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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
八章 境界の魔女
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【12】美少年と魔女


「……あんたが魔女様?」


 レンの言葉に、女は口を閉ざしたまま何も言わない。ただ、目元を隠すヴェールの向こう側から、確かな視線を感じる。

 なんとなく、試されている気がした。

 だから、レンは疲れた頭を必死で働かせる。まずは、自分達がおかれた状況を伝えなくては。


「ティアが大怪我をしてる。魔力の濃い場所で回復させてやりたいんだ。ここって魔力濃度濃い? それなら、ティアを休ませてほしいんだけど……」


 やはり、魔女は何も言わない。

 たじろいだレンは、そこで初めてこの部屋の様子に気がついた。

 部屋はそれほど広い部屋ではない。個人の書斎ぐらいの大きさだろうか。部屋の左右には棚が並び、薬草らしき物が入った瓶や、本が収められている。

 ただ、本は全ては入りきっていないらしく、幾つか床に積み上げられていた。

 そしてなにより特徴的なのは、天井から吊るされている色とりどりのガラス球だ。

 ガラス球は人の頭ほどの大きさもあれば、握り拳ほどの大きさの物もある。

 てっきりガラス球に色をつけているのかと思ったが、よく見ると違う。ガラス球の中で色が漂っているのだ。

 色水か、あるいは色のついた煙か、そのどちらとも言い難い質感は、審美眼に長けたレンの目でも判別できない。


(そうだ。ティアの話だと、この魔女は色を欲しがるんだ)


 おそらく、このガラス球の中を漂うものが、契約者から得た色なのだ。

 レンはガラス球から魔女に視線を戻した。


「もしかして、契約とか代償とかがいる感じ? えーっと、色と魔力だっけ? ……オレ、魔力はあんましないんだけど、色なら……なんか綺麗なもの探してこようか?」


 魔女は無造作に右手を持ち上げた。

 すると、天井から吊るされていたガラス球の一つが勝手に外れて、フヨフヨと漂いながら彼女の手元に収まる。


「生憎と」


 突然、魔女が口を開くものだから、レンはものすごくビックリした。

 美しく、冷たい声だ。


「今は間に合っていてよ」


 間に合っているのは色か魔力か。それは分からないが、魔女との交渉材料がいきなりなくなってしまった。

 ならば次の手は、と考えるレンに魔女は言う。


「奉仕なさい」


「……そしたら、ティアを休ませてくれる?」


 返事の代わりに、魔女は何か古い歌のようなものを口ずさみ、右手の指をスイッと動かした。

 すると足下から薔薇の蔓が二本伸びる。

 一本は廊下の外に伸びていったから、きっと先程と同じ道案内なのだろう。

 もう一本は、レンから見て右手の棚にある薬瓶を一つからめとった。

 薔薇の蔓が、レンに薬瓶を差し出す。中身は薄い黄色のキャンディだ。瓶のラベルの文字をレンは睨んだ。


(これって、リディル王国語? ……の、多分古語……)


 古語でも、現代に通じる部分は多い。

 レンはローズにリディル王国語を教わっていたので、かろうじて「一日三回。魔力の中和」の部分だけは読み取れた。


(一日三回飲めば、魔力を中和できる? そんな薬を寄越したってことは……)


 レンは恐る恐る魔女に訊ねる。


「もしかして……ここってもう、魔力濃度が濃い?」


 返事はないが、多分その通りな気がした。何故なら、先ほどからやけに眩暈がするのだ。

 てっきり疲労と緊張のせいだと思っていたが、それだけではないらしい。おそらく魔力中毒の前触れだ。

 レンは背負っていたティアを床に下ろすと、キャンディを一粒口に放り込む。

 薔薇とハーブが香る、爽やかな甘みのキャンディだ。口の中で転がしていると、気分の悪さが少し軽減された気がする。

 こういう大事なことは、ちゃんと説明してくれよ! という文句を飲みこみ、レンは魔女に礼を言った。


「魔女様、キャンディありがとう」


 やはり、返事はない。

 ふと気になって、レンは訊ねた。


「あのさ。魔女様ってもしかして、喋るとすごく疲れる人? それなら、あんまし話しかけないようにするけど」


 これは魔女の挙動を見ていて気づいたのだが、魔女はどこか気怠げで、体を少し動かすことすら億劫そうに見えたのだ。だから、声を発するのも苦痛なのではないか、とレンは考えた。

