくるゾフィーに、ミリアムは腹を立てることも、同情することもしなかった。
それは心無い冷たさではなかった。この〈楔の塔〉の在り方を守るという使命に殉じている者の冷酷さだ。
「明日の朝、もう一度答えを聞きます。それまでに結論を出しなさい」
それだけ告げて、ミリアムは背後に控えているリンケに命じた。
「リンケ、今夜は彼女を蔵書室で寝泊まりできるよう手配しなさい」
「かしこまりました」
つまり、ゾフィーはこの蔵書室から出られない。
見習い仲間達のもとには、帰れないということだ。
* * *
第一の塔〈白煙〉の指導室は、重々しい空気に満たされていた。
特に室長のヘーゲリヒは冷静を装っているが、しきりに眼鏡を弄っており、動揺を隠せていない。
見習い魔術師担当指導員のレームとアルムスターも同様だ。
そんな中、いつでも爽やかな男ゾンバルトは、いかにも困りましたという顔で言った。
「いやぁ、大変なことになってしまいましたねぇ」
「口を慎みたまえ、ゾンバルト君。君の生徒の問題だということを分かっているのかね?」
「えぇ、勿論! ですから、こんなにも心を痛めているんです。ユリウス君が反逆罪だなんて、何かの間違いに決まっています! 断固、エーベル塔主に申し立てを行い、ミリアム首座塔主補佐に訴えるべきです!」
「……それは、もうしているのだよ」
(へぇ、もうしてるんだぁ)
どうやらヘーゲリヒは、ユリウスを見殺しにするつもりはないらしい。
だが、その申し立てが通ることはないだろう、とゾンバルトは確信していた。
〈楔の塔〉内は、近代派と古典派で派閥が分かれており、現状、実権を握っているのは古典派である。
古典派の魔術師──即ち、ミリアム首座塔主補佐、第一の塔〈白煙〉塔主エーベルである。ヘーゲリヒは第一の塔〈白煙〉において、室長の中でも特に発言力が弱いのだ。
ヘーゲリヒをフォローするように、レームが控えめに言った。
「上層部は、ユリウス君を拘束した理由について、反逆の罪と言うだけで、仔細を伏せているようです。それは塔の運営に関わることなので、室長以下の者には公開できないと……」
誰よりも生徒想いのレームは、短い前髪の下でキュッと眉根を寄せて呟く。
「なんとかユリウス君を解放してあげたいのですが……肝心のユリウス君が取り調べに非協力的で、黙秘を貫いているらしくて……」
ふとゾンバルトは思い出した。ユリウスには強力な契約精霊がいるではないか。
頭は悪いが強大な魔力を持つ、炎霊アグニオールが。
「そういえば、ユリウス君の契約精霊はどうなったんですかぁ?」
「アグニオールはおとなしくしているそうです。多分、ユリウス君が待機を命じているのでしょう。現在は封印処置を施し、〈白煙〉の重要物品保管室で保管しています」
ゾンバルトの疑問にレームが答える。
どうやらレームは、ユリウスを解放するため、あちらこちらに交渉を持ちかけたり、話を聞いて回ったりしているらしい。本来は担当指導員のゾンバルトがするべきことである。
生徒であるエラ・フランクの手術の経過観察に、自身の魔力器官損傷の研究、更には生徒達の指導に、指導室の教材管理など──やるべき仕事は誰よりも多いのに、こういう時のレームは生徒のための労力を惜しまないのだ。
ゾンバルトとしては、ユリウスがどうなっても構わないが、自分が協力者だとバレるのはまずい。ゾンバルトはユリウスに、庭の小屋の鍵を複製して渡しているのだ。
(あの鍵が、僕が用意したとバレるのはまずいなぁ……取り調べで精神干渉魔術を使われる可能性もあるし。そろそろ逃げる準備だけはしておこうかな)
ゾンバルトはこっそり指導員達の顔色を伺う。
疲弊しているヘーゲリヒ、何か打つ手はないかと思案するレーム、そして、いつも通りオロオロしている中年男のアルムスター。
(そういえば、ヒュッター先生は、アルムスター先生に何か含みがあるみたいだったけれど……)
自分からつつくのは、野暮というものだろう。
アルムスターに隠しごとがあるのなら、それを暴いて衆目の下に晒し上げるのは、真の悪人であるヒュッターにこそ相応しい。自分はそれを特等席で見たいのだ。
ゾンバルトは時計を見た。そろそろ鳩の餌やりの時間だ。
ヒュッターはこっそり一羽だけ連れて行ったようだが、その鳩──ポッポー三号だか四号だかが帰ってくる気配は、まだない。
ゾンバルトはとりあえず指導員面を保ち、さも物憂げな声で言う。
「こんな時、ヒュッター先生がいてくれたら……って思いますね。ヒュッター先生ならきっと、生徒達の不安を取り除いてくれます」
そうして、悪い大人が大好きな悪い大人は胸の内で呟いた。
(ヒュッター先生がいたら、この状況をどう面白おかしくしてくれるかなぁ!)




