【5】わー、俺の生徒優秀ー
〈楔の塔〉に戻ろうにも、その途中にあるメルヴェンには魔物が待ち構えている。
無論、その魔物達を放置はできないが、今この宿に待機している者だけで対処するのは難しいだろう、というのが大人達の考えだった。
ティアもそう思う。あの金髪の魔物は、かなり力の強い魔物だ。
秋に出会った霜の魔物と同等か、それ以上。少なくとも身体能力に関しては圧倒的に上だ。
正直、あの魔物に叩かれた時は、死を覚悟した。
「…………ピヨ?」
「どうした、ティア。何か気になること、あんのか?」
「ピロロロロ……んー……」
目玉鳥に追い回され、金髪の魔物に叩かれたが、ティアは軽い打撲と引っ掻き傷で済んだ。
それは、ティアの感覚だと軽傷すぎるのだ。
「あの魔物達、本当はもっと強いんじゃないかな? 手加減とはちょっと違って……本来の力より弱い、みたいな……ペヴヴ……」
目玉鳥の鉤爪は、獣の肉をむしるぐらいの力があるはず。
やはり、魔物達がティアの記憶にあるより弱体化している気がする。
そこまで考えて、ティアはふと思い出した。
「あっ、そうだ。目玉鳥の体に変なキラキラがついてた!」
大人達は皆、訝しげな顔をしている。
全大人を代表して、ヒュッターが訊ねた。
「なんじゃそりゃ。魔物がアクセサリーでもつけてたのか?」
「えっとね、水晶みたいな何かが、体に刺さってたの。上位種の方も、服の胸元からチラッとキラキラしたのが見えたよ」
ティアの発言に、大人達が一斉に顔色を変える。
彼らは早口でなにやら相談を始めた。
「光り物を集める魔物はいますが、目玉鳥はそうではないはずです」
「自分も、そういった魔物を見たことはありません」
「なら、新種の魔物とか……?」
調査室や討伐室の魔術師達が、早口で各々の見解を口にする。
そんな中、レンが挙手をした。
「あのさ、魔物達が〈水晶領域〉の水晶を加工して、身につけられるようにした、って線はないかな? 〈水晶領域〉の水晶を身につけることで、魔力濃度の低い土地でも活動が可能になる……みたいな」
レンの考えが、ティアには衝撃だった。
〈水晶領域〉の水晶を持ち歩く、なんて考えたこともなかったのだ。
(ただ、魔力を帯びた水晶を持ち歩くだけで、行動範囲がそこまで広がる……かな?)
境界の領域など、ほんのちょっぴり遠出をするぐらいならできるかもしれないが、ダーウォック王城やメルヴェンの街は遠すぎる。
そもそも、魔物は創造する力がないため、人間に比べて技術力が圧倒的に低いのだ。故に、道具に頼るという発想に至らない。
レンは、繕い物をしているルキエに訊ねた。
「ルキエ、そういうのって作れないかな?」
「そもそも、水晶領域の水晶の現物を見たことがないから、なんとも言えないけど……そうやって体に直接作用させる物って、すごく高度な技術がいるわ。水晶でアクセサリー作るのとは、訳が違う」
ルキエの答えに、他の大人達も、そうだそうだと頷き合う。
ティアも同意見だった。魔物に、そんな便利な道具を作る技術力はない──が。
「ならば、人間の眷属とやらが手引きしているとしたら、どうだ?」
セビルが鋭く切り込む。
ティアはペフッと驚きの声をあげた。ティアだけじゃない。他の皆も顔をこわばらせている。
「自分の手で作れぬのなら、器用な人間に作らせれば良いのだ。わたくしなら、そうするぞ」
これはおそらく、魔物であるティアと、魔物をよく知る〈楔の塔〉の人間だからこそ、見落としていたことだ。
──魔物は道具に頼らない。新しい道具を作る技術はない。
それが、当たり前だったのだ。
* * *
レンとセビルの発言を聞いたヒュッターは、思った。
(俺の生徒達、超優秀〜)
上位種の魔物から見事逃げ切り、重要な情報を持ち帰ったティア。
その情報から、魔物が道具を使う可能性に言及したレンとセビル。
実に優秀だ。
その上でヒュッターは「生徒達がこういう発言をすると、分かっていましたよ」という顔で口を開いた。
「もし、人間と魔物が結託しているとしたら、〈楔の塔〉を出し抜くことも不可能ではないでしょう」
ヒュッターは眼鏡をクイと持ち上げた。その仕草を、皆の視線が追いかける。
良い感じだ。生徒達三人のおかげで、良い具合にヒュッターに注目が集まっている。
ヒュッターは、自身の声に落ち着きと程々の緊張感を持たせて発言した。
「魔物は、〈水晶領域〉を離れるための手段を手に入れた……それはもう確実でしょう。ただ、少なからず制限はあると思います」
「……なるほど、本来の力より弱くなるとか、後は水晶の数が限られてるとかも、ありえますねぇ」
オットーが顎を撫でながら呟く。
ヒュッターは一つ頷き、言葉を続けた。
「その辺りは確定情報ではないので、『そうだったら良いなぁ』ぐらいに思っておきましょう。大事なのは、この情報を迅速に、メビウス首座塔主と〈楔の塔〉に伝えなくてはいけない、ということです」
よしよし、良い流れだ。ヒュッターは密かに拳を握った。
(このまま話の主導権を握って、俺が安全に逃げるための案を通す……!)
