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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
八章 境界の魔女
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【7】美少年をさしおいて、すっとこどっこい兄貴がラブコメを始めてるのが解せない複雑な美少年心


 メルヴェンの街と、西の壁付近で魔物が待ちぶせをしている。

 そう判断した〈楔の塔〉の魔術師達は、見習い達をランゲの里経由で〈楔の塔〉に戻すことを決めた。

 ランゲの里に向かうのは、見習い魔術師のティア、レン、セビル、ルキエの四人と、指導員のヒュッター。それと護衛に守護室のオットーの六人だ。

 六人は、行商人と雑用の子どもという装いで、馬車に乗ってランゲの里を目指した。

 馬車の御者はオットーとヒュッターが交代で行う。目と耳の良いティアは、周囲を警戒する係だ。

 ティアは手綱を握っているオットーの隣に座り、空を見上げる。

 見える範囲に魔物の姿はない。それらしき鳴き声も聞こえない。

 ヒュッターは、西の壁付近を魔物が見張っていると判断したが、今はもう壁の内側なら、どこにいても魔物と遭遇する可能性があるのだ。

 魔物は〈楔の塔〉の魔術師を狙ってる──とは言え、魔術師など見た目で判断できるものでもない。

 おそらく、ローブを着ているそれらしき人間を無差別に襲っているか、眷属の人間が情報収集して見つけ出した者を襲っているのだろう、というのがヒュッターの意見だ。

 特に飛行魔術で空を飛んでいる者は、確実に襲われると見ていい。飛行魔術が使えるのなんて、それこそ魔術師だけなのだから。

 そういうことで、今のティアは飛行用魔導具の使用を禁止されている。


(飛行用魔導具、完璧には直らなかった……)


