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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
八章 境界の魔女
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【19】姫と詐欺師の楽しいお喋り


 三流詐欺師〈煙狐〉こと、カスパー・ヒュッターは扉を開け、室内を見回した。

 室内にあるベッドで、レンはぐっすりと眠っている。行方不明になっている間、大変な目に遭ったのだろう。

 ベッドのそばにある椅子に座っているのはセビル。トレードマークの曲刀は椅子のそば、すぐ手が届く位置に置いてあった。

 他に人の姿はない。当然と言えば当然だ。今、この里は魔物の襲撃を受けて大ピンチなのだ。どこもかしこも人手不足なのである。


「レンの様子はどうだ?」


「目立った怪我はない。疲れが溜まっていたのであろう」


「あー、なら良かったな。うん」


 適当に相槌を打って、ヒュッターは壁際にある椅子を一つ動かし、セビルの横に座った。


(さて、どうしたもんかね……)


 今、この屋敷に出入りしている人間達は総出で、村の防衛戦にあたっている。

 手先が器用なルキエは、魔物が嫌う香作りを手伝っているし、オリヴァーは伝令と見回り。跳躍用魔導具が使えるティアも、そちらに駆り出されるだろう。

 一方、こういう時、扱いに困るのがセビルである。

 本人は戦う気満々なのだろうけれど、皇妹殿下を前戦には出せない。大人しくレンの看病をしていてほしい、というのが現場の人間の総意なのだ。


「実は俺、オットーさんと、この屋敷の人達から頼みごとをされててな」


「ほぅ?」


「お前は勘が良いから、先に言っとくぞ。『皇妹殿下が外に出ないよう、見張っていてください』だとさ」


 つまりヒュッターはセビルを見張るために、ここに来たのだ。

 セビルは腕組みをし、「ふぅん」と呟く。ヒュッターを試すような表情だ。

 やめろ、指導員を試すんじゃない。


「正直に言えば、わたくしが大人しくするとでも?」


 正直に言うだけでは、足止めとして不充分。

 皇妹殿下の時間を奪うに足る利益を寄越せ、と暗に言っているのだ。このわがままプリンセスは。

 ヒュッターは鼻から息を吐き、頭をかいた。


「……だったら、お前がこの部屋にとどまりたくなるような、楽しいお喋りをしてやろう」


 セビルの唇に薄い笑みが浮かぶ。

 余裕たっぷりの微笑は、こちらがどんなカードを切るか楽しんでいた──ならば、これはどうだ。


「塔の秘密は見つかったか?」


 セビルの微笑は崩れない。だが、返事までに一呼吸の間があった。


「はて、それは何の話だ?」


「ティアやレンを巻き込んで……ついでに、ユリウスと組んで色々探ってただろ。お見通しだ」


 これは、セビルの挙動から気づいたわけではない。自分の任務の都合でユリウスを観察していたら、たまたま気づいたのだ。

 ヒュッター教室の三人とユリウスは手を組んで、〈楔の塔〉の秘密を嗅ぎ回っている。

 ユリウスの目的は明白。父ザームエル追放の原因を探ること。

 なら、それにセビル達が協力する理由は何か?


(正直、分からん!)


 ある日突然、ユリウスとの友情に目覚めたのかもしれないし、ただの好奇心かもしれない。

 その辺りの事情は分からないが、とりあえず「自分は全て知っている」という顔をしておく。


(さぁ、どう返す?)