ヒュッターは指導室の所属で、ティア達の担当指導員である。
なら、見習い達を安全に、〈楔の塔〉に帰す策を考えればいい。そうすれば、担当であるヒュッターも一緒に安全に帰れるはずだ。
調査室の魔術師が挙手をした。
「メビウス首座塔主には、自分が伝令に行きます。一両日中にはお伝えできるかと」
メビウス首座塔主は、今、ダーウォックの王妃派と接触中である。まだ、比較的近くにいるので、情報共有は難しくない。
問題は、〈楔の塔〉に戻るルートだ。
ヒュッターは地図を睨みながら言った。
「ならば、自分は生徒達を連れて、大至急〈楔の塔〉に戻ります。ただし、本来のルートは魔物に見張られている可能性が高い」
「それなら、多少険しい道が多いですが、西の壁を越えて迂回しましょうかねぇ」
オットーの提案は、まぁ妥当ではある。
この街の西には、魔物が通ることのできない不可視の壁がある。メビウスも、何かあったらこの壁の西に逃げろと言っていた。
だからこそ、これは逃げ道向きじゃない──三流詐欺師の勘が囁く。
ヒュッターは全員の顔を見回し、訊ねた。
「『魔物は西の壁を越えられない』──それは、魔物達も分かっているんですよね?」
この手の物騒な話になると途端に察しの良いセビルが、「なるほど」と呟く。
「魔物達に、メルヴェンで待ち伏せをする程度の知恵があるのなら……人間が西の壁を越えようとすることも、読まれている可能性があるな。寧ろ、そのためにメルヴェンで待ち伏せをして、ティアを逃した可能性もある」
「ピョフッ? わたし、見逃された?」
「あくまで可能性がある、という程度の話だがな。わたくしなら伝令一人を消すより、あえて泳がせ、まとめて一網打尽にする方を選ぶ」
セビルの言い方は物騒だが、ヒュッターも概ね同意見だ。
特に西側は高低差のある土地で、足場の悪い場所が多い。そういう場所で空から狙われるのが一番怖いのだ。
ティアの話だと、目玉鳥という空から襲ってくる魔物がいるらしい。魔物が少しでも知恵が回るのなら、その目玉鳥とやらに壁付近を見張らせるはずだ。
ヒュッターは地図をなぞりながら提案する。
「南のメルヴェンも駄目、西の壁も駄目……となると、残るは東。境界の森をギリギリ避けて、ランゲの里を経由するのはどうでしょう?」
ランゲの里には、討伐室のフレデリク・ランゲをはじめ、戦闘能力の高い魔術師が複数待機しているので、何かあっても守ってもらえる。
(ティアの飛行用魔導具は、しばらく使えない。なら、こっちでも手を打っておくか)
ヒュッターは密かに子飼いの鳩達──ポッポーズの一羽を伝書鳩代わりに連れてきている。ただ、鳩を〈楔の塔〉宛の伝来にはできない。
ヒュッターは以前、〈楔の塔〉の魔術師達の前で無詠唱幻術をうたい、鳩を出す手品を披露しているからだ。ここで伝令に鳩を使ったら、あの時の手品がばれかねない。
大事な手品のタネであるポッポーズの存在は、〈楔の塔〉の魔術師達に隠しておきたかった。
なお、留守番中の鳩の世話はゾンバルトに命じてある。
(〈楔の塔〉への伝令は難しいが……向こうに伝えるのは、難しくない)
持つべきものは、優秀な助手である。
無論、鳩の世話係のことではない。黒獅子皇の部下、ハイディちゃんのことだ。
素早く考えをまとめ、ヒュッターはキリリとした顔で言う。
「魔物と人が手を組めば、〈楔の塔〉を出し抜くことも不可能ではない。今後は魔物だけでなく、人の動きにも気をつけるべきです」
ヒュッターの言葉に、ティア、レン、セビルの三人が一瞬チラッと顔を見合わせた。
きっと、ヒュッター先生、知的でかっこいー! と、目と目で会話しているのだろう。