 ルキエはできる限りの処置をしてくれたが、やはり修理をするには、〈楔の塔〉の工房でないと難しいらしい。

 ルキエ曰く。


『ねじ切られた羽は外して、新しい物に替えておいたけど、長時間の飛行は難しいと思う。跳躍用は今まで通りに使えるわ』


 つまり、今のティアは跳躍しかできないのだ。これでは伝令役にはなれない。

 せっかく、久しぶりにフレデリクに会えるのに、とティアは少し残念な気持ちだった。

 飛行魔術が得意なフレデリク・ランゲは、ティアにとって「空を飛ぶこと」のライバルだ。

 ライバルさんに会うのに、自分だけ空が飛べないというのは、なにやらとても残念で悔しい気持ちになる。


「オットーさん、ランゲの里って、どんなとこ? オットーさんは行ったことある?」


 馬車の中、ティアが真新しい上着の裾を弄りながらオットーに訊ねる。

 御者席のオットーはのんびりした口調で言った。


「ランゲの里は、ドルンっていう村にあるんだよ。その村の奥の方にある土地と山をランゲ一族が治めてて、大体その辺りをランゲの里って呼ぶ感じかなぁ」


 ランゲ一族が魔物狩りになったのは、元々は自分達の土地と山を守るためであったらしい。それが今の時代にも続き、魔物狩りとして名を残しているのだ。

 馬車の中で話を聞いていたレンが、馬車酔いでフラフラしながら言った。


「じゃあさ、オリヴァーさんとフレデリクさんって、良い家のお坊ちゃん?」


「まぁ、間違ってはいないかねぇ。俺は一度お屋敷を見たことがあるけど、立派なもんだったよ」


 レンの疑問を、オットーがのんびり肯定する。

 ティアには「良い家のお坊ちゃん」の例がいまいちよく分からないのだが、レンは何か思うところがあるらしい。


「オリヴァーさんがお坊ちゃんって、なんか複雑だ……」


 しかめっ面で唸るレンに、ルキエとセビルが反論する。


「そう? 育ちが良さそうだとは思ってたけど」


「うむ。わたくしもそう感じた」


 やっぱりレンは理解できないという顔で唸っている。

 こういうのは本人に聞くのが一番だ。ティアは空を見上げて訊ねた。


「オリヴァーさーん! オリヴァーさんって、良い家のお坊ちゃんなのー?」


 御者席のオットーも、馬車の中の者達も「は?」と声をあげて一斉にティアを見る。

 返事は空から返ってきた。


「否! 我が家では長子が最も大事にされる。故にそれは兄者だ──!」


 前方から真っ直ぐに飛んできたオリヴァーは、そのまま馬車を追い越し、大きな木に直撃してベシャリと落ちる形で着地した。



       * * *



「実は魔物の痕跡が見つかったのだ」


 馬車に回収されたオリヴァーは、ランゲの里の状況について語りだした。

 ランゲの里は、〈水晶領域〉から近い場所であるため、フレデリク以外にも〈楔の塔〉の魔術師が数人滞在している。

 最近飛行魔術(水平飛び)を習得したオリヴァーは、各方面への連絡係として、ランゲの里に待機していた。


「以前会った時は、ここしばらくランゲの里付近に魔物の痕跡はない、と言っていたな?」


 セビルの言葉にオリヴァーは「うむ」と頷く。

 いつも泰然としているオリヴァーだが、今は少しだけ眉間に皺が寄っていた。


「魔物の痕跡が見つかったのは、ここ数日の間のことだ。故に、俺は国境付近にいるであろうお前達に、そのことを伝えるため、飛行魔術で空を飛んでいたのだ」


 どうやらオリヴァーは、ダーウォック国王崩御の件もまだ知らなかったという。

 大きい町なら、既に人伝てに伝わっていそうなところだが、ランゲの里は辺鄙な場所にあるため、他国の噂が入ってくるのが遅いらしい。

 ダーウォック国王が崩御し、魔物達は姿を消したこと。

 メビウス首座塔主はイクセル王子と王妃派の周辺を警戒していること。

 魔物がメルヴェンや西の壁付近に潜み、〈楔の塔〉の伝令を殺してまわっていること。

 ──今の状況をヒュッターが話すと、オリヴァーは眉間の皺をますます深くした。


「よもや、そのようなことになっていたとは……」


「だから、俺らは見習い連れて、ランゲの里経由で〈楔の塔〉に戻るつもりだったんだよ」


 唸るオリヴァーに、説明役のヒュッターが眼鏡の曇りを拭きながら言う。

 そこにレンが口を挟んだ。


「ヒュッター先生、意外と冷静じゃん。こっちにも魔物がいるっぽいのに」


「まぁな。メルヴェンや西の壁付近に魔物が出るんなら、〈水晶領域〉に近いこっちにだって、魔物ぐらい出るだろ。ただ、こっちの方がだいぶマシだ。ランゲの里には戦える人間がいる」


 この顔ぶれの中でまともに戦えるのは、魔法剣の使い手であるオットーと、セビルぐらいだ。

 ヒュッターは幻術が自由に使えないし、レンとルキエは戦闘補佐要員。ティアは飛行用魔導具が破壊されている。

 この六人では、下位種の魔物にだって手こずるだろう。

 だが、ランゲの里なら、フレデリクをはじめ、〈楔の塔〉の精鋭達がいる。

 どの道を使っても魔物と出くわす可能性があるのなら、強い味方のいる道を選ぶのはある意味正しい。


「この状況、俺では判断が難しいな……」


 唸るオリヴァーにティアは前のめりになって言う。


「あのね、オリヴァーさん。飛んで伝令するのやめた方がいいかも。お空の魔物に狙われるよ」


 ティアの言葉にヒュッターが頷く。


「だな。今までは運良く見つかっていなかったみたいだが、この先どうなるかは分からん」


 空を飛べる人間など、この辺りでは十中八九〈楔の塔〉の魔術師だ。

 見かけたら、魔物達は優先的に攻撃するだろう。


「空を飛べぬのは……歯がゆいな」


 オリヴァーの気持ちは、ティアもよく分かる。

 ティアにしろ、オリヴァーにしろ、空を飛べないとなると、途端にできることが少なくなるのだ。

 一行は、ひとまず合流したオリヴァーと共にランゲの里を目指すことにした。

 オリヴァーの道案内もあるので、到着にはそれほど時間はかからない。

 夕方になる少し前に、ティア達はランゲの里があるドルンの村に到着した。

 山の麓にあるドルンは村ではあるが、そこそこ栄えていて、人口は決して少なくはない。

 ティア達は一度馬車を降りた。馬車酔いをしているレンが「地面を歩きたい……」と言ったためだ。

 レンはフラフラ歩きながら、オリヴァーを見上げて訊ねる。


「オリヴァーさんの家って、あの山の方に見える、でっけーやつ?」


 レンが指差した先にあるのは、石造りの頑丈そうな壁に囲まれた建物だ。屋敷というよりは、小さい要塞といった雰囲気がある。


「あぁ、あれが俺の実家だ。兄者や他の魔術師達も、あそこにいる。案内しよう」


 そういってオリヴァーが歩き出したその時、村人らしき黒髪の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 年齢は十代後半ぐらいの小柄な少女だ。華やかではないが、素朴な可愛らしさがある。ただ少し痩せていて顔色が悪い。


「オリヴァーくーん!」


 呼び止められたオリヴァーは足を止めて振り向き、「ロミーか」と呟いた。どうやら少女の名前らしい。

 ロミーと呼ばれた少女は、ニコニコしながらオリヴァーを見上げる。


「戻るの早かったね。もしかして、魔物と遭遇して……あっ、おでこ、ちょっと赤くなってる……」


 ロミーは心配そうに眉尻を下げ、オリヴァーの額に触れようと背伸びをする。

 だが、長身のオリヴァーと小柄なロミーの身長差は激しく、ギリギリで手が届いていない。手がプルプル震えている。

 屈んでやれよ、鈍いな。とヒュッターが呟くのをティアは聞いた。

 その時、ロミーの体がフラリと傾く。オリヴァーは咄嗟に手を伸ばし、ロミーの体を支えた。


「大丈夫か?」


「わわっ、ごめんね……」


 ロミーは健気に笑っているが、栄養状態があまり良くないのは明らかだった。手足は同年代の少女より細いし、顔に血の気がない。

 それなのに、ロミーは自分のことより、オリヴァーが気になるようだった。


「オリヴァー君、おでこが赤いよ。血は出てないけど、ちゃんと手当してもらお?」


「ロミーの方こそ、貧血ではないか? 健康の第一歩は食事だ。特に肉や豆が不足しているように思える。俺の常備食だが豆をやろう」


「わたしは大丈夫、だよっ! それより、お兄さんに報告があるんでしょ? ほら、お仕事お仕事」


 ロミーはオリヴァーの背後に回り込み、華奢な腕でオリヴァーの背中をグイグイ押す。

 ……と、そのやりとりを見ていたレンが、何やら不服そうに唇を曲げた。

 気になったティアは、レンに訊ねる。


「レン、どうしたの? お顔が美少年じゃなくなってるよ?」


「オリヴァーさんがモテてると、なんか複雑だ……」


「……ピヨ?」


「だって、あのオリヴァーさんだぜ?」


「……ペフゥ?」


 レンは唇を尖らせ、「ここに絶世の美少年がいるのに」と不貞腐れたように呟いた。


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