 セビルは余裕たっぷりの仕草で足を組み替え、頬にかかる黒髪をかき上げた。


「兄に対抗するべく、〈楔の塔〉を乗っ取ってやろうと思ってな。そのために、メビウス首座塔主の弱みを探っていたのだ」


「ティアとレンも巻き込んでか?」


 すかさず切り返すと、セビルの口の動きが止まった。

 ヒュッターはその顔に、退屈そうな表情を浮かべた。


「どうやら俺は、お前のことを買い被りすぎていたらしい。そういう無茶に、ティアやレンは巻き込まないと思っていたんだがな」


 お前に興味を失った、という態度を取りつつ、相手の反応をうかがう。

 セビルは無言だった。

 安い挑発に、分かりやすく激昂しないのは流石だが、纏う空気がピリリと鋭い。ティアとレンの名前を出したのは、それなりに効いたようだ。

 ヒュッターは失望の表情を引っ込め、片目を瞑り、肩を竦めた。


「案外、巻き込まれたのは、お前の方なんじゃないのか、お姫様?」


 軽口めいた言い方をしたのは、見当違いだったら死ぬほど恥ずかしいからだ。なので、冗談で逃げられる口調にした。

 セビルは無表情にヒュッターを見ている。雌獅子に品定めをされている気分だ。実におっかない。

 ヒュッターは小心者なので、とりあえず保身に走っておくことにした。


「まぁ、なんだ。つまり俺が言いたいのは……先生をもっと頼れってことだ」


 セビルが毒気を抜かれたように瞬きをする。

 お前達がコソコソ何かやってるのはお見通しだぞ、と突きつけておいてからの、「何かあったら先生を頼れ」発言。

 これなら、セビルを敵に回さずに済むし、上手くいけばセビルやユリウス達が握っている情報が回ってくるかもしれない。

 セビルはピリピリした空気を引っ込め、感心したように言った。


「やはり貴方は、優秀な指導員だな。ヒュッター先生」


「俺は俺の仕事を全力でやっているだけだ。言っただろ、お前の足止めと見張りを頼まれたって」


「随分と周りをよく見ている。良い間諜になれるぞ」


(はい、残念ー! 詐欺師でしたー!)


 このギリギリのやり取りに、ちょっと楽しくなってしまうのが、彼の詐欺師たるゆえんだった。

 騙しきったという達成感に、こっそり拳を握りつつ、ヒュッターは落ち着きのある大人の態度で応じる。


「指導員なんだ。生徒達のことを見守るのは当然だろ」


 セビルは自分達の事情──ユリウスと組んで何を企んでいるか──は語らなかった。

 まぁ、そこは想定内だ。今はセビル達が何か企んでいることを知っている、と伝えた上で、自分は味方だと認識させることができれば、それで上々。


「なるほど楽しいお喋りだな、ヒュッター先生。宮中の小鳥どもより、ずっと有益なさえずりだ」


「そりゃどうも」


「それで、次はどんな話でわたくしを楽しませてくれるのだ?」


(今の話題で、もうちょい引っ張らせろ! せっかちプリンセス!)


 ……と、内心喚きつつ、ヒュッターは懐から手帳を取り出し、意味深にページを捲った。

 この行動に意味はない。時間稼ぎである。

 さも、それらしい情報を手帳で見直してますよ〜という雰囲気を装いつつ、考える。

 次の話題。話題。出てこい話題。


「そうだな、じゃあ、指導員らしく授業でもするか」


「帝国史なら不要だ。わたくしの成績は知っているであろう?」


 そう。セビルは成績にムラっ気があるが、帝国史の成績は抜群に良いのだ。皇妹なだけある。


「じゃあ、この状況にピッタリの問題について考えよう。たとえば……」


 この状況にピッタリで、セビルが興味を持ちそうな話題──その場凌ぎだけは得意な三流詐欺師は、咄嗟の思いつきを口にした。


「『人に化けた魔物が、〈楔の塔〉に入り込んでいるとしたら、どこにいるか』なんてどうだ?」


 思いつきだが、これはなかなか悪くないお題ではないだろうか。

 状況に即しているし、いかにもセビルが好きそうな話だ。


「魔物が〈水晶領域〉を出ているこの状況だ。ありえない話じゃないだろ? ならば、色々な可能性を想定しておくのも悪くない」


 ヒュッターが尤もらしい口調で言うと、セビルはジッとヒュッターの顔を見つめた。


「……なるほど、興味深い話だな」


 よし食いついた。

 ヒュッターは内心ガッツポーズをする。この話題なら、それなりに時間を稼げそうだ。


「セビルなら、どこに潜んでいると考える?」


「そうだな。まず、役職者に取り入っている者ほど怪しい」


「うんうん」


「魔物が長期にわたり、人間になりすますのは難しいであろう。よって、比較的最近〈楔の塔〉に来た者の方が現実的……」


「ほうほう」


「〈楔の塔〉で役職者に気に入られている、最近来た人物に、わたくしは心当たりがある」


 セビルは立ち上がると、ヒュッターの正面に立ち、腰を折って顔を覗き込んだ。

 逃がさないとばかりに、右手は椅子の背もたれを掴み、左手はヒュッターの手から手帳を抜き取り、ポイとベッドの方に放り捨てる。

 ……はたから見たら、美しいお姫様に迫られてる図である。なのに、肉食動物に首筋を狙われている気分だ。


(これって……つまり……)


 役職者にまぁまぁ気に入られていて、比較的最近〈楔の塔〉に来た人物──いるではないか。今ここに。


「おや、どうしたヒュッター先生。顔色が悪いぞ。何か心当たりでも?」


「俺は人間だっつーの!」


 三流詐欺師は演技を捨てて、心の底から叫んだ。


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