 ほんの少しの沈黙の末、魔女は美しい唇を開き、冷たい声で言う。


「騒がしいのは嫌いよ」


「了解。じゃあ物静かな美少年するから、あんま邪険にしないでくれな」


 レンはティアを背負い直すと、薔薇の蔓が導く部屋に向かい、歩き出した。



 * * *



 薔薇の蔓が案内したのは、寝室らしき小部屋だった。

 先ほどの魔女がいた部屋に似た内装で、こちらはベッドがある。

 血のこびりついた上着やブーツを脱がせ、ティアをベッドに寝かせたレンは、木製の丸椅子に座り、フーッと息を吐く。

 疲れた。ものすごく疲れた。このまま自分も寝てしまいたいが、まだやるべきことがある。

 レンはひとまず、薔薇の蔓に話しかけてみた。


「なぁ、ここって水場はある? 血の汚れ、落としたいんだけど」


 薔薇の蔓がスルスルと動きだしたので、レンはそれについていった。

 薔薇の蔓が向かったのは屋敷の外、庭にある井戸だ。近くに丁度良い桶もあったので、レンはまず水を汲み、ティアのもとに向かった。

 濡らしたハンカチで傷を拭いてやると、傷口の様子がよく分かる。既に出血は止まり、傷は塞がりかけていた。なるほど驚異的な魔物の回復力である。

 一通りティアの体を清めてやった後は、洗濯だ。血まみれの服を洗って絞った頃には、空は既に暗くなっていた。じきに夜になるだろう。


(オリヴァーさん達、すげー心配してるだろうな……ヒュッター先生とセビルは大丈夫かな……)


 本当なら、ここから狼煙を上げるべきかもしれない。

 だが、この場所を──魔女の屋敷を他の人間に告げる行為は避けた方が良いだろう。バレたら説明が面倒だし、それ以前にあの魔女に殺されそうな気がする。


(カイって奴は留守なのか? それは好都合だけど……ティアが回復したら、なるべく早く出ていった方が良いだろうな)


 できれば魔女に根掘り葉掘り聞きたいが、あの調子だとろくに答えてはくれないだろう。

 滞在を許してくれただけでも、幸運と思うべきだ。


(魔力を中和するキャンディまでくれたことだし……これ、地味にすごいキャンディだよな?)


 ポケットに手を突っ込んだレンは、ティアがハルピュイアに戻るためのキャンディも、ポケットに突っ込んでいたことを思い出した。

 二つの小瓶を取り出し、眺める。

 人に化けたハルピュイアを元に戻す薬。

 魔力濃度の濃い土地で、魔力を中和する薬。

 どちらも、簡単に作れる代物ではないだろう。


(何者なんだろ、魔女様って……)



 * * *



 魔女の屋敷を勝手に歩き回ったら怒られるだろうか、と不安だったが、案内役の薔薇の蔓に話しかけると、洗濯室や調理場らしき部屋にも案内してもらえた。調理場には保存の利く食料もある。

 魔女本人からは生活感を感じないが、屋敷の至る所に人が生活している痕跡があった。おそらく、カイという男もここで暮らしているのだ。

 洗濯を終え、一通り調理場や保存庫を確かめたレンは、魔女の部屋に戻った。食料を分けて貰おうと思ったのだ。

 なにせ今日は殆ど食料を口にしていないのである。レンは大食いではないが、育ち盛りだ。

 魔女は先ほどと同じように本の上に座っていた。まるで、そういう置き物みたいだ。

 レンは物静かな美少年の声量で、静かに話しかけた。


「魔女様、ちょっとだけ食べる物を分けて貰えないかな? パンとお湯だけでも……いや、贅沢言っていいなら、庭になってたベリーかリンゴも欲しい」


 魔女が指を一振りすると、薔薇の蔓が何かを持ってきた。ランタンだ。


「好きにおし」


 レンは思わず喜びの声を上げた。


「ありがと魔女様!」


 元気に礼を言ってから、慌てて口を塞ぐ。いけない、いけない。今のレンは物静かな美少年なのだ。


「魔女様は何か食べる? オレ、ついでに用意するよ?」


「必要ない」


「……ふーん、そう。分かった」


 薔薇の蔓からランタンを受け取りつつ、チラリと魔女を観察する。

 豊かな胸とくびれた腰。魅力的な肢体を包む黒いドレスと、鮮やかな赤い巻毛の対比が美しい。顔は見えないけれど、すごい美人だ、という予感がした。

 それなのに……あぁ、それなのに、なんということだろう。

 レンの頭をよぎったのは、同じ見習い仲間のモジャモジャなローズの赤毛なのだ。


(なんか髪色が似てるからさぁぁぁ、流石に、あのモジャモジャでムキムキのローズさんと似てるってのは、失礼だよなぁぁぁ……!)


 少し気まずくなって、レンはそそくさと部屋を出た。

 ランタンに火をつけたら、適当なカゴを借りて庭園へ。

 夜の庭園は、季節感の無さとはまた別の不気味さがある。レンは早足で初夏の植物が生えた辺りに向かい、ベリー類を探した。

 先ほど、レンは初夏の花のそばでベリーの木を見かけたのだ。


「あったあった、これこれ……」


 なんとなく静かすぎるのが怖くて、レンはわざと声に出し、ラズベリーをプチプチと摘む。

 一応ランタンで照らしているが、夜だと実が熟しているかの判別が難しい。

 味はどんなものだろう、と一つ口に放り込んだレンは驚いた。今まで食べたベリー類の中で、一番美味しかったのだ。


「うっまぁ……! なんだこれ。瑞々しくて、すげー味が濃い!」


 瑞々しいけれど水っぽくはない。果汁を濃縮したような甘みと、後からくる爽やかな酸味。

 これはティアにも食べさせてやろう、とレンはベリーを摘んでカゴに入れた。


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